コウバン導入 エンジンをかけると、低く唸る音が車内に響いた。ハンドルを握る琥一は、目を細めて小さく息をつく。学生時代からコツコツと貯めていた貯金を頭金に、念願だった車が、ついに自分のものになった。
助手席には美奈子が座っている。小さく拍手なんてしながら、おめでとう、と笑った。
「よかったね、コウちゃん」
「あぁ……ククッ、これで荷物運ぶのも多少楽になんだろ」
琥一はダッシュボードを軽く叩きながら照れくさそうに笑う。ずいぶん前から目をつけていたアメリカンクラシックの車種、色、内装。それがちょうどタイミングよく中古車として売りに出されたのを、琥一は見逃さなかった。
いつか、その日のためにと貯めていた貯金は、全くといっていいほど足りていなかった。が、これを逃しては次いつ好条件の物が出るかわからない、と思い切ってローンを組んだ。
それほどまでに、欲しい車だった。
エンジン音が心地よく響く車内で、琥一はシートに深く座り直し、ステアリングをゆっくりと撫でる。納車してから自分で取り替えた無垢材のそれは、つるりとした光沢が美しい。その感触が手に馴染むのが、たまらなく嬉しかった。
そんな琥一の横顔を見た美奈子は、くすりと笑う。
「ふふ、コウちゃんすごく嬉しそう」
「当たり前だ、ずっとこいつに乗るの、夢だったんだからよ」
バイクで買い出しに行くたびに『物が載らねえ』などとボヤいていた琥一を思い出し、美奈子は目を細めた。ぶつくさ文句を言いながら、SR400を愛おしそうに見つめる琥一が見られなくなるのは少し寂しい気がする。
けれど、少年が新しい玩具を手にした時のように目を輝かせる琥一の様子から、きっと、そんな事は杞憂に過ぎないのだろう。