【結婚薫凪】夏祭りあまり人のいないホテル。ロケに選ばれた地域は田舎のようで、少し交通の便が不便なところだった。それでも大きな駅に出ればこうしてホテルもあって。『着いたよ』と薫くんに連絡して、メッセージに記された階、記された部屋の扉を軽く叩く。
ガチャ、と部屋の扉が開いて──それで、腕を引かれて部屋に引きずりこまれた。
「え、ッ?」
何が起きているのか把握する前に、強く抱きしめられた。あたたかい体温、それで、この、香り。
「……か、お……」
「会いたかったぁ……!!」
「……っ」
頬に熱が集まる。高揚して、涙すら滲んだ。
「……わたしも、あいたかった」
すべてさらけ出したあの日から、電話する時間は欠かさず取った。忙しくても、数十分でも、声を聞いていた。それでも──会えないというのは、かなしくて、さびしくて。薫くんも仕事なのだからと割り切っていられたのは自分の仕事中だけで、帰ればやっぱり居るはずのぬくもりが感じられなくて枕を濡らしたことも数度では済まない。
だから。
「……かおるくん」
「ん?」
「……ちゅう、したい」
今はあいするひとがそばに居るんだって、感じたかった、痛感したかった。だから口付けをねだった。薫くんはわたしの腰にするりと手をやって、口付けてくれる。触れたところから、溶けてしまいそうだった。
だけど薫くんがキスしてくれたのは一度だけ。そんなのじゃ足りない、もっと、もっと。
「……も、っと」
「~~……だめ。お祭りのために凪砂くんに来てもらったんだから……」
……確かに、それもそうだった。私はセックスのためにここにきたわけじゃない。そこまで考えて──私、もしかしてとてもはしたないことをねだったのではないかって、気づいた。
薫くんは私から身体を離して、そこでようやく。
「え、凪砂くん、浴衣、」
私の、ささやかなサプライズに気づいたみたいだった。
お祭りなら浴衣着て行ったらどうっすか、とジュンが。なら髪はぼくに任せるといいね! と日和くんが。では着付けは自分が、と茨が。みんなに後押しされて、私は今ここにいる。「……似合うかな」とはにかみながら言えば、薫くんは嬉しそうに何度も頷いた。
「……お祭り、楽しみだったから。せっかくなら、とおもって」
「ふふ。凪砂くんが楽しみにしてくれてたなんて、すっごく嬉しい! じゃあもう荷物置いて、行こっか?」
楽しみ。そんなの、当たり前。薫くんからのデートのお誘いなら、楽しみで楽しみで仕方がなかった。昨晩はしっかり眠って、体調もととのえた。一ヶ月ぶりの薫くんとの時間。たくさん、たくさん楽しむんだ。そう決めて、荷物を置いて部屋を出る。鍵を閉めた薫くんが優しく手を繋いできて私はまた嬉しくなってしまった。薫くんってほんとうに、私を喜ばせるのが得意なんだね。