謳歌は剣より強し 修行帰りのこと。今日の夕餉は何にしようかと市場を覗いていると、若い女性の悲鳴が賑やかな市に響いた。
「泥棒よ! そいつを捕まえておくれ!」
声のする方を振り返ると、ボロボロの着物を身にまとい、髭や髪の毛を無造作に伸ばしたみすぼらしい男がこちらに走り込んでくるのが見えた。手には不釣り合いな桃色の花飾りがついた鞄を持っている。きっとあれが泥棒さんだ。
「邪魔だ、どけ! 斬られたいのか?」
進行方向を塞ぐように、立っている俺に彼は懐から短剣を取り出して脅してきた。刃物に頼るということは、あまり武術を心得ていないのだろう。
「悪いけど、その鞄返してくれるかな? 盗みは良くないと思うよ」
「うるせえ! お前に何が分かる。どかねえなら、その上等そうな着物を切り刻んでやる」
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