癒残「ようやく終わった〜!」
作戦室の扉を勢いよく開け放った残が開口一番に叫ぶと、中で一人作業をしていた透が傍に寄ってきた。
「お疲れ様です。これでひと段落ですね」
学園を中心に起きた事件から約一ヶ月後。残たち公安学園対策チームは事件の後始末に追われていた。学園内外に公安の協力者は多く集まり事件自体は収束したが、その後の上層部への報告や事件に関わった生徒達の処遇の交渉などいわゆる“多方面への調整”に対応できる人員は公安メンバーの中でもかなり限られており、リーダーである残は誰よりもこの調整に奔走していた。
「ああ。何とか終わってよかったぜ」
事件の直後から残はあちこちを駆け回って証拠や意見を集め、複雑な事件の経緯と今後の対策をまとめ上げ、誰も理不尽を被ることがないよう上層部にも掛け合い、なんとか説得をしてようやく一区切りをつけることができた。たった今そのための報告会を終えてきたばかりの残はしばしの解放感に浸っているのかいつもより表情がゆるんでいる。
「それにしても、よくあの事件を上が納得する形で報告できましたね」
透も残が仕事に忙殺される姿を近くで見ていたので心から労いの言葉をかけた。正直、残ほど優秀な人物でなければこの事件の後始末を一ヶ月足らずでここまで綺麗な形で終わらせるのは無理だったと透は思っている。
「結構ネチネチ言われたぜ。まあ承認おりればこっちのもんだし、後は何とかなるだろ。透も手伝ってくれてありがとな!居てくれて本当に助かった。」
そういって口元を緩める残の顔には流石に疲労が色濃く出ていた。誰よりも早く出勤し誰よりも遅くまで仕事をしていながら、部下や周囲に当たり散らすこともなく真摯に仕事に取り組む姿に透は心底尊敬をしていたが、同時に残の健康面が心配だった。正直、いつか過労で倒れるんじゃないかとヒヤヒヤしている。
「今日は久々に早く帰りましょう。」
「そうだな。あ、でもあの生徒の件がまだ……っ、」
残は頭にズキズキとした痛みを感じ、頭を押さえた。久々に緊張の糸を解けたと思ったらデスクワークとプレッシャーで凝り固まった頭が今ごろになって痛みを訴えてくる。
「大丈夫ですか?」
「ん、平気。ちょっとした頭痛だ。画面の見過ぎとかだろうし」
残は目を閉じてこめかみをさすり、口を尖らせてぼやいた。
「やっぱ俺パソコンに向かうより現場の方が向いてるよな……」
「能力は戦闘向きじゃ無いがな」
「癒宇!?」
居るはずのない人物の声に驚いて残が振り向くと、開けっぱなしの作戦室の前で癒宇が腕を組んで立っていた。丸く目を開いた残は呆けた顔のまま癒宇の元へ駆け寄る。その様子を見て残をどう帰らせようか密かに悩んでいた透は肩の荷が降りた心地だった。
「癒宇、こっちに来るなんて珍しいな。忘れ物か?」
「連絡入れたのに無視したのは君だろう」
「えっ、わりぃ、会議で見てなかった」
残が慌ててスマホを取り出してる間に、透が癒宇に話しかける。
「植下さん、ちょうど良かった。残さんを連れ帰ってもらえませんか」
「ああ、そのつもりだ」
「助かります。じゃあ俺はお先に失礼しますね」
「なんだよそのやり取り……あっ透お疲れ!」
身支度をさっと済ませた透は扉の前で軽く頭を下げた。
「お疲れ様です。残さん、ゆっくり休んでくださいね」
出て行った透によって扉が閉められ、作戦室は残と癒宇の二人きりになった。久々に二人きりになれたと浮き足立ってそわつく残に癒宇はぴしゃりと言い放つ。
「ほら、君も早く支度をしろ」
「お、おう!夕飯どこにする?」
「外食は変更だ。君の家に行く」
「えっ?いいけど、うち今なんもねえよ?……あー、あとあんま部屋綺麗じゃない……」
「構わない。夕飯は出前かコンビニにする。休息が最優先だ」
癒宇は残の顔に手を伸ばした。二人きりとはいえ職場での行動に残は動揺する。
「ちょっ、まだ職場」
「頭痛があるんだろう、大人しくしていろ」
「あっ、うん……」
単なる治療行為だとわかった残は大人しく頭を差し出した。旋毛あたりに手が置かれ、癒宇の能力が効いてくると頭痛が消えていく。そのままの状態でいたら、今度は頭を撫でられた。心地よくて目を閉じる。そういえばなんで癒宇は俺が頭痛だってことに気付いたんだろう、ぼんやり浮かんだ疑問は癒宇の手が止まったことに気をとられて消えてしまった。再び目を開けるとあまり機嫌がよくなさそうな癒宇がいる。
「大分楽になった。ありがとな」
「全くだ。遠耶麻君にまで心配かけてどうする」
「あー心配かけちまってたか……」
「目元のクマも酷い。ちゃんと寝てないだろう。」
癒宇は残の目元を指でなぞる。忙しくて会えていない間に残が見るからにやつれていて肝が冷えた。残が周囲に心配をかけないよう振る舞っていたこともあり、周囲からの聞き伝いの情報や普段の連絡の中で残の状態に気付けなかったことを悔んだ。
(事件後の生徒のケアも兼ねてまだ学園に残っていたが、すぐにでも公安に戻れるよう上に掛け合うか……自分が残の傍にいないと……)
「癒宇?」
急に黙ってしまった癒宇の顔を残は不安そうに覗き込む。癒宇はぼそっと呟いた。
「いっそ、一緒に住むか」
「へ……ええっ!?」
大きな声につられて癒宇が顔を上げると茹で蛸のように真っ赤になって口をパクパクさせている残がいた。たしか告白をした時もこんな顔をしていた、と昔の記憶が蘇り、つい口元が緩む。
「続きは帰りながら話そう」
「おう、急すぎてびっくりしたぜ……」
そう言いながらも残は嬉しそうにはにかむ。癒宇は残にそうしてずっと笑ってほしいと強く思った。