春日一番が、死んだ。
後頭部を殴られて死んだ。
いつものように街を歩いてたら喧嘩をふっかけられたから応戦してたんだ。そしたら角材で思いっきりやられた。
頭を殴られたこと自体は初めてじゃない。やたら目立つ髪型してるから狙われるんだろうな。それにもっと痛い目にあったことだって何度もあった。
けれど今回は打ち所が悪かったようで、あまりに呆気なく一番は死んでしまった。
葬式は行わなかった。
仲間内だけで静かに追悼した。
俺は泣かなかった。というか、泣けなかった。
多分、信じられないという気持ちが強すぎたんだろう。だって、ほんの少し前まで一緒に笑いあってたあの男が…修羅場を何度もくぐり抜けてきたあの男が…あんなにもあっさりと、死んでしまうなんて。
トレードマークの赤い一張羅を一緒に燃やすかはとても迷った。しかし俺は手元に置いておきたいと言ってしまった。誰も反対しなかった。俺たちが愛し合っていたのを知っていたからだろう。冥界のような世界があるとすれば、今頃一番はそこをシャツ一枚で彷徨っているのかもしれない。すまん。
一番と住んでいた家は、まだ引っ越したばかりの新居だった。流石にひとりでは持て余す広さだ。
ただいまと言ってみても、もちろんもう何も帰ってくることはない。
赤いジャケットをベッドに広げて、その上に倒れ込む。
それはまだ一番の匂いがした。
鼻の奥がツンと痛い。
しかし、一番は、もうこの世にはいないのだ。
こんなにもまだ一番がここにいた形跡があるのに。
きっとこれからどんどん失われていく。
この部屋も、服も、いずれ一番の匂いがしなくなっていくのだろう。
今更になって涙が出てきた。
喉が詰まって声が出なくなる。
このまま俺は、お前の名前さえ、言えなく────
「ナンバ」
呼ばれて目を開くと、そこには一番がいた。
心配そうな顔で俺を見ている。
全裸だった。ついでに俺も全裸だった。
さっきまでと同じベッドの上だけど、ジャケットはなかった。
「びっくりした。お前泣いてっから」
「…え、」
「なんだよ〜変な夢でも見てたのか?」
一番はゲラゲラと笑った。
しかし俺が黙ったままなのを見て、今度は少し声を低くして囁いてきた。
「俺が慰めてやろうか」
ああ、これはいつもの一番だ。
「夢か?」
「夢だろ」
どっちが?
…と、聞くのが急に怖くなって、俺は一番の傷モノの胸に黙って飛び込んだ。心臓の音がする。静かだけど、確かに俺のものとは違う音だ。
「起こしてすまん」
「責任とってくれんならいいぞ」
「またか。そんなにヤりてえのかよ」
「けち」
「いや、しないとは言ってないだろ」
少し身体を離して、一番と目を合わせてみる。
けれどあまりに優しい目をしているもんだから、つい逸らしてしまいそうになった。眩しすぎるんだよ、お前は。だからこそ、
「ひどくしてほしい」
そう言うと、一番の目が一瞬大きく開いて、それから仰向けに押し倒された。しかし乱暴ではなかった。キスは口ではなく額にされた。見習いたいほど、オトナな男だ。
「できねえよ。たっぷり甘やかす」
「それじゃいつもと同じじゃねえか」
笑ったら、それごと口に飲み込まれた。
一番の熱い舌が口の中に入ってくる。
俺はまた泣いてしまいそうになった。歳取るって、やだな。
「じゃあせめて、つよく抱きしめてくれないか」
死んだお前の冷たい身体は、もう二度とごめんだ。