年末は一緒に ピーキー・ピッグ・パレスが終了した数ヶ月後。ジョイキッチン人気のない店舗でのこと。牙頭と漆原はいつものように談笑していた。
「そういえばガッちゃん、今年の年末はどうするんだ?」
唐突に漆原は牙頭に問いかける。
「ん?いや、特に決めてねえけど。今年も仕事してんじゃねえかな。繁忙期間中だし、俺が休むわけにはいかねえだろ」
牙頭は小さくためいきをついた。仕事を嫌と思ったことはない。けれど忙しい時期は伊月と会う時間が減る。それは少し残念であると感じていた。
そういうお前は、と牙頭は頭に浮かんだ感情を振り払い、伊月に問いかけた。
「うん……僕は今年休むつもり」
「お、そうか。毎年仕事ばっかしてたのに、よく休みとれたな」
「ああ、上司に相談したら『働きすぎなんだから休みなさい』ってむしろ倍くらい休みを取らされそうになったよ」
呆れたように漆原は笑う。
「ねえ、ガッちゃん、今年の年末は一緒に過ごそう。できれば一週間くらい」
「あ?」
突然の提案に驚く牙頭に対して漆原は続けた。
「この間の試合で実感したんだ。もっとガッちゃんと一緒に居たいって。でも僕たちももう社会人だし、忙しいし休みも合わせるのも難しい。それでも、たまには一緒にいられないかなって」
そう思ったんだ……、と声を窄ませた漆原に「なるほど」と牙頭は頷き「伊月」と呼びかけた。
「お前の提案は嬉しい。俺もお前と一緒に居たい。けどな、流石に繁忙期にそこまで長く休むことはできねえ。下の奴らに顔向けできねえからな」
残念そうに言う牙頭に対して「そう言うと思ったよ」と首を縦に振った。
「ガッちゃんはそういうところきっちりしてるからね。だから僕もそう言われることは織り込み済みさ」
そうだよな、と漆原は側に立っていた従業員たちに話しかけた。
「「牙頭さん」」
「あ?なんだよ」
突然口を挟んできた二人に対して牙頭は訝しげに声を上げた。
「牙頭さんが年末休めるよう、既に本社の人間には話を通してあります」
「……は?」
突然何を言われたのか分からず、ぽかんと口を開ける牙頭に向けて、伊月はにやりと笑う。
「という訳だ。年末は一緒にゆっくりしよう」
「いやいやいや!何突然言ってんだよ!どういうことだよ!」
混乱して頭を抱える牙頭に対して、漆原は従業員たちを指さしながら得意げに告げる。
「少し前に彼らを通じて本社の人間に掛け合ってもらったのさ。働きすぎの社長にたまの休みをくれてやってくれないかってね。思った通り、みんなすんなり協力してくれたよ」
へらへらと笑う漆原。それを無視して俺の知らないところで何勝手にやってやがる、と牙頭は従業員たちを睨んだ。
「牙頭さん、毎年現場の俺たちよりも働いているじゃないですか。たまにはゆっくり休んでください」
「本社の人たちも『漆原先生に言われたらしょうがない』って笑いながら言っていましたよ」
牙頭の渾身の睨みに対して、彼らは平然とした様子でそう返した。
はぁっ、と牙頭は大きくため息をついた。これはもう、自分の敗北を認めなくてはならない、そう思った。
「伊月、俺の負けだよ」
「……!じゃあガッちゃん!」
「ああ、年末は二人でのんびりするぞ」
ついでに社員には特別賞与だ。笑顔で言い放った牙頭に、伊月と従業員たちも続けて笑った。