果実酒 台所、夕飯の後に敦君が食器を洗っている。私はその傍の冷蔵庫を開けた。
「太宰さん、お酒ですか?」
「そうだよ~。今日は特別なのがあるんだ」
私は上機嫌でそれを取り出す。彼は洗い物が終わったので手を拭いて私の傍に近づいた。
「あれ? それってこの前買った梅酒の瓶ですか?」
そう、これは空になったけど何か使い道があるだろうと思って取っておいた瓶。私はその空き瓶に、敦君が夕食の支度をしている間にとっておきのお酒を仕込んでおいたのだった。
「敦君、まだ麦酒は苦手だって云ってたからね」
今年の敦君の二十歳の誕生日、私はやっとこれで一緒にお酒が飲めると喜んだ。それより前から一人で飲んでいてもつまらないからとお酒を勧めていたのだけれど、真面目な彼はずっと「二十歳になるまでは」と遠慮してきたのだ。なのでその日はお祝いも兼ねて、普段は買わないような少しお高い麦酒を二人分用意した。だが敦君は乾杯の後に一口飲んだっきり、「苦くて飲めません……」と申し訳無さそうに俯いて謝った。
よく考えたら私もお酒を初めて口にした時は、「なんでこんな変な味のするものを大人は飲むんだろう」と思ったものだ。
なのでその後、比較的飲みやすそうな甘い缶チューハイを飲ませてみた。そうしたら「ジュースみたいですね」と一缶美味しそうに飲みきったので、以降はそういうものばかりで私と一緒に晩酌していた。
でも、人間の欲って次から次へと湧いてくるもので。
「一緒にお酒が飲めるとなったら、やっぱり同じお酒が飲みたくてね~。缶チューハイじゃ私は酔えないからつまらなくて、君も飲めそうな甘い果実酒を作ってみたんだ」
とりあえず果実酒の瓶とコップをふたつ持って卓袱台の前に座る。コップに注ぎ分けると、それだけで甘い香りが漂う。
「あ、これ日本酒と梨ですね?」
「うんうん。甘くて飲みやすいから大丈夫だと思うよ」
敦君は一口飲むと、目を丸くした。
「えっ……? 美味しいですね。あの日本酒独特の匂いがほとんどない」
私はその言葉に頬を緩めると自分のコップを持ち上げ、改めて彼と乾杯した。