怪談(kkobワンドロライ)「と、いうわけでアカデミーに行くぞ」
「何が『と、いうわけ』なんだよ」
呆れたようにオレがいうとオビトは不機嫌そうに「話聞いてなかったのかよ」と言ってきた。
いや、オレはちゃんと話は聞いていた。ただ話の内容があまりにも突飛すぎて理解できなかっただけだ。その旨をオビトに伝えるとらさまに肩をすくめて仕方なさそうに再度説明をしてきた。
「最近アカデミーでいわゆる学校の怪談ってのが流行ってるらしくてよ。オレとお前の二人でその怪談について調査するためにアカデミーに行くぞ」
「いや、だからどうしてそうなるわけ? なんでオレたちがそんなことしなきゃならないの? ていうかお前明日まで任務のはずだったろ?」
「あんな任務オレにかかればお茶の子再々だからな! パッパと終わらせてきた! なあ、いいだろ? チビ共が怖がってるって四代目と族長に相談されたんだよ」
「ミナト先生とフガクさんが?」
「おう! だから、かわいい弟分達のためにここは一肌脱ごうじゃねーか!」
そう言い、オビトはニカッと歯を見せて笑う。
正直にいうとオレはオビトのこの笑顔に弱い。というか、オビトの頼みに弱い。惚れた弱みというべきか。
だが流石に午前一時を回っている今から任務でもないのに外出しなければいけないのは面倒臭い。けれど、できることならオビトの頼みも聞いてやりたい。
一人ぐるぐると悩んでいるとオビトが突然オレの手を取ってきた。
「なあ、頼むよ」
「よし、行こう」
言った途端しくじったと思った。上目遣いでオレを覗き込むオビトのあまりの可愛い懇願に思わず「行こう」と口走ってしまった事実に。
だが、あれはしょうがないと思う。誰だってあんなに可愛くおねだりされたら断れるわけがないだろ。
誰にいうでもなく心の中で言い訳をする。そんなオレを他所にオビトはオレと行けるのが余程嬉しいのか小さく飛び跳ねている。ここまで喜ばれてしまうと今更いけないと言うのも忍びない。オレは仕方なく、これはオビトとのデートだ。と都合のいい認識をすることにして「早くいくぞ!」と急かすオビトの背中を追う。
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アカデミーへ向かう道中にオレはオビトに学校の怪談の内容を説明するよう頼んだ。オビト曰く、今話されている学校の怪談は以下の七つだ。
一つ、丑三つ時に合わせ鏡を見ると鏡の世界に連れ込まれる
二つ、深夜になると西階段の段数が一つ増え十三階段になる
三つ、アカデミーの入り口のブランコが風も吹いていないのに揺れる
四つ、暗闇に包まれた校庭に甲冑の音が響く
五つ、誰もいないはずの男子更衣室のロッカーから「出してくれ」と言う声が聞こえる
六つ、手裏剣練習場で「ない……ない……」と言いながら啜り泣く声が聞こえる
七つ、アカデミーのどこかに開かずの間がある
と言うものだった。
「六つ目までは俺たちがアカデミーにいた頃からあったでしょ?」
オビトが話す学校の怪談には一つを除いて聞き覚えがあった。一つ目から六つ目までの会談はオレたちがアカデミーに在学していた頃からあり、すでに検証され尽くしたものだった。それらの怪談はアカデミー生のイタズラであったり、勘違いであったり、ととにかく今更別段に騒がれるようなものではなかったはずだ。
「ああ、だからオレたちが今回調べるのは七つ目の開かずの間についてだ」
「その七つ目の怪談はどう言うものなの?」
やはりと言うべきか今回の調査対象は聞き覚えのない七つ目の怪談であったためオビトに詳細を尋ねる。
するとオビトは眉間に皺を寄せ悩むようなそぶりを見せる。いくら待ってもその煮え切らない態度から変わることがなかったため「オビト」と名を呼び先を促す。するとオビトは渋々と言った様子で口を開いた。
「それがよ……情報がねーんだよ」
「情報がない?」
「ああ。何でも、そもそも『どこかに開かずの間がある』って言う話があるだけで、いつからこの階段が流れ始めたのかも何もわかんねーんだよ」
「何それ。じゃあ害とかがないなら放っておいてもいいんじゃないの?」
「いや、噂曰く害はあるみたいだ。最近アカデミー生の失踪事件が相次いでるだろ? その失踪事件はこの開かずの間に関わりがあるかもしれないってまことやかに囁かれてるらしい」
オビトがここまで話したところでオレたちの足は止まった。目的の場所にようやく到着した。
かつては毎日のように通い慣れ親しんだはずのアカデミーは夜の静けさや先ほどまで語っていた怪談と相まって不気味な雰囲気を纏っていた。思わずオビトの方を見ると冷や汗をかき、深呼吸をしている姿が目に入った。そして、意を決したように「行くぞ」と小さく呟き歩みをアカデミーへと進めた。
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当たり前だが校舎の中は誰もおらず、暗闇に包まれていた。
「じゃあ、二手に分かれてさっさと件の開かずの間を探そうか」
オレは予め持ってきた懐中電灯をつけながらオビトに話しかける。すると、オビトは喉を引き攣らせたような悲鳴を出した後、オレに抱きついてきた。
「無理無理無理無理! こんないかにもな雰囲気の中一人で歩き回るとか無理だから!! それにオレ懐中電灯とか持ってきてないし!」
「はあ!? お前から誘っておいてなんでそんな弱腰なわけ!? バカなの!? バカオビトなの!?」
呆れて言うとオビトはその目あふれんばかりの涙をためグズグズと「バカでいいから見捨てないでくれ!!」とみっともなく縋り付いてきた。他人から見ればドン引きするだろうこの行動も可愛く思えてしまうからもうオレは末期だ。
どうしようもないなこれは。などと一人自嘲する。
「わかったから。一緒に着いて行くからもう離れろ」
努めて鬱陶しそうな態度は崩さずオビトを引き剥がせば、オビトはさっきまで泣きついていたのが嘘のように笑っている。
強請ったり笑ったり泣いたりすがったり今日のオビトは忙しない。
オビトに対し多少の違和感を抱いた。だがいつの間にかオビトがオレの手から懐中電灯を取り、オレの手首を掴む形で手を引きずんずんと先に進むためオレも違和感を一旦気にせずオビトに続く。
そして、目的のものはすぐに見つかった。
今までと打って変わり扇動するオビトに付いて行くと他の教室のドアとは明らかに違う扉が現れた。古めかしい木製のその引き戸はどう見ても半世紀以上昔のものだ。
オビトは扉の前に佇む。オレの手首を掴む力がどんどん強くなり指先の感覚がなくなっていく。
「オビト、痛いから離し「よし、入るぞ」」
痛みから話すように頼もうとした。だがオビトはオレの言葉を遮り、手を引き戸にかける。
そしてオビトが戸を開けようとした瞬間言いようのない恐怖が全身をかけめぐった。
そこでようやく確信を持てた為オレはオレの手首を掴んでいたオビトの左手を念のために持ってきていたクナイで切り付けた。
ここで少しオビトについて話しておこう。
オビトの右半身はかつての任務で負った怪我の影響で血が通ってない。だが左半身は依然生身のものであり血が通っている。
そのため、オビトは右半身を怪我しても出血はしないが左半身はちゃんと出血をする。
さて、では目の前モノはどうだ。
目の前の“何か”は左手からは血が一滴も出ていない。
「お前はなんだ」
クナイを構え“何か”に聞く。
「何が目的だ」
“何か”はなおも答えない。
「答えろ! ニセモノ!」
語気を強めて言えば何が楽しいのか目の前の“何か”は薄気味悪い笑顔を浮かべた。
そしてオレの記憶はここで途絶えている。
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次の記憶は自宅のベッドの上だった。
まるで、深夜に会ったことが夢での出来事だったかのような目覚め。
オレは次の日の昼間にオビトと会い、昨日の明朝どこにいたのか聞いてみた。
するとオビトは、遠征任務で里外にいたと答えた。
思い返してみればあの偽物のオビトには違和感が多くあった。まずオビトは改まった場所以外ではミナト先生やフガクさんを「四代目」や「族長」と言わない。そして、あの偽物はオレの名前を含め人物名を一人も言わなかった。それこそ不自然なまでに。
行方がわからなくなっていたアカデミー生たちも昨日の明朝から続々と保護されている。一応、そのアカデミー生たちに開かずの間について尋ねたところ聞いたことがないと言われた。
やはりあの夜の出来事は夢だったのだろう。
オレはそう思うことにした。たとえ目覚めた時、オビトを模倣した“何か”に掴まれた手首に手の形の字がくっきりと浮かんでいようと。
あの夜の出来事は夢だ。