SS(シンキラ)プラント標準時間を23時もまわると、ミレニアムもナイトシフトに変更になるので格納庫内も非常灯が頼りの薄暗さとなる。
余程何かに追われていない限り、『有事』に備えて皆休んでいるのだ。
そんな中、常時動き続ける動力以外に響く音があった。
カタカタカタカタカタ……
軽快なキーボードを叩く音は、けれど時おりピーというエラー音や「ああっ」と苛立ち混じりの声と共に途切れる。
けれどすぐ再開しては、以下略繰り返し。
フェイズシフトダウンした機体のすぐ足元で優先ケーブルを引っ張り出して、ああでもないこうでもないと続ける調整。
あと少しでできそうな気がする。
今日の戦闘時に感じた違和感。
上官に言えば助けてくれるだろうが、何となく自分でやってみたかった。
それから報告して、なんと言われるか。
(誉めて、くれるかな……)
なんと言ってくれるだろうか。
きっと彼ならこんなこと簡単にやってのけるのだろうけど。
でもきっと。
知らず笑みが浮かぶ。
ーーーーと、途端にまたピーというエラー音。
「………くそっ」
さっきまでの幸せな気持ちを返せ。
誰にでもなく文句を垂れながら、エラーの出処を探す。
上手くいっていたと思ったのに。
はぁ、と本日何度目かのため息をつく。
もう一度休んだ方がいいのだろうか。
けれどあと少しだし、と思ったところでやはり思い出したのは上官だ。
普段なら自分が「いい加減やすんでくださいっ」と言って、彼が「あと少しなんだよー」とごねていた。
それがなんとなく可笑しい。
今度からあまり怒れないなぁとも思ったが、普段は自分はちゃんと休んでいる。彼はいつでも休まない。
だからやっぱり今度からも注意はしよう。
ただ彼への報告は明日することにする。
「あ、ここか」
よしよし、とコードを入れ替える。
けれどどうしたらいいのか。
(うーん……)
腕を組んで天を仰いだ。
格納庫内からは外は見えないが、今日もたくさんの星が宙に浮かんでいるだろう。
真っ暗な宇宙空間も好きだけれど、星が瞬く姿もキレイだ。
今まであまり考えたことはなかったけれど、上官がたまに感慨深げに空をみていて、「好きなんだよね」と言っていた。
それから自分も気になってみるようになった。
宙なんて同じだと思っていたけれど、それは違った。
「あ」
もしかして、とまったく違うコードを走らせてみる。
途端にツツツツツ、と動きはじめた。
(よしっ)
ぐっ、とガッツポーズをした。
本当にあと少しだ。
これで明日確認してもらって、シミュレーションをして……
シミュレーションに付き合ってくれるだろうか。
それも聞かないと。
ピピピと軽い音がして、目の前のモニターが再起動を始めた。
「よっしゃぁっっ」
「プッはは、あははっ、、、」
出来上がった嬉しさに思わず大きな声を出して立ち上がると、後ろから堪えきれない、といった笑い声が聞こえた。
「き、キラさん?!」
「ご、ごめん、シン」
振り返ればふわり、と軽く浮く上官の姿。珍しく目に涙さえ浮かべてキラは笑っている。
「い、いつから……」
「うーん、シンがメカニックさんに飲み物渡してる所から、かな」
「……最初からじゃないっすか……」
集中したかったので、メカニックの人に少しだけ席を外して欲しくて休憩に行ってもらった。
まさかその時から見ていたなんて。
「シンは全部顔とかジェスチャーに出るね。面白い」
エラーが出たとき、思ったようにコードが組めた時、疲れた時や、他に何か違うことを考え始めた時。
それら全てその顔にも態度にも出ていた。
おかげでキラは見ているだけで今がどういう状態か読めてしまって、つい声をかけそびれたのだ。
……楽しくて。
「それでできたの?」
バーニアの件でしょ、と言われシンは頬をかく。
やはりバレていた。
「はい、ちょっと違和感があって……ここ弄ってみたんです」
「メカニックにも聞いてみないといけないけど、理論上はいいね。よく頑張ったね。明日……もう今日か、シミュレーションしてみよ。付き合うから」
「いいんですか?!」
「うん、もちろん」
頷くキラにシンは満面の笑み笑みを浮かべた。
願っていたことが全て叶った。
誉めてもらってシミュレーションもしてくれると。
これ程嬉しいことはなかった。
死ぬほど眠いけど頑張った甲斐があったものだ。
「じゃぁ今日はもう終わりね」
「はい。キラさんはなんで……」
シンがメカニックに声をかけたのは22時頃で、とっくにナイトシフトになっている。
キラもとっくに上がりの時間だったはずだが……
「こう、これがなくて 」
「え?」
こう、とキラが腕を胸の前に輪っかにして広げる。
その中に何かがいるかのように、そっと顔を寄せて目を閉じた。まるで寝るふりのような。
「……キラさん」
「なぁに」
はい、とその輪っかの中に入ると自分もキラの腰を抱くように腕を輪っかにした。
「じゃぁ抱き枕は部屋に戻ります」
「よろしくお願いします」