ビー玉、夏の回顧「この季節は…ちょっと、感傷的になっちゃうね」
「…だな」
ガラスをばら撒いたような波間に翡翠色が踊る。出したばかりの輝くラムネ瓶の冷たさが愛おしい。蝉の声が耳をつんざく。夏らしい空の下、僕たちは座っていた。艦的には碇泊の方が正しいだろうか。
艦種も所属も違う僕らを舫うのはクロスロード作戦───ちょうどこの時期の実験。だからこうしているわけなのだが。
「なあ、25日はちょうど新月だとよ。…28日じゃなくて、良かったな」
「そっか…うん、きっと僕の中の新月もそう云うと思う。でも25日か」
「Baker実験の当日ってワケだ。今年もまたあの日を…はあ」
サラトガの沈没日は7月25日───実験当日。重くなる気分もわかる、同日では無いがあの炎に焼かれ、渚に呑まれ環礁に沈んだ身として。
耳を澄ませると風と漣の音が相変わらず響いている。交わす言葉が途切れても、時間は変わらず流れていく。このまま安らぐ静かな世界であったらどれほど良かっただろうか。振り向いて視界に映るのは、焼かれた草木とボロボロになった建物達。またどこかで赤子の泣き声が上がる。───あの時代は過ぎたというのに、どうして重ねてしまうのか。以前より温くなった夏の空気は陽炎を生む。それが今見ている景色は幻覚だと錯覚させるようで、現状に向き合えなかった。
思考を払い除ける為に手元のラムネサイダーを流し込むように飲んだ。弾ける清涼感と甘味は、声の詰まりそうになる喉の哀を押し込めるのに丁度良かった。泣いてしまいそうで、怖かった。泣いたって意味はないのに、この現状は変わらないのに。感情を誤魔化すため髪を除けるように目元を拭った。
「…なあ、長門。それ一口くれよ」
「お腹が空いたなら配給持ってく…」
「いいから。別に腹は減ってないし」
ラムネ瓶を彼女に渡す。すぐにサラトガは残った分を飲み干して、口を拭う。
「…あまい、な」
それだけ言って、彼女は顔を伏せた。置かれたラムネ瓶はビー玉を残したまま、何もかも空っぽになった。カランと鳴ったって、誰も気にしない。瓶が倒れたらまた立つよう戻されるだけ。ビー玉は取り出されることなく───最期には捨てられる。
途端、視界がぼやけてきた。抑えようとしたって溢れてくるこの涙は、ラムネサイダーにはなれない。息が詰まって漏らす声はビー玉の鳴らす音にすらなれない。頬を伝う感覚だって、先程まで氷水に浸かっていたラムネ瓶の水滴と同じにはならないのに。
「…っ、ごめん、すぐ止めるから…」
「いいんだよ…泣いたって。泣かない方が…おかしいだろ…」
顔を向けてみるとサラトガも泣いているようだった。彼女は手を伸ばし、僕の頬に伸びた涙をその暖かい手で拭った。コンクリートよりも目頭は熱くなって、視界はもう陽炎よりも歪んで、ぼやけて。このままもう何も見たくない、そう思ってしまった。
「…もう私は…あんな記憶、思い出したく……ないのに…」
嗚咽に混じって出る本音とは真逆のように、今も空はあの日と変わらない青のままだった。バレたらなんて言われるだろうか、怒られてしまうだろうか───そんなことよりも今は記憶に焼き付いて離れない炎の方が怖かった。蝉の声よ、どうか全ての音をかき消してくれ。夏の昼らしい温度に呑まれ、ラムネ瓶はもう冷たさを失っていた。
しばらく経って、涙が乾いた頃。泣き腫らした瞼が痛くなってくる。
「こんな僕でも前に…越えて、進んでいけたら」
「進んでいくしかないさ、心配しなくたって。こんな顔レックスに見せらんねえし…」
「…そうだね、きっと…大丈夫。僕たちなら、きっと」
「はは、なんたって私はこのサラトガ…だからな!」
乾いた喉が出す声でそう言った途端、ラムネ瓶を割った。波飛沫のような破片の中、転がりそうになるビー玉を拾い上げ光に翳す。砂浜に跡を残す波を集めた色をする薄浅葱だった。
「これ気に入った。貰うわ」
「ちょ、ちょっと…!ガラスの掃除手伝ってよ?」
「わかってるって、流石にやるよ」
ギラギラ刺す太陽の光のもとに、コンクリートの上には海と変わらない輝きがそこに広がっている。冷たさは失えど、変わらない輝きがあった。