甘酸っぱいのはカルピス 休日、太宰の部屋。二人で何をするでもなく卓袱台を囲んでテレビを見ていたら、ふと敦が訊いた。
「――あの、台所借りてもいいです? お茶か珈琲淹れますから」
「ああ、うちお茶っ葉もインスタント珈琲も無いよ」
返ってきた言葉に敦はぎょっとする。
「普段何飲んでるんですか?」
「え~、ペットボトルのお茶とか水。コンビニで買えるやつ」
そう云って立ち上がった太宰が、台所へ行き冷蔵庫を開ける。背後に敦もついて行った。太宰は五百ミリリットルのお茶のペットボトルを二本取り出す。
「ほら、こういうの」
それを見た敦は深い溜息をつく。頭が痛いと云った様子で額を押さえた。
「太宰さん、なんでそんな勿体無い事をするんですか。お茶なんて絶対茶葉から淹れる方が安く済みますって」
「面倒臭いよ。金で時間が買えるならそれに越したことは無いし」
時は金なり。そう云いつつペットボトルを弄ぶ。敦は開けっ放しにしている冷蔵庫の扉が気になって、それを閉めようとする。そこで中にあるものを見つけた。
「あ、カルピスの原液があるじゃないですか。これ、薄めて飲みましょうよ」
「ああ、これ?」太宰はカルピスの原液を引っ張り出す。「前に敦君の部屋で君が作ってくれたカルピスがすごく美味しかったから、再現しようとしてるんだ」
そこで太宰は「でも何度やっても君の味にならない」と苦笑した。敦は瓶を受け取って笑う。
「なんだ。そんな事なら僕に云ってくれれば幾らでも作りますよ」
敦はすぐ傍の食器棚から硝子のコップを二つ取り出す。カルピスを作ろうとしているのだ。それを見た太宰は冷蔵庫にお茶を戻すと、テレビの前に戻っていった。
――敦君の作るカルピス。その水と原液の配分だとかの所謂『企業秘密』は、知ってしまったらきっとつまらない。だって自分で再現できてしまったら、彼がいなくてもその味を味わえるようになってしまうから。
だから太宰は、それを一生知らないままでいたいなあ、なんて思うのだった。