進捗サンプル 人間は、嫌な記憶の方が鮮明に残りやすいらしい。どこかで、そんな話を聞いたことがある。
だから、だろうか。
ルカが家に来た日のことは、今でもよく覚えている。
黒いランドセルを背負い、俺の両親に付き添われ玄関に佇む幼いルカは、俯きがちに申し訳なさそうな顔をしていた。
シン……と静まり返った玄関は、扉一枚を隔てて外の世界から切り離されてしまったように、冷たくて重い空気が漂っていた。
ほんの数秒前、扉が開いていた時に見えた外の世界は、春の日差しが地面を暖かく照らしていた。柔らかな風が木の葉を揺らし、遠くから小鳥の鳴き声が聞こえてくるような、そんな麗らかな景色が広がっていた。
それなのに。扉を閉めただけで、ここだけがその世界から取り残されたみたいに重く、重く、沈んでいる。まるで誰かが泣いたあとみたいな、冷たい空気だった。
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