マーフィーの法則「ライト!これ前好きって言ってたよな!」
「俺今日誕生日じゃないっすよ」
「知ってる!俺がす、すす好きな人にあげたくて持ってきたんだよ」
「ありがとうございます?」
「おう…」
「あ、じゃあ俺もこの前あたったスターライトナイトのストラップあげますね」
「え!?!?これシークレットじゃね!?サンキュー!!!じゃなくて!」
「いらないっすか?」
「いる!!!」
「じゃあどーぞ」
「ありがとな!で、でだよ」
「?」
「その、す、好きな人ってのに対しては…」
「好き?ああ、俺もパイセンのこと好きっすよ」
「本当か!?じゃあつ、付き合ってくれっか?」
「いいっすよ、どこ行くんすか」
「へ?」
「ん?」
「いや、違うそうじゃなくて…」
「あ、今じゃないんすか?また予定教えてくれれば調整しますよ」
「違う…違ぇ…!!」
「???」
ビリーは悩んでいた。
何に悩んでいるのか?と聞かれればそれは後輩であるライトのことだった。
というのもビリーは幾分前からライトに恋心というものを抱いていた。
それを自覚してからはビリーなりに猛アタックしていた。
例えばプレゼントを渡してみたり、好きだと伝えてみたり。
けれどそのどれもをライトは受け流していくのだ。
というのもライトはビリーの行いの意図を全く理解してくれないのだ。
めげずに好きだ、愛してると言った言葉も毎度のように言いすぎたせいで最近では挨拶のような扱いを受けていた。
しかしビリーは諦めるなんて選択肢はなかった。
それは単純に好きだから諦めたくないという気持ちと自分以外の他人にライトを取られたくないという子供じみた嫉妬と独占欲からだった。
ライトが見ているのは自分だけでいい。
「パイセン」
映画を観ながら物思いに耽っていたビリーに気付いたライトが声をかける。
その声にハッとしてライトを見れば怪訝そうな顔をしていた。
「面白くないんすか?ならやっぱりスターライトナイトに変えます?」
「いや!面白くないわけねぇだろ!めちゃくちゃ面白い!!これ店長のオススメなんだぜ!!やっぱり餅は餅屋ってやつだよな!!!」
取り繕うように大袈裟に返せばジト目のままライトははぁ、とため息をついた。
「確かに内容は面白いとは思んますけど…アンタ恋愛映画なんて観て分かるんすか」
呆れたように言われたそれにビリーがムッとする。
「なんだと!?聞き捨てならねぇな!俺だって恋の一つや二つ…」
「はいはいモニカ様への愛はホンモノですもんね知ってますよ」
「そーじゃねー!!俺はお前が…」
ビリーが立ち上がる勢いでヒートアップしていく中そっとビリーのフェイスシールドの人間でいう口元辺りにライトの立てられた人差し指が当てられる。
「しー、静かに。観るならちゃんと観ましょうよ俺は楽しんでるんで。それに場所も借りてるのに大声まで出したらプロキシに迷惑かかっちまうでしょ」
ビリーの声はそこからは出ていない。指を当てられようが塞がれようが関係ない。
ただライトのその仕草に思わず固まったビリーを他所に静かになったビリーに満足気にライトは指を離しテレビのモニターに向き直る。
そんなライトにビリーも大人しく座り直しテレビを観る。
画面の向こうでは女性が何か悲しげに目を伏せ別れを切り出したところだった。
それに男が絶句する。顔には絶望と諦めきれない想いが滲み出ていた。
さっきまで全くと言っていいほど内容が頭に入っていなかったせいで何故こうなったのかは分からない。
けれど大事なシーンなのだろうと演出の懲りようから察する。
この映画はビリーがどうしたらライトを振り向かせられるか問うた時にリンから勧められたものだった。
両想いな2人が、しかし過去のトラウマや相手を想う気持ちがすれ違い1度上手くいった関係は破綻する。それでも諦めることが出来ない主人公が相手を説得し最終的には添い遂げるという感動ものの恋愛映画。
これを2人で観てそういった気持ちのままに想いを告げれば流石のライトも気付くだろうと言うのがリンの考えだった。
ビリーは試せるものがあるなら何でも試したいとそのプランを実行したのだった。
映画を観るライトの横顔を盗み見すれば真剣に観ているらしいライトがず、と小さく鼻をすする。
サングラス越しで分かりにくいが若干潤んでいるらしい瞳から今映画は感動シーンと言うやつなのだろうと頭の片隅で思った。
何故片隅なのか、それは単純にビリーの思考が涙で潤んで煌めくペリドットに埋め尽くされたからだった。
『僕には君が居ない世界は地獄でしかないんだ。』
画面の向こうで男が切羽詰まった声を上げた。
『君がまだ少しでも僕を愛している気持ちがあるなら、僕は全てを投げ捨ててでもそれを逃したくはない』
かちゃり、小さく音が鳴りサングラスに隔てられていた瞳が露になる。
耐え切れず溢れ落ちた水滴が血行のいい肌を滑る。
「我儘を言っているのは分かっているんだ、けれど僕の幸せを考えていると言うなら知っていてほしい」
触れた頬は自分の手と違い柔らかい。
『君のいない世界に僕の幸せなんてものは存在しない』
見開かれた瞳、
ぱいせん、と動いた唇にキュルルとコアが動く音がする。
『僕は君をどうしようもないほど君を愛しているんだ。』
「ライト、俺はーー」
ピリリリリリリ!とけたたましい音が部屋に響く。
その音に2人してビクッと飛び上がりビリーは慌てて自身のスマホを取り出す。
『ビリー!アンタ今どこにいるの!!』
スマホから響く声にビリーが慌て出す。
「お、親分!?どうしたんだ!?」
『どうしたぁ?アンタ今日の予定忘れてたんじゃないでしょうね!?』
ご立腹のニコの声が部屋に響く。
それに慌ててビリーが対応している様子をライトは眺めつつ外されたサングラスをかけなおす。
ニコからの電話に応対しつつビリーが急いで身支度をする。
「す、すまねぇ!ライト!急用ができちまった!!」
バタバタと騒がしくしながらも申し訳なさそうに謝るビリーにライトは小さく笑う。
「大丈夫っすよ、電話の内容全部聞こえてますし。早く行ってやってください。」
ライトがへらりと笑う。
それにほっとしつつもう少し駄々を捏ねてくれても…なんて矛盾した感情を抱きながらビリーは両手を合わせた。
「ほんっっとうにすまねぇ!店長にもよろしく言っといてくれ!」
慌ただしく駆けて出ていくビリーにライトがひらひらと手を振る。
「行ってらっしゃい」
声も張らずに言ったライトのその言葉をしっかりとビリーは聞き取り何だか胸の当たりがムズムズするような感覚に襲われる。
ドアの前で振り返るとこちらを見ているライトの姿。
「行ってくる!また連絡するからな!」
ブンブンと大きく手を振ってビリーはドア開け外に出る。
遠慮気味に振られた手が愛おしくて、『行ってらっしゃい』の言葉が嬉しくてビリーは思わず鼻歌を歌いながら駆け出したのだった。
ビリーが去った後も流れ続ける映画をライトが最後まで1人で観ていれば2階から降りてくる足音が聞こえた。
「おや?ビリーは帰ったのかい?」
自室から降りてきたらしいアキラの問に頷いて返事をする。
「邪兎屋からの呼び出しさ、今日はビデオと場所の貸し出しありがとさん」
ライトはエンドロールが流れ始めたビデオを停止するとデッキから取り出しカバーに収めてアキラに渡す。
渡されたビデオはビリーのイメージにそぐわない恋愛映画だった。
「これは…」
表紙とライトの顔を見合わせたアキラに面白かったぞ。とライトが返す。
「ビリーが選んだのかい?」
「ああ、よく分かったな。」
「…これをビリーが選んだ意図はライトさんは知っているのかい。」
アキラは考え込むように眺めてからライトに問う。
無言のライトの表情はサングラスと長い前髪で隠され伺えない。
けれど僅かにふ、と笑うような声が聞こえた。
「……そうだな」
一言そう返したライトにアキラがじとりと目を細める。
「なら答えてあげればいいじゃないか」
あなたも好きなのだろう?そう目線で訴えかければライトの目がす、と細められた。
「人間は手に入れたものより手に入れる過程の方が執着するもんだろう?」
にやりと歪められた口元にアキラがため息を落とす。
「そんなことをしていたらいつか余所見されてしまうよ」
「そうだな」
楽しげに聞こえるように言われたそれにアキラはこめかみを押えた。
「はぁ、どうにも拗れているねあなたは」
楽しげに笑って、離れるなら離れていいと、本当はそんな事願ってないだろうに。
それでもこの臆病者は本当にそうなる事を渇望してるのだ。
自分を卑下して罰を与えて幸せを遠退けて。諦めきれずにたたらを踏んで。
面倒くさくてどうしようもない。
こんな自分を好きになんてならないでほしいのにこんなに愛して欲しい。
「俺もそう思う」
「全く、ご愁傷さまだね」
アキラの哀れんだように言ったそれは誰に対してか。