世界でいちばん美しい復讐親族や親友たちとの式前の交流や写真撮影を終え、騒がしかったブライズルームには静かな空気が流れていた。
私は椅子に腰を掛けているが、彼は少し離れたところで壁に寄りかかりながら腕を組んでいる。
ツナさんがボスに就任する際に購入し、それからずっと大切にしているツナさんと山本さんと三人お揃いの腕時計を身につけていないからか、壁に掛かっているアンティーク調の時計を見る為に何度も顔と視線を上げ下げする。その普段と異なる状況が落ち着かない、といった様子が面白くて仕方がない。緊張しているのだろう、この人も。
さて、そろそろアレの出番かな、と思ったところで、彼の名前を呼ぶ。
「獄寺さん、獄寺さん」
「何」
「鞄、ハルのその鞄取ってください」
「自分で取れば」
「もーこんなときに意地悪なこと言ってないで!あんまり動いてドレス汚しちゃったら嫌ですもん」
「ハイハイ」
あからさまに面倒くさそうな声を発しながら、少し離れたテーブルの上にある私のキャメル色のバッグを手に取り渡してくれた。
その中にあるポーチから、目当てのものを取り出す。良かった、ちゃんと持ってきていた。
「何だ、そのハンカチ」
私が取り出した男物のハンカチに眉を顰める様子を見て、この人本当になにも覚えてないんだな、と苦笑いをする。
「ちょっとしゃがんでもらえますか?」
「なんだってんだ……いてっ!?」
自分の前で屈んだその男の頬を、ハンカチを通してペチン!と軽く叩いてひとこと呟く。
「このハンカチ、お返しします。これからのハルにはもう必要ないので」
呆気に取られぽかんと口を開く様子に笑いそうになってしまったが、我慢して言葉を続ける。
「獄寺さんは無理だって言ったけど、ハルはしあわせになりますよ。……どうだ、参ったか!」
私の楽しそうな様子を初めは理解出来ずに訝しげに見ていた彼の顔が、みるみる赤くなっていく。そして突き返されたハンカチをまじまじと見る。それが自分の物だったことを思い出したのか、顔を手で覆ってため息をついた。
「……お前、まさかこれをする為に俺と一緒になろうとしたわけじゃないよな?」
「それは違いますけど、まぁ想定外ではありました」
「ならいいけど……いやよくねぇ。なんだ想定外って」
「そんなこと言ったら獄寺さんだって想定外だったのでは? だって、『お前はしあわせになれない』なんて言いながら、自分でハルのことしあわせにしちゃうんですから。矛盾してますよ」
楽しそうに笑って言う私の様子が面白くないのか、恥ずかしいのか、言葉にならない声で唸っている。
「性格悪すぎるぞ。しかもこのタイミングで言うか普通」
「このタイミングで言うからこそ、ハルの復讐はちゃんと完結するのです。は~スッキリしました! 物凄い達成感です!」
「信じらんねぇ……マジで……」
「じゃあ、辞めますか?」
その言葉に一瞬目を見開いたが、それはすぐに不敵な笑みへと形を変えた。
「……辞めるつもりなんて、無い癖によく言うぜ」
「あはは、バレバレですね」
その瞬間、部屋のドアをノックされて準備が整ったことを告げられる。
「行くか」
「はい!獄寺さんの緊張もほぐれたみたいですしね」
「緊張なんかしてねーよ。つーかお前、式の当日だってのにまだ獄寺さん呼びなわけ?」
「……今ここで言います? それ」
「今だからこそ、意味があると思うんですけど?」
ニヤニヤと静かに笑う男の表情を見てふと思い出す。そうだった、タダでは転ばないのが獄寺隼人という人間なのだ。これがやられたらやり返すってやつ? もしかしてハル、順番ミスっちゃいました?
この場合の選択肢はひとつしか無いのに、これはあまりにも狡くはないだろうか。
答えを導き出すように差し出された手を渋々と取りながら、やっぱりこの人には敵わないと思った。
「隼人さんなんて……大っ嫌い!」