時が流れて この日はXタワーにて、チームペンドラゴンのインタビューが予定されていた。
生放送でのインタビューは新メンバー加入から半年後という区切りの日に行われるのもあり、事前に入念な打ち合わせが組まれている。シエルはインタビュアーと質問内容を取り決め、己がよどみなく返せるよう真摯に議論を重ねていた。数日前からの準備が終わり、新たなペンドラゴンはこの日の午後一時から生放送を開始する。シグルはシエルに次いでスタジオ入りし、スタッフに挨拶するシエルを眺めていた。
カメラマンやADに声を掛けて回るシエルは、遠目に見るシグルに真面目な横顔を晒す。加入した頃決して順風満帆ではなかった少年は今では立派なペンドラゴンの一員として、実力も人柄も周囲から認められていた。彼は強く、何より何事にも一生懸命取り組む性格だ。ふとシグルは昔を思い出す。かつてのメンバーだった黒須エクスは、インタビューをはじめとして仕事をよくすっぽかしていた。
彼女も決して器用ではなく、仕事の不始末の尻拭いは専らクロムの役目だった――シグルは過去を振り返り、今ここに居ないリーダーを思い浮かべた。龍宮クロムは別件で遅れマネージャーの車でXタワーに向かっている。生放送に穴を空けるわけにはいかず、電話越しの彼は動揺の滲む声でシグルに一報を入れていた。
シグルは慌てることなく受け答えし、いつもの無表情でスタジオ内を観察する。数分後クロム到着の連絡が入り、間に合って胸を撫で下ろす青年がシグルの目に留まった。
「すまない。遅くなった」
「平気。まだ時間あるし」
前の仕事が長引き彼にしては遅い時間にやって来る。彼にとっては不手際にカテゴライズされる到着時刻だが、シグルからすればどうということはなかった。青年の後ろではマネージャーが申し訳なさそうな表情で身を縮ませている。眼鏡を掛けた気弱そうな男は、昔はよくクロムに不満をぶつけられていた。
シグルは過去に何度か、マネージャーに鋭い声を飛ばすクロムを目の当たりにしている。あの頃の青年は多忙を極めいつも張りつめた雰囲気を醸していた。"すみません、クロムさん"とマネージャーが恐縮しきった声を聞かせる。昔ならばクロムは凄い顔で睨んだものだが、
「向うの都合で遅れたんだ。そんなに謝らなくていい」
フォローを入れ謝罪をやめさせる。過密スケジュールに荒む彼を知るシグルは、今は落ち着いたものだと感じ入った。
「シエルを見てきてくれ」
マネージャーは背筋を伸ばして頷き、シエルの許へと走っていく。遅刻の恐れから解放された青年は、ふう、と安堵の溜息をついてシグルの隣に立った。彼のほっとした横顔を一瞥し、シグルはエクスがインタビューをサボったあの日を胸によぎらせる。あの日も彼女は彼と並びスタジオの様子を眺めていた。
クロムは二人から離れた場所に居るシエルに視線を注ぐ。マネージャーと言葉を交わす少年の横顔は明るく、青年に好感を抱かせた。
「あの様子だと大丈夫そうだな、シエル」
シグルは頷き、ふっと微笑するクロムに視線を移す。青年の微笑みは柔らかく、シエルを心から案じる優しさを見せた。彼女は少年が加入したあの頃の、半年前の冷ややかなクロムと現在の彼とを比較する。記者会見を終え会場を後にしたあの日、青年は少年を居ないものとして扱った。
「クロム、変わったよね」
彼女の言葉に青年は首を傾げる。唐突に言われ戸惑う彼に、シグルは淡々と小さな声で語った。
「よく笑うようになった。昔は仕事、楽しくなさそうだったし、いつも疲れてた」
「スケジュールを調整したからな」
頂上決戦の日救急搬送された彼は、あの事件を機に体調管理をこれまで以上に厳格にした。全世界が注目する中での卒倒にスポンサー企業も事態を重く見、クロムの仕事は以前に比べ随分と余裕を持って組まれた。結果クロムは過密スケジュールに精神を荒ませることはなくなった。もっともチャンピオンチームのリーダーとして忙しい日々を送ってはいるが。シエルが何事にも真面目なのもある。シグルは言及しないが、メンバーが変わったのもクロムに大きな変化を与えていた。
「あと、ファンサービスがよくなった」
「そうか?」
「気づいてないみたいだけど。前はもっと素っ気なかった」
近頃のクロムはファンから声援を送られれば笑顔で手を振ってみせ、サインにも可能な限り応じるようになった。以前は必要以上にファンとは関わらず、黄色い声をスルーするケースも多かった。クールなイケメンと評され、たとえファンを一瞥する程度であっても悪くは取られない。だがそれは彼の実力と外見が優れていたためであって、凡人が同じ真似をすれば印象が悪かった。冷たい空気をまとう彼は温和になり、彼女は知るまいがアマチュアだった頃の彼に雰囲気を寄せつつある。視覚で捉えられたりデータのように数値化出来るものではないが、確かに彼は優しくなった。
「クロムは変わった。いい方に」
「そ、そうか」
困惑気味に視線を逸らす。シグルはそんな彼を見て明らかに変化したと実感する。エクスがチームを脱退して以降クロムは精神のバランスを崩し、時間が経つほどにおかしくなっていった。仮面Yを名乗りエクスのバトルをトレースするようになった頃、彼女は彼と言葉を交わしたがその頃の彼は異様だった。狂気的な振る舞いに彼女は彼が壊れたかもしれないと思った。頂上決戦の際も彼は通常とは異なる言動を見せた。
あれから時は流れ、ペンドラゴンのメンバーも変わり。当初仮面Zと名乗っていたシエルは仮面を脱ぎ、神成シエルとして活動するようになった。最初はぎこちなかったかもしれない。クロムにエクスへの妄執はなくなったものの心のトゲは残っていて、時々エクスを思い出すらしかった。しかし痛みは時と共に薄れていく、完全にはなくならないにしても。当人はあまり自覚しないが新旧のペンドラゴンに属する彼女ならばわかった。クロムもペンドラゴンも、いい方向に変わっていった。
「クロムさん!」
マネージャーとの会話を終えたシエルがこちらにやって来る。眩しい笑顔を向けるシエルにクロムが誠実な態度で言った。
「遅くなってすまなかった」
「全然平気ッスよ! 気にしないでくださいッス!」
マネージャーも後からやって来て、ふんわりとした笑みを浮かべる。彼等が落ち着いた空気を醸す中スタッフが声を掛けた。
――それでは準備お願いします。
「よし……」
クロムが口角を上げ、チームメイトに頷いて見せる。頼もしい表情の彼はチャンピオンチームのリーダーに相応しかった。
現在の彼を見、シエルはもちろんシグルもまた微笑する。彼女はこのとき充実感と幸せを胸にじんわりと広げていた。