SS(アスキラ)『ではこの任務は貴方に』
「はっ」
データが端末に送られてくる。
内容を確認していく翡翠の瞳が驚愕に見開かれた。
「総裁、これは……」
『昔からあるにはあったのですが、最近特に増えたようで……』
モニターに姿は映らないが、その声音から相手がかなり憂いていることが伺いしれた。それもそうだろう。端末に送られてきたその内容は、コーディネイター、ナチュラル問わず未成年の少年による売春行為の調査、摘発だった。
恐らくブルーコスモスが絡んでいるとは分かっているのだが、その全容は掴めていない。
その為アスラン所属するコンパスに依頼が舞い込んだ経緯だった。
「俺に、少年を買え、と」
『今後のたくさんの彼らの未来を救うためですわ』
「リストとかはないのですか?」
『ありません。』
その秘匿性から、通常のデリヘルのようなリストは存在しない。あくまでも表向きは合法内のデリヘル派遣であり、そちらを希望する場合は合言葉と、好みを明記するか、同じ少年をリピートしたい場合は彼らにだけ分かるコードネームのようなものを伝えるらしい。
「その合言葉とは?」
『――蒼き清浄なる果実をその色に』
「……反吐が出ますね」
それはつまり。
まだ『色事』を知らぬ未成年の少年"果実"を味わうと。
美味なる酒のように。
『ですから早急に調査を進めなくてはなりません』
頼めますか?と尋ねてくる上司だったが、その言葉に有無を言わせないものがあった。無論アスランとて断る理由もない。
「了解しました」
是の言葉を返すとそのまま通信が切れた。
秘匿回線であるこの通信先はもう使われない。
秘密結社とも言える自身の所属するこの組織の全容をアスランは知らないし、声の主のことも知らなかった。
変声機を使っていないのなら、少女のような、けれど凛とした女性であることしか知らない。
だがそれでよかった。
アスランがこの組織に身を置いている理由はただ一つ。
探し出したい人がいるから。
それだけだ。
月にいた頃共に育った幼なじみは、アスランがプラントへ移住した日を境に連絡が取れなくなったのである。
地球とプラントを主軸にしたナチュラルとコーディネイターの戦争は起きなかった。一時は混線していた通信も復活し、アスランは幼なじみへ連絡を取ったが叶わなかった。
彼も直ぐにプラントに来るだろうと思い込んでいたのが災いした。一世代目だったため、両親はナチュラルだ。
もっと考えればプラントに来ることは無理であることは分かっただろうに。
幼さもあったとはいえ、浅はかだった自分をひどく恨んだ。
「キラ……」
どこかにいるだろう幼なじみの名前を呟く。
父の名前も利用して調べたが、アスランがプラントに越して間もなく、地球のオーブへ避難したであろう経緯が残っていた。しかしそれきりだ。月でテロもあったから、無事オーブに逃れているならよいのだが、もし。
その為アスランはザフト入隊後、当時の任務で知ったコンパスへと入ったのである。
コンパスは黒を白に、白を黒にさえできると言われている組織で、非合法なものから合法的なものまで取り扱う。ただしその理念は一貫しており、全ては恒久的な平和の為。
蛇の道は蛇。
裏にも表にも通ずるというコンパスにその身を置き、キラを探し出すことを目標とした。
だがいまだその片鱗さえ見つけられない。
暗闇に端末の光だけが漏れる。
コンパス総裁を名乗る彼女から送られてきたデータに目を通し、その最後にあるアドレスに端的なメッセージを送った。
蒼き清浄なる果実をその色に
果実は亜麻色の、アメジストを
未成年がほとんどだというから、アスランと同じ歳の彼がいるわけもないし、あの美しい色素を持つ人間が他にいるとは思えない。
けれどアスランが欲するとしたら彼だけだ。
だから抽象的なイメージだけを送る。
送信完了の旨を確認すると端末をベッドの上に放り投げ、自身の身体も沈める。
正直、彼に会ったとして真っ向からあのキレイな瞳に映れないくらいには汚い仕事もしてきた。
平和のためといえば聞こえはいいが、その為なら手段は選ばない組織だ。
だがそうだとしても。
アスランは彼なしの人生など考えられなかった。
――はじめまして……
母に連れられて出会った同じ歳の少年
彼の母の後ろに隠れて、こそり、とアスランを見つめる瞳はまるで宝石のアメジストのようだった。
――はじめまして、アスラン・ザラです
――まぁ!アスランくんはきちんとご挨拶できるのね。ほぉら、キラも頑張って!
彼の、キラの母が人好きのする笑顔を浮かべて両手の拳を握る。ファイト、と息子を鼓舞しているようだ。
キラはおず、と母を見て、予想よりすぐにこちらに視線をまた向けてくれた。
――きら、やまとです
同じ歳だと聞いていたが、どこか舌足らずに名乗り、手を差し出してくれた。
背はアスランと変わらないくらいに見えるが、なんだが小さく感じて子供ながらに「守らなきゃ」という感情にさせる子だった。
――キラ?
――……うんっ
にこ、と笑って差し出された手を握ると、キラはそれはそれは嬉しそうに頷いて、満面の笑みを浮かべた。
――花みたいだ、キラ
――え?
その笑顔を例えるなら。
浮かんだ言葉をそのまま伝えると、ぽかんとするキラと二人の母達。大人は一拍置いたあと盛大に笑った。
アスランの母がオシャマなのよーとアスランの頭をぽんぽんと叩く。
けれどキラ本人だけがまた嬉しそうに破顔して、アスランもだよ!とアスランに抱きついた。
コンコン……
どこか遠くで音がした。
それに呼び起こされる。
忘れたこともない、キラとの出会いの夢を邪魔されて、アスランは若干不機嫌に起き上がった。
あれから1時間ほど経過しているらしい。
端末を見ればそれを告げる時刻と、派遣了、を記したメッセージが届いていた。
そして再びコンコンと鈍い音が部屋に鳴り響いた。
恐らく、派遣された『少年』であろう。
ここにアスランが滞在していることは誰も知らない。
アスランはのそり、と立ち上がるとドアに近づいた。
安さが売りの古いホテルにインターホンなどなく、訪問者もノックするしかないし、滞在者もドアに行くしか無かった。
たださすがにスコープさえないのは不用心だ。
「――はい?」
不機嫌さを隠さずにアスランはノックに返事をする。
するとすぐそれは返ってきた。
「あの、地球屋から派遣されてきたのですが。アレックスさんですか?」
地球屋、とは表のデリヘル業の名前だ。
けれど聞こえた声は可愛らしくあるものの、間違いなく男の声。
無事にターゲットを補足したらしい。
アレックスは偽名であるためアスランはあぁ、と短く是を示すとドアを開けた。
開けた先には、確かに少年が一人立っていた。
少年というには幾許か違和感のある、亜麻色の髪はサラ、と揺らし、アスランを真っ直ぐ見る目はアメジストのような宝石の色をしていた。
元より丸い目は見開かれ、さらに丸くなる。
記憶よりも背は高い。
けれど失われることのない可憐さに、美しさを足したその風貌は――。
「キラ――……?」
「あす、らん……」
アスランが探し求めていた彼だった。