一途な攻×経験ありの受◆◆◆
Side 長義
ある本丸が摘発された。
そこでは顕現させた男士を、違法に男娼として働かせていたという。
男士全員を、なんて大っぴらにやってくれていたら調査班も簡単に尻尾を掴むことができたのだが。
普通に本丸を運営していたその裏で、ごく少数の限られた男士を術で逆らえないようにしていた。本丸ぐるみ、というよりは審神者の独断だったようで、男士の大半はその事実を知らなかった。匿名のタレコミが元で調査は進んだわけだが、おおかた知ってしまった誰かが密かに通報したのだろう。
摘発後、本丸は解体。
男娼として扱われていた者達は術を解除するため政府の庇護下に置かれ、その他の男士はそれぞれ刀解や政府への転籍など、個刃の望む方向で話が進められた。
審神者には、ことさら重い懲罰が課せられる。
保護された中にいたのが、へし切長谷部だった。
真面目で主の命に忠実なその性を、良いように扱われたのだろう。
他の保護された男士と共に手入れと術の解除が行われた。
その後の経過を観察して行くなかで、彼のことが気になった。
へし切長谷部なら政府にも所属している。
仕事で顔を合わせることもあるが、保護された彼はどこか、他の長谷部と少し雰囲気が異なっていた。
目を伏せる仕草や視線を流す仕草がどうにも艶めいたものを帯びていて、つい目で追ってしまう。ふとした瞬間に滲み出る、独特の色香があった。
それはときに人の目を惹きつける。同時にそれが危うくも感じられて、放っておけなかった。
「やあ、機嫌はどうかな」
「相変わらずだ。放っておいてくれ」
毎日の面談はほぼこんな調子で取り付く島もない。
された仕打ちを思えば当然かもしれないが、彼は心を開こうとはしなかった。誰よりも深い忠誠を弄ばれた心の傷は、それだけ深いのかもしれない。
頑なに誰にも頼らず独りであろうとする姿は、悪意を持って近付く者に隙を与えかねない。そうしてまた傷付く彼を見たくはなかった。
彼の仲間が心身ともに問題なしと認められ、次々に新たな配属先を見つけていくなかで、長谷部は最後まで残っていた。
彼が築いた心の壁を、慎重に取り払う必要があった。様子を見つつ、少しでも拒絶を見せればそれ以上は踏み込まない。長谷部が守りたがっている領域を理解して、尊重した。境界線を見つけるのは難しくなかった。そういうものには覚えがある。元より他者との距離を測るのは得意だ。
適度な距離で見守っていたのが長谷部には合っていたのか、そういうことを続けているうちに少しずつ会話をしてくれるようになり、たまに笑ってくれるようにもなった。
ようやく心を開いてくれた頃、相棒として組まないかと持ちかけた。
担当した俺の元ならと上からの承認もスムーズに得られ、晴れて長谷部と組んで仕事をするようになった。
能力を存分に発揮できる環境で、長谷部はイキイキと働いた。元々実直な性分の彼は信頼した分、信頼を返してくれる。対等な仕事仲間として。
相変わらず人目をひく色気は危うくて、だから守ってやらねばと思っていたはずなのに。ふとした瞬間に他者から向けられるその視線を苦々しく思うようになっていた。
長谷部に視線を向けるのは自分だけであって欲しい。いつしかそんな想いを抱くようになってしまった。
恋情と執着が綯い交ぜになって、胸の内を蝕んでいく。
ある時思い切って、一緒に住まないかと提案をした。
俺も長谷部も別個に部屋を借りている。仲の良い者同士、一緒に暮らすのは不自然ではなかった。それぞれの関係ごとに同居だの同棲だのと意味合いは異なっていたが。
刀には人間のように結婚という制度などないけれど、相当の気持ちを込めて伝えた。
酒を飲む長谷部に合わせて、奮発したお酒とちょっと良い肴を用意して。
それなのに、長谷部の返事ときたら色よいものではなかった。
「わざわざ俺を選ばなくとも、もっと綺麗な個体が他にいる」
「あなただって充分綺麗だ」
「この身体がどう使われていたか、長義も知っているだろう」
長谷部は何を言ってるんだ、という目で見てくる。その瞳が悲しかった。
つい目で追ってしまう仕草も纏う艶っぽさも。彼の過去がそうさせていると言うならそれでも良い。
今の彼を形づくるもの全てを愛している。
「知ったうえで言っている。それでも俺はあなたがいい」
◆◆◆
Side 長谷部
物好きな奴だと思った。
仲間たちに次々と新たな配属先が決まっていく中、頑とした態度で最後まで残ってしまった俺を放っておけなかったのだろう。
最初はゆっくりと、手探りで距離を測っていたようだった。
少しずつ近付いて、こちらが拒否を示せばすぐに引いてくれる。距離の取り方が上手い奴だった。
一日一度の面談の合間に、時折「貰ったからどうかと思って」とか「面白い本を見つけてね」とか、もっともらしい理由を付けては菓子や本などを差し入れてくれるようになった。その頃から、少しずつ交わす言葉も増えていった気がする。
ときに「必要な備品は切れていないか」とか「雨が降りそうだから窓を閉めた方が良い」なんて事務的な口実も混ざったが、長義なりに気遣ったのだと分かる。
距離を取るのは上手なくせに、距離を詰めるのは少し不器用に見えた。
目の前の山姥切長義という個体がどう過ごしてきたのか、少し分かったような気がした。
表面上は上手く取り繕いながら、境界線の内側には誰も立ち入らせないようにして自分の領域を守っているのだろう。俺と同じように。
そう思ったら、妙な親近感が湧いた。
ずっと防衛線を張って拒んでいた心のうちに、いつの間にか長義が居ついていた。
そんな折に「相棒として組まないか」と誘われた。
つまりそれは、新たな配属先が決まるということだ。見知った相手ということもあって、その話はありがたかった。
仕事を任されるようになり、俺にもできることがあるのだと知って、少しずつ自信がついていった。
「ああ、さすが黒田にいた刀だ。理解が早いね」
そんな風に評してくれたのは長義が初めてだ。
ここにきてようやく、自分が何者なのかを思い出せたような気がした。
信頼を寄せてくれるのはひしひしと伝わってくる。それに見合うだけのものを返したかった。
長義と組むようになってからも、ごくたまに無遠慮な視線に晒されることがある。値踏みをするような下卑た目だ。客を取らされている時に幾度も見た。
長義はそういう時、さりげなく間に割って入って視線を遮った。そして決まって後から「不躾すぎる」と吐き捨てるように文句を言った。
「ああいうのは慣れている」
「慣れなくていい」
長義はやっぱり、吐き捨てるように言った。その優しさが嬉しくて、苦しくなった。
ある日「良い酒が手に入った」と、宅飲みに誘われた。
長義自身はあまり酒を好まない。珍しいなと思っていたら、その席で彼は真面目な顔をして切り出した。
「一緒に住まないか」と。
単に仕事に便利だから同居しよう、という空気ではないのは分かった。もっと重大なことのような気がした。
そんな風に思ってくれていたことが嬉しかった。だから、断るべきだとも思った。
「わざわざ俺を選ばなくとも、もっと綺麗な個体が他にいる」
身も心も擦れた俺よりもっとまともなのが他にいくらでもいる。そうでもないと釣り合わないだろう、こんな良い男には。男娼の経験がある個体など、きっと隣には相応しくない。
それなのに、長義はまっすぐこちらを見据え、「あなただって充分綺麗だ」と言い募る。とても真剣な眼差しで。
この身が綺麗などと、何を言っているのだろうか。俺の過去を知っていながら。
身に余る話だった。何もかもが。
断ろうと思っていたのに。
「知ったうえで言っている。それでも俺はあなたがいい」
返事をしなければならないのに、声が詰まった。喉が焼けるように熱い。
固く結んだ口元が震えて、情けないことに言葉は出せそうもない。
だから、言葉の代わりに頷いた。
その時できた唯一の返事だった。