誕生日プレゼント五月六日。
相棒から恋人へ。付き合い出して初めて迎える凪の誕生日が来週に迫っていた。
「お前の誕生日さぁ、エッチさせてやろうか?」
個人的には悪くない案だと思っていたし、割と本気。でも凪は信じられないと言わんばかりの顔をしていた。
「え? レオ、何言ってんの?」
「付き合って初めての誕生日だろ? 折角だから、記憶に残るもんがよくね? あっ、もちろん別で誕プレ渡すしさ!」
付き合い出して初めてどころか、凪の誕生日を一緒に過ごすことができるのは初めてだった。今までは色々とあって一緒にいることすら出来なかった。それはもう、色々と。
「誕生日だから、はい、どうぞ。ってもんじゃないでしょ、そういうことってさ」
凪のくせして、尤もらしいことを口にする。
本当は俺とエッチしたいくせに。
(知ってんだからな、お前が俺で抜いてるの)
俺の相棒、兼、恋人のコイツは、色恋どころか世の中のありとあらゆるものに対して一線を引いて生きていた。でも結局は年相応の男だし、そういう欲求も一応はあるらしい。コイツが俺の名前を呼びながら抜いてた時は流石にビビったけど。合鍵を使ってサプライズを仕掛けようとしたのに、そのまま回れ右して出直す羽目になった。
「いいじゃん、俺は別に気にしねぇのに」
「俺が気にするよ。そういうことはさ、そういう雰囲気になって自然とするもんでしょ」
「夢見過ぎじゃね?」
「レオが気にしなさすぎなんだと思うけど」
初心な女子じゃあるまいし、強情な奴。
頑なに首を縦に振らない恋人に、むうっと唇を尖らせる。
案外ロマンチストだしなぁ、コイツ。意外と恋愛映画とか見るタイプ。そういう意味でも俺とは真逆だよな。
「じゃあ何がいいんだよ」
「別に、普段通りでいいよ」
「何だよそれ~、折角なのに」
誕生日は特別な日で、盛大に祝うもの。喜ばせたいという一心で提案したけど、お気に召さなかったらしい。無理強いするものでもないし、別にいいけど。
そして迎えた凪の誕生日。
練習終りに凪の家へ行って、二人きりの誕生日会を開いた。
つうか、マジで普段通りだった。いいとこのレストランに行くわけでも、パーティを開いて盛大に祝うわけでもない。
せめてものお祝いに手料理を振る舞ってやって、買ってきたケーキを一緒に食べた。物を増やしたくないからプレゼントもいらないって言われて、正直味気ない。
でも凪は普段よりもホクホクとして、満足そうだった。
(凪がいいなら別に、それでいいけどよ)
凪の性格を考えれば、分かっていたことではある。
それなら、せめて日付が変わるまでは一緒にいたい。
「なぁ、凪。今日、泊まってもいいか?」
「うん、レオがよければ」
相棒、兼、恋人。俺にとっての唯一無二の宝物。本当はもっと色々と甘やかしてやりたかった。でも一年に一度しかないこの日を独占できるのは素直に嬉しい。
「映画でも見るか? ほら、お前の好きなやつあったじゃん」
高校生の頃より少し広くなった凪の部屋で、ソファーに横並びになって映画を見る。恋愛モノの映画なんて今でも興味はないが、凪が好きな映画、という見方をすると面白かった。
すれ違う男女の恋愛模様。何度離れても結局はお互いを選ぶ姿にデジャブを覚えないわけでもない。
「なぁ、凪」
凪の肩に頭を寄せる。何もしない時間は得意じゃないけど、こうして意味もなく触れあっている時間は好きだと思う。
「来年の誕生日も一緒にお祝いさせてくれる?」
「うん。来年だけじゃなくて、再来年もその次の年も、ずっとお祝いしてよ。一緒にケーキ食べて、二人きりでこうやってのんびり過ごしたい」
予定をおさえるでも、許可を取るでもなく、こうして一緒に過ごすのが当たり前になればいい。
「年が増えていく分だけ、レオと一緒にいたい」
「凪」
「好きだよ、レオ」
どちらともなく唇を重ね合う。したいと思っていたから、自分がプレゼントを貰った気持ちになった。
「うん、俺も、愛してるぜ。生まれてきてくれてありがとう」
「うん、ありがとう。俺を見つけてくれて、出逢ってくれて」
角度を変えて口づけを繰り返す。柔らかくてあったかくて気持ちいい。こうして触れ合っていると『もっと』が欲しくなる。もっとくっ付きたい、もっと深くまで触れ合いたい。
「あのさ、凪。一ついいか?」
「うん、どうしたの?」
「誕生日だから、ってわけじゃなくてさ」
凪の指が耳に触れる。くすぐったいけど、嫌なわけじゃなかった。
「……シてぇんだけど、ダメ?」
「え?」
凪がキョトンと目を丸くする。心臓の音が加速度的に大きくなって、バクバクと全身に響きわたった。
「お前、誕生日にそういうことするの、嫌っぽかったけど」
相手のためを思って、相手がほしがるモノをあげる。それが誕生日プレゼントだから、これは違う。単純に俺が望んでいるだけで、俺がほしいモノだ。でもそういう気持ちになってしまったから、責任を取ってほしいって気持ちはある。
「あっ、別に無理強いするつもりは……ん、むっ?」
言い終えるよりも先に唇を塞がれて、いつもより深いそれを受け止める。付き合う前は俺に触ることすら遠慮がちだったくせに。
「え、あ……?」
「断る選択肢、あるわけないんだけど」
瞼を開けるなり、ギンギンに目が据わっている恋人と目が合って唖然とした。何でそんなにぶちギレてんだよ。
「だってお前、それが誕生日プレゼントは嫌だって」
「そりゃそうでしょ、誕生日を理由にされたくないし。レオが俺とエッチしたいって気持ちが大事でしょ?」
「理屈は分かったけど。お前こそ、どうなんだよ?」
「何それ、知ってるくせに。俺がレオをおかずにしてるの」
「ば……っ!」
何の躊躇いもなく言い捨てられた台詞に息を呑む。俺が気付いていることに気付いていたらしい。ちゃんと何事もなかったかのように振る舞っていたのに。
つうか、まさか、わざとじゃねぇだろうな?
「それなら最初から、素直に俺のプレゼントとして受け取っておけばよかったじゃねぇか」
「だから言ったでしょ、プレゼントじゃダメなんだって」
子供が甘えるように凪が頭をすり寄せる。
強情で面倒くさい奴。まぁ、そこがいいんだけど。
「しょうがねぇから、年取ったついでに大人の階段上らせてやるよ」
凪の頬っぺたを両手で挟んで、にひっと笑ってやる。凪はもの言いたげな目を細めて、ジッと俺の顔を見つめていた。
「レオのほうが年下のくせに」
「なっ、今だけだろ!」
たった三か月だけの年の差。でも今しかないから、これはこれでたっぷり堪能したいと思う。
「俺の誕生日だけど、レオも一緒に大人の階段上ろうね」
「ふはっ! 年上なんだから、余裕みせろよ」
「うへ~、お手柔らかに~」
当たり前に存在する、特別な日のこと。