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    お題:『気障』
    #狂聡ワンドロライ
    @kyst1drawrite

    辞書を引くのが好きなので、あまり甘ったるくない『気障』になりました。

    2025/2/15参加

    #狂聡
    madGenius
    #狂聡ワンドロライ

    気障 き‐ざ【気▽障】
     [名・形動]《「きざわ(気障)り」の略》
     1 服装や言動などが気どっていて嫌な感じをもたせること。また、そのさま。
     2 気にかかること。心配なこと。また、そのさま。
     3 不快な感じを起こさせること。また、そのさま。
     引用元 デジタル大辞泉
     
    「見せてください」
     布団の中、右隣に転がる狂児に向かって聡実は訴えた。毛布をかき分け、狂児の腕を引っ張り上げる。右手首から前腕の真ん中あたりまで、まっすぐに伸びる傷跡。気付いたのは、ほんの一時間前だった。袖を捲ったときに偶然見えたのだ。もう何か月も前の話だと狂児は言う。少しも気が付かなかった。
    「ちゃんと塞がってるし、心配せんでも」
    「自分に腹が立つんです。何も知らんかった自分に。ええから、見せて」
     袖をゆっくりと捲りあげる。完全には治っていないようで、他の皮膚よりも赤みが強い。けれど、狂児の言う通り綺麗に塞がっていた。
    「跡、残りますよね」
    「まぁ、最近治り遅いし、年やからしゃぁないわ」
    「痛かったんちゃいますか?」
    「覚えてへんなぁ……痛みより怒りが先に来るし」
    「正気に戻ったら分かるやろ」
    「こんなん日常茶飯事やからね、いちいち覚えてたら、神経やられてまうよ」
     少し盛り上がっている傷跡を、指先で優しく撫でる。一体どうやってできたのだろうか。傷口を見たところで、聡実には想像もつかない。しかし、痛覚というのはどんな人間にも平等に与えられる。きっと痛かったはずだ。
    「ずっと、そうなん?」
    「こういう怪我? そりゃ、聡実くんよりはよっぽど」
    「ちゃうくて、痛いの覚えてへんってほう。いつから?」
     聡実が顔を上げると、狂児は思い出すように天井を見た。
    「二十代?」
    「若……」
    「環境がちゃうからね」
    「プリントで指先切っても痛いのに」
    「それとこれとは、もっとちゃう」
     視線を落とす聡実に、狂児はわざと明るい声で言う。
    「ここはちゃんと綺麗やで」
     袖を肘まで上げ、前腕の少し外側を見せた。そこに居座る名前は、初めて見たときと変わらず、忌々しい表情を見せている。しかし、その周りに浮かび上がる傷のどれもが、名前には届かぬ位置で途切れていた。
    「一番大事やからね、ちゃんと守ってるんよ」
     狂児は愛おしそうに名前を撫でる。聡実は眉間にしわを寄せた。
    「いざというときは、捨ててください」
    「何を?」
    「その名前」
    「なんで?」
    「僕の名前のせいで、狂児さんが傷つくのはあかん」
    「えー? 聡実くん、俺のこと心配してくれてるん?」
    「それ守ろうとして、死んでもうたら意味ないやろ。狂児さんなら、やりかねん」
    「命、差し出しそうに見える? 刺青一つに? アホやなぁ、俺」
     狂児はくつくつと笑う。聡実の言葉は、確かに狂児への心配から出たものだ。けれど、それと同じくらいの嫉妬心も孕んでいた。いつでもそばでぬくもりを感じているくせに、狂児を助けてやることはない。ただ腕の上で傍観する、黒々としたインクの集まり。常にはそばにいられない「本物の聡実」のことを、嘲笑っている気がするのだ。
    「もしまた怪我したら、教えてください」
    「やめとくわ」
    「何でですか?」
    「そうやって不安そうに見つめられたら、治るもんも治らへん」
     袖がさっと元に戻される。そうして右腕は中に浮き、聡実をやさしく引き寄せた。
    「会ってるときくらい、気楽におって」
    「……ならもっと、会いに来てください」
    「お、珍しい。我儘ですか?」
    「小さい傷にも気づけるくらい、狂児さんのこと見ときたいだけです」
    「ほー? なかなか気障なこと言うやん」
     狂児は笑ったが、聡実の表情は硬いままだ。命を脅かすような出来事は、常に狂児のそばを歩き回っている。頭ではわかっているはずなのに、こうして目の前に差し出されると、古傷が痛んだ。
    「明日」
    「ん」
    「帰ったらラインしてください」
    「覚えとくわ」
     これ以上、傷つくのは嫌だ。開きかけた傷口を縫い合わせるように、聡実は目の前の体をしっかりと抱きしめた。
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