大丈夫だから雉も鳴かずば撃たれまい
「大丈夫だから、お兄ちゃんがいるから」
物心ついた時から両親も頼りになる親族もおらず、8つ年の離れた兄と2人だけだった
貧しくて何にもない荒屋であったが兄がいてくれた
嵐に怯えた朝も、凍える寒い夜も、
「大丈夫だから」
その言葉はまるでの魔法のように辛いことも本当に『大丈夫』にしてくれた。
それなのに、成長した俺はその言葉を裏切ってしまった…
「うわっ!!!バケモノ!」
「呪われるぞ!!!」
兄の顔には大きな醜いアザがあり村の人間から、いつも罵詈雑言を浴びていた
「悠仁…大丈夫だから」
昔はそれで我慢できていた。だけど村の井戸を使わせてもらえず遠方まで兄が水汲みに行っていること、約束より安い賃金で下働きさせれること、どうしても許せなかった。あんな酷い扱い受けて、大丈夫なものか。
「うるさい!!あのアザは、草木の汁で塗ってるんだよ!お前らとは違うんだよ!!兄貴はこの国で一番綺麗なんだよ!!!」
思わずカッとなり叫んだ後すぐに血の気が引いた
「ゆ…じ…」
「ご、ごめんな…さ…」
悪口言われても大丈夫だから、だからアザのことは内緒だと言われていたのに。
翌朝、村の偉い連中が兄貴を迎えにきた。領主様が男女問わず美しい人を探していて、村の連中は領主様から気に入られるために兄貴を差し出すんだって。俺たちに意思は関係ないんだって。
「俺が…言ったから…俺…おっ…ッ」
「悠仁…?声‼︎」
別れの際まで、兄貴は自分のことよりも声の出なくなった俺の心配ばかりしていた。
「大丈夫だから、領主様に気に入られたらお給金いっぱい貰えるから。そしたらお医者さん連れてくるからよくしてもらおうな!大丈夫だから」
違うよ。兄ちゃんがいれば大丈夫だけど、俺1人なら大丈夫じゃないんだ。でも良いんだ。悪いのは俺だから、俺は大丈夫でなくていいんだ。
◻︎◻︎◻︎
「戦場での功績褒めて遣わすぞ!!!なんでも望みを言え!」
今夜は戦の勝利を祝う宴。戦場で手柄をたてたものが、領主様より直接褒美をもらえる。
あれから6年たち、16になった俺は戦場で数々の武勲をたてた。誰よりも鍛錬し、戦場で泥水を啜っても、傷から臓腑が見えても戦い続けた。この日のために。
「悠仁?」
変わらない、優しい声と瞳。でも、左足をひきづっていて、袖の隙間からアザが見える。右目もほとんど見えてない。
「すまない、お金貯めたんだけどお兄ちゃん無くしてしまって…何回も貯めたんだけど…すまない。声をよくしてあげられなくて」
どんな仕打ちを受けていたか考えただけで吐き気がする
「ほら、望みを言え!…そうか、お前は声無しだったな!望みが言えないなら褒美はやれないな!!」
兄が怒りで体が震えているのがわかる
「………」
「え?ゆじ?」
「大丈夫だから」
次の瞬間、領主の首と胴体は離れる
「望みは貴様の命だ!」
その夜、領主と側近たちは殺され、館には火が放たれる。大勢の死体が折り重なり、武勲をたてた若者や領主のお気に入りの奴隷がその中にいるかどうか誰にも分からなかった。
「二人なら大丈夫だから」
遠い遠い異国の地。二人だけで寄り添って歩く兄弟の姿があったそうだ。
終