うちのクラスの降谷は赤井先輩と同棲してるらしい②君のペット「えっ、それ、本気で言ってるのか?」
僕から経緯を聞かされたヒロはとても驚いていた。無理もない。僕のパンツを盗んでいた犯人が幽霊で、しかもそれを祓ってくれたのが同じ学校の三年生の赤井秀一だった、なんて簡単には信じられないだろう。
「信じてくれなくてもいい……でもヒロには僕が住んでいるところを伝えておきたかったんだ」
僕たちが一緒に暮らしていることを伝えたのは担任の西島先生とヒロだけ。わざわざ誰かに話す必要はないし、逆を言えば隠すことでもないんだけど、赤井とのある約束が僕の口を重くした。その他の友人には学校の近くの下宿に住み始めたとだけ話してある。
「信じないなんて言ってないよ。小学生の頃から幽霊なんて存在しないって言い張っていたゼロが幽霊の存在を認めざるを得ない状況だったんだろ?」
「うん……」
「大変だったな……でも、意外だなあ。赤井先輩って近寄りがたい感じに見えたけど、結構面倒見がいいタイプなんだな!」
「あ、うん、そう、かな?」
「なんだよ、珍しく歯切れが悪いじゃないか」
「えっと……ほら、まだ知り合って日が浅いからさ」
僕はヒロにそう言い訳しながら、今朝のことを思い出していた。
赤井は今夜は帰りが遅くなるから、僕に先に寝ているように言った。
「わかりました。戸締りは気を付けますよ」
「ああ、それから」
赤井は僕の前に立つと身をかがめて目を合わせて来た。
「な、なんですか……?」
「約束を忘れたのか?」
「お、覚えてますけど……」
「早くしないと遅刻するぞ?」
「ああ、もう、わかりました!」
僕がやけっぱちになって目をぎゅっと閉じると、柔らかく暖かい感触が触れた。それが三回目のキスだった。
僕は赤井に助けてもらったお礼をするために、住み込みで家のことと一日一回キスをする約束をしてしまったのだ。
「おい、ゼロ?」
「あ、う、うん?」
「もし、困っていることがあったら言ってくれよ?ゼロは一人で背負い込もうとするところがあるから……」
「あはは、大丈夫だよ」
今のところは。
赤井とキスをするのが嫌なわけじゃない。むしろ嫌じゃなさ過ぎて、ちょっと困ってるんだ。でも、そんなことはいくら幼馴染で親友のヒロにも言えなかった。
テニス部の練習が終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「降谷、寮を出たんだって?」
「あ、うん……」
「そっか!じゃあ、途中まで一緒に帰ろうぜ」
寮生ではない友人たちに声を掛けられて僕は一緒に学校を出た。赤井の家は学校からすぐ近くにあるが、彼の家には食材が一切ない。スーパーで買い物をするために駅方面に行こうとは思っていた。
「例の下着泥棒、捕まったんだって?」
「うん……外部のひとだったよ」
さすがに幽霊でしたとは言えない。犯人をこの目で見た僕でも、幽霊が下着を盗んでいたなんて信じられなかった。だけど、赤井が除霊をしたあと、僕が寝室として使わせてもらっている部屋の前に盗まれた下着が山になっていたのを見て信じざるを得なかった。
「うわあ、まじか」
「まあ、同じ男から見ても降谷って可愛い顔してるもんな」
「えっ!?」
僕が驚くと友人たちも驚いていた。
「か、かわいい?」
「ああ……え、俺、変なこと言った?」
友人が慌てるとその周りにいた他の友人が首を横に振っていた。
「僕……自分が可愛いなんて考えたこともなかった……」
僕がそう言うと友人たちはさらに複雑そうな顔になった。
「なんだか心配だな……」
「ああ……ちゃんと戸締りしろよ?」
「知らない人について行くなよ?」
「わ、わかってるって!」
まるで小学生のような心配をされて僕はちょっとプライドが傷ついたけど、あんなことがあった後だ。用心するに越したことはない。
「気を付ける。心配してくれてありがとうな」
駅に向かう友人たちを別れて、僕はスーパーへと足を向けた。この辺は古い町並みが残っていて、駅前から来ると急に暗くなったように感じる。街灯の間隔が広いからだろう。聞いた話だと大規模な再開発が行われるそうだから、わばわざ街灯を増やさないのだろう。
僕がそんなことを考えながら歩いていると、二十メートルぐらい先の街灯の下に人が立っているのが見えて来た。体を屈めてキョロキョロと何かを探しているように見えた。家の鍵でも落としてしまったのだろうか。
「どうかされましたか?」
「えっ……」
急に声を掛けられて驚いたのだろう。女性は僕から半歩後ずさった。
長い髪に顔が隠れていて顔はよくわからない。でも今時珍しく着物を着ていた。黒い着物だからこれからお葬式に向かう途中なのかもしれないと僕は思った。
「何か探されていたようなので……驚かせてしまったならすみません」
「ううん……」
女性は長い髪を左右に散らしながら首を横に振った。
「犬を……探してるの……」
「犬……?どんな犬ですか?」
「探してくれるの?」
「えっ、あ、えっと……」
「うれしいいいいいいいいっ」
女性の顔を見てまずいことになったとすぐに思った。心霊現象に関する知識が薄い僕でもわかる。だって、いくら大きくても口が耳まで裂ける人間がいるわけがない。逃げなくちゃ。僕は後ろを振り返った。
「わああっ」
そこには、さっきまで前に立っていたはずの喪服の女が立っていた。
「あのねあのねあのね、白い犬なの、そこの神社にいるはずなの、見つけて、お願い、見つけて」
「わ、わかりましたっ」
僕はそう叫んで横道に駆け込んだ。街灯の一切ない道を走って行くと、幽霊が言っていた通り古い神社があった。犬を探すフリをして抜け道を探したらそのまま赤井の家まで走ろう。めちゃくちゃお腹が空いてるけど今はスーパーに行っている場合じゃない。
僕はとりあえず、神社まで走ると恐る恐る後ろを振り返った。女は追いかけてきていない。しかし、安心はできない。女の真っ赤な口と漆黒の喪服のコントラストを思い出すと今も膝が震え出しそうだった。
赤井……!
僕は赤井と連絡先を交換していなかったことをひどく後悔した。もし彼に連絡できたらどんなに心強かったか。
真っ暗な神社の境内で立ち尽くしていると、生け垣からガサガサという音が聞こえて来た。僕は飛び上がりそうになるのをなんとか堪えて、音がした方に目を凝らした。
「誰かいるのか……?」
本当に迷っている犬がいるのだろうか。愛犬と逸れたことが心残りであの幽霊は現世にとどまっているのかもしれない。それにしてはやけに禍々しい気配を纏っていて、とても愛犬を見つけてハートウォーミングエンディングを迎えるタイプには見えなかったけど。
「くうん……」
今度は子犬が泣くような声が聞こえてきた。何かがいるのは間違いない。しかし僕に警戒しているのか全然姿を現そうとしない。いや、もしかしてそもそも姿がないのか……?
「まいったな……」
僕がそう呟くとまた別のところからガサガサという音が聞こえて来た。僕は耳に神経を集中させてその気配を探った。
音は僕がいる神社の境内を中心の様子を伺うように位置を変えている。でも数か所から同時に音がきこえることはなく、相手も僕同様にひとりきりのようだ。
「あの……神社の外に君を探している女の人が居たんだけど」
話が通じる相手かわからないけど、僕は他に方法が思いつかず音のする方に話しかけてみることにした。
「ウウッ」
犬の唸り声が聞こえて来た。女の幽霊に対して警戒しているのか、それとも僕に対して警戒しているのかわからない。それでも僕は話を続けることにした。
「黒い着物を着た女の人に心当たりはあるかい?」
「ワンッ」
「そうか……彼女に見つかりたくないんだね?」
「……クウ」
「そっか。うん、その気持ちわかるよ。でも彼女はどうやら神社の中には入って来られないみたいだ。彼女に会いたくないなら今晩はここから出ないことをおすすめするよ。僕もできればもう会いたくないんだけど……この神社に参道とは別に抜け道ってないかな?」
もちろん、本当に音の主が抜け道を教えてくれると思っていたわけじゃない。でも警戒している様子の相手に僕が神社の中で抜け道を探しているだけで君を捕まえる意図はないことが少しでも伝わればいいと思ったのだ。
しかし、僕の予想に反して、再び子犬の鳴き声が聞こえて来た。本堂の裏の方から聞こえる。こっちに来いと言われているような気がして僕はそちらに足を向けた。
行ってみると確かに獣道のような轍があった。その先にはうっすらと街灯も見えている。
「ありがとう。ここから帰るね。君も気を付けて」
僕が声を掛けると「ワンッ」と人懐っこい鳴き声が返ってきた。どうやら敵意がないことは伝わったようだ。
僕は光に向かって走り出した。
雑木林を抜けると、そこは意外にも赤井の家のすぐ近くだった。僕は女の幽霊が付いてきていないことを確認しながら敷地内に駆け込んだ。赤井は予定通りまだ帰っていなかったけれど、合鍵を預かっていたので家の中に入ることはできる。
当然、家の中は当然真っ暗だったけど、心地のいい夜が広がっていた。この家は本当に夜が良く似合う。
安堵すると猛烈に空腹を覚えた。確かパントリーにまだパスタが残っていたはずだ。それを食べることにしよう。
僕は玄関で靴を脱ぎ、一歩足を踏み出した。その時だった。
「アン、アンっ」
どこからか子犬の鳴き声が聞こえてきたのだ。
「う、嘘だろ……?」
完全に安全地帯にいると思っていた僕は、膝から力が抜けるのを感じた。
「ただいま……まだ起きていたのか?」
「あかいいいいっ……!!!!」
赤井が帰ってきたのは十一時を回ったころだった。
「降谷くん……?」
「ウウウ……ワン、ワンッ」
赤井が家に上がると子犬が再び吠え始めた。
赤井が帰ってくるまでの間、子犬はリビングの中を走り回っていた。といっても僕の目に子犬の姿は見えない。ただ、時折「フンフン」と犬特有の鼻息が聞こえたり、爪がフローリングを掻く音がするばかり。僕は二階に上がることもできず、リビングのソファの上で膝を抱えていることしかできなかった。
「君……またおかしなものに憑かれたな?」
「わかりません……むしろこっちが聞きたいんです!今のこれは一体どういう状況なんですか!?」
「ああ……君には見えていないのか」
赤井はそう言うと何かを跨ぐようにして玄関を上がり、僕のソファの隣に腰を下ろした。その間も、子犬は鳴き続けている。赤井を警戒しているようだ。
「ほら、これで見えるだろ」
赤井が僕の手を掴む。すると、僕の前に突如として白い犬が現れた。フワフワの毛並みに小さな尻尾をブンブン振っている。これまた小さな舌を出して、つぶらな瞳で僕を見上げていた。
「え……思ったよりも普通……」
「それで?どうしてこうなったんだ?」
「えっと、実は……」
僕は喪服の女の幽霊に出会ったところからこの家に駆けこむまでの経緯を赤井に説明した。
赤井は僕の手を握ったまま、反対の手をソファのひじ掛けに乗せ、黙って僕の話を聞いていた。
「というわけなんです……」
「君の親切心が裏目に出たわけか」
「うっ……だ、だって!まさか幽霊とは思わなかったんですよ!この家で変態幽霊は目撃するまで一度も見たことなかったし……。あのときだってあなたが一緒にいたから見えたんですよね!?現に、今だってあなたとこうして手を繋ぐまで僕には子犬の姿は見えませんでした。どうしてあの女の幽霊だけ……」
僕がまくしたてると赤井は僕の肩に手を回した。そしてゆっくりと背中をさすってくれた。
「落ち着け。大丈夫だ」
「……はい」
「幽霊には見えやすいものと見えにくいものがいる。人間に対して悪意があるものは比較的見えやすい傾向にある」
「そう……なんですか……?」
「ああ。ここにいる子犬は人間に対して悪意を抱いていない。放っておいても問題ないだろうが、君が怖いと感じるなら俺がその辺に捨ててくるよ」
「そっか……よかった。さっきは姿が見えなかったから得体が知れなくて怖かったけど、今こうして見ていると可愛いなって思います。撫でてもいいですか?」
「いいんじゃないか。そうされたがっているように見える」
僕が手を差し伸べると子犬は僕の手にすりすりと顔を擦り付けた。暖かい。この前の変態幽霊の手の冷たさとは大違いだ。
「ふは、かわいい。君、名前はなんて言うの?」
「クウ……」
「覚えてないのかな……」
「いや、そんなことはないだろう」
「え?」
「今は子犬の姿をしているが、これは犬神だ」
「えっ……ええっ!?」
「並大抵の霊、それも小動物の霊ならこの家に入り込めるはずがない。そういう結界が張ってあるんだ。おそらく君が見た古ぼけた神社に祀られていた神なんだろう。犬神信仰は珍しいものじゃない。泥棒除けに御利益があると言われているぐらいだからな」
「へえ……君、神様なのか……?」
僕が頭を撫でながら尋ねると子犬の神様は誇らしそうに「アンッ」と鳴いた。
「じゃあ……ちゃんと神社に帰らないとね。あの、明日になってからこの子を神社に連れていきたいんですけど、手伝ってもらえませんか?」
「わかった」
「ありがとうござい……」
ぐうううう。
ホッとした僕のお腹から盛大な音が鳴った。
「なんだ、まだ夕飯を食べてなかったのか?」
「うっ、は、はい……ここから動くに動けなくて……」
「そうか。……ああ、それならいいものがあるぞ」
「えっ」
「今日のバイト先で報酬の他にフィッシュアンドチップスを貰ったんだ」
赤井はソファの横に置いていた紙袋を広げて僕に見せてくれた。そこには新聞紙の包みが入っていて、フライドポテトのいい香りが漂っていた。
「おいしそう……」
「これにはソーダが合うんだ。飲むだろ?」
「いただきます!」
僕は赤井と一緒にソファから立ち上がった。手を繋いだまま移動するのはちょっと恥ずかしかったけれど、その後ろを子犬が尻尾を振りながら付いてくる姿は神様とは思えないぐらい可愛かった。
ピンポーン……
キッチンのすぐ横にある玄関の呼び鈴が鳴ったのはその時だった。
「あれ、こんな時間に誰だろう?」
「よせ、出るな!」
「えっ?」
「十一時を過ぎてるんだぞ?こんな時間に尋ねてくるなんてまともじゃない」
「た、確かに……あ、でももしかしたら西島先生かもしれません。そのうち様子を見に行くって言ってたから」
「違う。彼の気配じゃない」
「え?じゃあ、ドアスコープで確認しますね」
「……やめておけばいいのに」
赤井の言葉を背中で聞きながら僕はドアスコープを覗いた。その瞬間、僕は深く後悔した。ドアの向こうに立っていたのはあの、喪服の女だったのだ。彼女は俺がドアの前にいることに気が付いたらしくあの耳まで裂けている口を大きく広げた。
「うわああ!赤井、赤井、赤井!出た、出た、さっき話した幽霊!!」
「君、本当におかしなのに好かれるな……」
赤井は僕を家の方に押しのけて、ドアスコープを覗いた。
「犬の気配を探ってここまで来てしまったようだな」
「その子をどうするんだろう……?」
「喰うんだろ」
「えっ……」
「そうやって力を得ようとしてるんだ」
「ど、どうしよう!?」
僕は見えない子犬の気配を探った。するとすぐ玄関に座り込んだ僕の腕に暖かな塊が触れた。
「クウン」
「大丈夫、赤井がなんとかしてくれるよ!」
「気が乗らないな……」
「ちょっと!」
「報酬は?」
「え?」
「俺はこれをバイトにしてる。前回はサービスしたが今回はそういうわけにはいかない。こっちも慈善事業じゃないんでね」
「そんな、ひどい!僕がお金ないの知ってるくせに!!」
「体で払え」
「え……」
「ほら」
赤井は僕の方に顔をずいと近づけた。玄関からはドンドンと叩く音が聞こえ始める。とても女性が叩いているとは思えない。家全体が揺れるような勢いだった。
「この家も古いからな……持たないかもしれないぞ」
「それならさっさとなんとかしろよ!!」
「報酬は先払いだ」
「もう!!!!!」
僕は赤井のシャツの襟を掴み、彼の唇に唇を重ねた。カツンと歯が当たる。それでも赤井はニヤリと笑っていた。
「よし、ヤル気が出た。来い、犬神」
「え!?それじゃ話が違う!!」
「安心しろ、ただ守られているようでは神にはなれない」
「へ……?」
ポカンとするしかない僕の前に赤井は背を向けて立った。左手を宙にかざすとそこから白い炎が立ち上り、その中から大きな白い犬が現れた。まるで昔アニメで見た犬神みたいな姿だ。僕が声を失っていると、その大きな犬はグルルルルと喉を鳴らした。
「そう怒るな。彼が好きなんだろ?俺も同じだ。仲良くしようじゃないか」
「ウウウウウ……」
「そう、俺たちの敵はこのドアの向こうにいる。行くぞ、犬神」
赤井は玄関を開け放った。その向こうには人間の皮を被った悪意が立っていた。道で会ったときより禍々しさが増している。
「みいいつけたあああああああああああ」
「赤井っ!」
「問題ない」
赤井がそう言うと、犬神が大きく吠えた。その咆哮を聞いた女の幽霊は突如として苦悶の表情を浮かべて両手で耳を抑えた。
「きああああああああ」
「失せろ」
赤井が右手でとんと女の肩を押した。喪服の女は、あのストーカーの幽霊同様に、光の粒子になってサラサラと消えていった。
「ふん、うるさい女だ」
赤井は捨て台詞を吐いて玄関を閉めた。
「まったく、神なんか拾うもんじゃないな」
赤井はそう言いながらも、腕の中で子犬の姿に戻った犬神をクルクルと指でなでていた。
「もう大丈夫そう……?」
「さあな。こんなうまそうな子犬だ。いつ何に狙われてもおかしくないだろう」
「そんな……」
「さあ、飯にしよう」
赤井は僕に子犬を持たせると、自分はさっさと台所に戻ってしまった。
子犬はというと僕に抱かれても姿を消すことはなかった。それどころかさっきよりも実体化している。
「本物の子犬みたいだ……」
「徐々にバランスを覚えているんだろう。さっき本来の姿を君に見せたことで、どこまで力を出せば君に認知されるのかがわかったんじゃないか?」
「へえ……あ、あの……赤井?」
「うちはペット不可だ」
「う……でも、この子は外に出したらまた狙われちゃうかもしれないんでしょう?」
「自分でなんとかするだろう。できなかったらそれまでということだ」
「そんな……あの、ペットっていってもうんちとかするわけじゃないし、毛も抜けないし……お母さんも許してくれるんじゃないでしょうか……?」
「うちの母親のことを言ってるのか?あのひとはさっきの女の幽霊なんか比じゃないぐらいに恐ろしいぞ」
「えっ……」
そんなのめちゃくちゃ怖いじゃないか……。赤井ってもしかして人間の子どもじゃないのかな。でもそのほうがしっくり来るような気もしてしまった。
「でも……やっぱり僕、放っておけないんです」
「ホオ……」
「お願い!赤井!僕がちゃんと面倒見るから!ね?」
「それは犬のことか?」
「はい!」
「俺の面倒を見るためにこの家に来たのに?」
「そ、そうだけど……」
「一日十回」
「え?」
「キスの回数だ。それなら君のペットを許可してもいい」
「はあ!?」
「嫌なら今すぐその犬を外に……」
「わかった、わかりましたよ!!一回も十回も同じだ!条件を飲みます!」
「よし」
赤井がにやりと笑った。交渉成立だ。
僕は子犬のお腹に自分の頬を摺り寄せた。暖かくてお日様見たいな香りがする。実は小さい時から犬を飼うの、憧れてたんだ……!
しかし、この時の僕は新しい家族が増えたことに浮かれていて、一回と十回が全然違うというとこに気が付いていなかったのだった……。