在りし日の冬の出来事ピンポーン
PCの画面から顔を上げると約束の時間を少し過ぎた頃だった。
ピンポーン
もう一度鳴らされたインターホンに少し早足で玄関ドアを開けた。
日「案外早かったね」
伊「これでも仕事終わりに頑張って急いできたんだぞ?」
服「お邪魔します」
日「耀もいらっしゃい」
無愛想な後輩を連れた親友を招き入れ狭い室内の真ん中に陣取るこたつの上にコンロと鍋を置いた。
伊「日が沈むとやっぱり冷えるな」
日「今暖房入れたからちょっと待てよ」
耀が買ってきたものをセカセカと鍋に入れているのを正義が口を挟んでいる。本当に仲の良いバディだとつくづく思う。
服「寒い寒い…」
伊「お前体温低いもんな」
服「母さん譲りなもんで…」
無遠慮に定位置になりつつあるのコタツにモソモソ入って暖を取り始めた耀に思わずクスリと笑えてしまう。
日「未守さんは元気か?」
伊「アイツは相変わらず足グセが悪い」
日「ははっ、仲良いくせに」
やりかけの持ち帰り仕事を保存だけ済ませてパソコンの電源を落とした。
コタツに入り込むと足が乱雑に入り組んでいる。
日「どうなってんだこりゃ…」
スッと引っ込んだ足はたぶん耀だろう。
先ほど詰め込まれた鍋がグツグツと煮えてきた。
伊「耀、皿寄越せ」
服「自分で取るんでいいです」
伊「どうせお前バランス良く取らないだろ」
日「あぁ、昨日優枝が買ってきたいつものケーキがあるから腹に余裕残しといてくれよ」
服「優さんが好きなケーキ俺も好きっすよ」
伊「先に飯を食え」
適当に置かれた調味料や取り皿と冷えた缶ビール、耀が来てから日常的になったいつもの光景。
伊「優、トイレ借りるぞ」
日「ん」
鍋の中の煮えたネギを耀の器に入れながら短い返事をする。
日「仕事は慣れたか?」
服「ぼちぼちですよ」
日「ははっ、マサの人使い…と言うか捜査一課の人使い荒そうだもんな」
服「まぁ、そうですね」
日「事件も薬もこの世からなくなればいいのにな…」
服「…夢物語ですね」
日「ははっ、まぁな。でもそんな薬が作れたら…」
伊「薬が全てじゃない。それを悪用する人間がいけないんだよ」
服「だからって人類を滅ぼすわけにはいかないでしょう、全員が悪いわけじゃないんですから」
伊「だから犯罪者を捕まえる。それが俺たちの仕事だ」
服「優さん、もうケーキ出していいですか?」
伊「おい、まだ鍋あるぞ…」
日「ケーキ出すとこ作ってからな」
服「そう言うマサさんこそ人ん家でタバコ吸おうとしないで下さい」
伊「あ…」
日「そっちも食事終わってからな」
相変わらずの仲の良さに笑いながら鍋の残りをそれぞれの取り皿に振り分けた。
伊「おい、それ俺のつくね」
服「食べないのかと思って」
伊「耀、明日覚えてろ」
服「嫌ですよ。つくね一個くらい可愛い後輩に下さい」
伊「自分で言うのかそれ」
服「言います」
日「っぷ、あははは」
伊「おいおい、笑うなよ」
日「いやすまん。本当仲良いなと思って」
服「散々いじめられてます」
伊「いじめてないだろ」
服「いじめてる本人が1番わからないものですよ」
伊「なぁ優、可愛くないだろ?」
日「そんな事言って可愛がってるじゃないか」
あははと笑いながら〆の残りご飯を投入する。
服「おつまみ用に買ったマサさんのチーズ入れますか?」
伊「あ、おい!」
日「いいな、入れちゃえ入れちゃえ」
容赦なく入れる耀にマサは諦めたらしい。フウと一息つくと缶ビールを一気に煽った。
服「優さん、あったまるまでみかん食べます?レジのおばさんがくれたんですけど」
日「コタツにみかんって王道だな」
そう言いつつ受け取りみかんをつい揉んでしまう。
伊「優は揉む派か…」
日「なんか、つい揉んでた」
服「…眠くなってきた…」
伊「おーい、耀、寝るなー」
服「コタツあったかいし」
日「耀、器寄越しな。雑炊分けるから」
服「あ、俺やりますよ」
日「いいのいいの」
器を奪い取り装うとちょっと申し訳なさそうにしている。
服「ありがとうございます」
伊「優には素直だよな」
服「いつも素直じゃないですか」
伊「そうか?」
服「優さんビール追加要ります?」
日「あぁ、冷蔵庫から勝手に出してくれ」
服「はーい」
取り分け終えると目の前にトンと追加の缶が置かれた。
日「あれ?もうなかったか?」
服「いえ、今日はビールはコレだけにしとこうかなと…」
伊「珍しいな」
日「なんかあったのか?」
服「いえ、特に何があるってわけじゃないですけど…」
とろーりと溶けたチーズが伸びて熱そうだ。火傷しない様によく冷まして口へ入れるとまだ少し熱かった。
伊「はぁ、ビールとチーズが合う」
服「スイスでも行って来たらどうですか?」
伊「スイスもいいなぁ、届け出す手間がなけりゃ速攻行きたいけど…」
日「あぁ、旅行も交際も届出がいるんだったな」
服「そんなめんどくさいのやりたくないんでやらない方に考えます」
伊「耀って1人で老いて孤独死しそうだよな」
服「施設に入るだけの金は貯めてますんでご心配なく」
日「でもある時いい子突然に見つけるタイプだったりして」
服「どうですかね。運命とか信じないんで」
伊「なんか意外な子とくっつきそうだよな」
日「男とか?」
服「勝手に人をゲイにしないで下さい」
伊「いや、女見て勃つんだからその場合はバイだろ」
なんてくだらない話をしている間に鍋は空になった。
服「ご馳走様でした」
伊「ご馳走さん。やっぱ冬は鍋だな」
日「俺鍋とコンロ用意しただけだけどな」
片付けを始めると耀がいそいそと食器の片付けからテーブル拭きまで一通り済ませた。
伊「俺洗おうか?」
日「いや、やるからいいよ」
服「やります」
日「じゃあ、はい。拭いて」
耀に布巾を渡してササッと食器を洗う。一人暮らしのアパートなので大したサイズもなく乾かせるスペースは無い。
服「優さん、今どんな薬作ってるんですか?」
日「ん?あぁ、会社ではジェネリック薬品を開発研究してるよ」
服「後発医薬品…でしたっけ?」
日「あぁ、それが出回ればもっと薬が安価に手に入れやすくなる」
服「なるほど」
日「耀は?何か発見あったか?」
服「そうですね…夏樹、未守さんのお子さんが予想以上に活発でめんどくさいとか、正さんにタバコ奪われたりとか…」
伊「おいおい、奪って無いだろ」
服「あとは…アメリカのヘイトも酷かったけど日本はもっと陰湿だとか…そんなですね」
日「日本人は陰湿でねちっこいからな。すぐ根に持つし、だからストレス溜めるのかもなぁ」
服「まぁ、アヘン戦争みたいにはならないないでしょう。用心深くて排他的な日本人では…」
日「まぁな」
洗い終えて耀がセカセカ鍋を拭いてる間にケーキと取り皿を出して数歩先のリビングに戻ると正義はスヤスヤと寝ていた。
日「まさー、ケーキの番だぞー」
伊「んんー」
起きる気配はなさそうだ。
服「はぁ…やっぱりこうなった」
日「読んでたのか?」
服「まぁ、今朝早くに呼び出しくらって出て歩ってたんで。気が抜ければ寝るだろなとは…」
日「まぁ、耀はお楽しみのケーキ食べたら帰っていいよ。それとも正と一緒に泊まってくか?」
服「何が楽しくて先輩の友人の家のそれも男の部屋に泊まるんすか…」
日「ははっ、俺はもう耀も十分友人だと思ってるよ」
服「っ……台詞臭いっす…」
日「そうか?」
服「優さんは…」
日「ん?」
服「いや、なんでも…」
日「まぁ、正の分のケーキも食べちゃえよ」
カチッとジッポに火をつけて食後の一服にする。もう食べる気のない俺を見て会釈だけでスルスルとケーキを引き寄せ食べ始めた。
日「研究所にもいるな、甘党の頭良い新人」
服「なんすか、その頭いいと甘党みたいな定義」
日「事実だろ?そいつよくはちみつ舐めてるよ」
服「はっ、体に良いとは言っても過剰摂取は毒っすよ」
日「伝えとく。お前はいないのか?仲良い奴」
服「あー…ちょっとウザいのが1人…」
日「へー、どんな?」
服「作り笑いが上手い世渡り上手」
日「あははは、胡散臭い奴代表じゃんか」
服「でも、アレはすごい才能だなって思いますね」
日「まぁ、それだけ人をよく観てんだろな」
服「そこは否定しませんね。アレと話す時は気が抜けませんよ」
日「俺とは?」
服「…優さんは、なんて言うか憧れみたいな?」
日「憧れ…かぁ。でももう緊張してないだろ?」
服「そうですね」
日「ふはっ、いつまでも敬語が抜けないのはそう言う事か」
服「笑わないで下さいよ」
ご馳走様でした、とケーキのフィルムまで綺麗にして片付けを始めた耀は初めて連れてこられた時よりだいぶ馴染んだ気がした。
服「優さん」
日「ん?」
服「マサさんお願いしていいですか?」
日「あぁ、帰ってゆっくり寝な」
服「…すいません、ありがとうございます」
コソコソと帰った耀を見送り、シャワーは明日だなと欠伸を一つ。
伊「耀、優を困らせるな…」
ムニャムニャとマサの寝言が静かな部屋に響く。
日「全く、こたつで寝ると風邪ひくぞ…」
ペチペチと叩いて布団へ移動させ寝直したのを確認した。
日「耀より俺を困らせてるよな…ははっ」