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    3/30のインテ無配ngro。
    何考えているか分からない凪とカタチをほしがる玲王。
    プロ軸同棲中。
    名前のないモブ♂出ます一瞬。

    #凪玲

    プロポーズ大作戦「結婚とか、別に必要なくない?」

    凪がいつもの間延びした声で言う。一か月ぶり、二度目のプロポーズに対する返事だった。

    「よく分かんないケド、顔合わせ? とか面倒くさいし」
    「そういう面倒なことは、全部俺がどうにかするから」
    「えー、別に形にこだわらなくてもいいじゃん」

    プロポーズといっても、大それた言葉を口にしたわけじゃない。そろそろ結婚を考えるのもアリなんじゃないかって、ただそれだけのことだった。
    渡欧して、つまり凪と同棲を始めて七年になる。コイツの性格は誰よりも理解しているつもりだ。だから今までは話題に出すことさえ控えていた。一緒にいられるだけでも満足している。でも俺は敢えて形にこだわりたい。関係性を大っぴらにすることはなくても、お互いが唯一無二であることの証拠がほしい。
    でも結果として、凪からの返事は素っ気ないものだった。初めてこの話題を口にした一か月前なんて「面倒くさい」の一言で片づけられた。

    (結婚だけが全てじゃないとはいえ、断る理由が『面倒くさいから』ってのはどうなんだよ)

    相棒以上の関係になってからは十年近くが経つ。意図したわけでもないが、この国では同性婚が合法化されている。この手の話題が持ち上がること自体は何らおかしな話ではない筈だ。断るにしても、せめて今後のことを真剣に考えた上での返事が欲しかった。コイツの性格的に無理があるとは分かっていたけれど。

    「いいよ、分かった。もういい」

    これ以上会話を続けても無駄だと悟って、ふいっと顔を背ける。悪気がないのは分かっているが、虚しさは否めない。

    「……っ、おい、凪っ」

    腰を引かれた拍子に足がもつれて、ソファーに座る凪の上に倒れ込む。犯人は無表情で俺の顔を見上げるばかりだ。
    自分勝手な奴め。

    「それより、エッチしようよ」
    「お前、今日はシないって言ってなかったか?」
    「えー、そんなこと言ったっけ?」
    「言っただろ。今日はもう眠いからヤダって」
    「レオが変なこと言うから目冴えた」
    「変なことって、お前なぁ」
    「ねぇ、ベッドまで連れってって~」
    「すぐソコだろ、このくらい歩けよ」

    甘える素振りを見せる相棒の姿にため息をつく。内容はどうであれ必要とされるのは嬉しいし、可能な限りは応えてやりたいと思う。とはいえ、少しは俺の考えも理解してほしかった。

    (好きだから証がほしいって、別におかしな話じゃないだろ)

    人の身体にさんざん無体を強いた相棒の寝顔を眺める。
    コイツにとって、俺は一体何なんだ。
    出逢った当時はワールドカップを獲るという夢を実現するための相棒だった。ブルーロックに入ってから徐々に関係性が変わり始めて、脱獄から数か月もしない間に身体の関係をもつようになった。

    (あれ、待てよ。そういや告白もされてなくないか?)

    凪と初めてセックスをした時のことは、十年近くが経った今でもよく覚えている。いわゆる気の迷い、事故みたいなもんだった。その頃には一緒にいるのが当たり前になっていたから、行為自体には違和感を覚えなかったように思う。
    俺が凪を唯一無二の宝物だと思うように、凪も俺を特別だと考えてくれている。その結果の行為なんだと信じて疑ったこともなかった。

    (もしかして、セフレだとでも思ってんのか?)

    今までのことが走馬灯のように蘇る。
    残念ながら、否定できるような材料は何もない。

    (でも同棲までしてんのに……って、ただのルームシェアだと思ってる可能性もあるな。いや、住み込みの家政婦か?)

    ついでに下の世話までしてやってる、的な?
    脳裏に過ってしまった可能性に愕然とする。いやいや、流石に最悪すぎだろ。だが現状を踏まえると、どうしてもそっちのほうがしっくりきてしまう。

    (何だよそれ、結婚以前の話じゃねぇか)

    そもそもスタート地点にも立てていなかった。その事実に笑ってしまいそうだ。そもそも相棒として始まった関係だし、コイツにとっては都合がよかったんだろうけど。

    (世話してやれるのは嬉しいし、これからも一緒にいたい)

    この気持ちは紛れもない本心だ。とはいえ、単に身近な相手で済ませようとするのは凪のためにならない。もっと外の世界に目を向けてみれば、心から結婚したいと思える相手が見つかるかもしれない。

    (結局、コイツの可能性を閉じちゃってるのは俺なんだよな)

    規則正しく寝息を立てる当事者の顔を見下ろす。気持ちが乖離してしまっているのであれば、手放してやるほうがいいに決まっている。

    (いっそのこと、浮気でもして――)

    いや、付き合ってないんだったら浮気にすらならないか。
    浮気なんて相手にも失礼だし。

    (だったら、本気で?)

    例えば俺が本気でコイツ以外を好きになったら。そしたらコイツのことを解放してやれるんだろうか。十年近くも勘違いをして縛り付けてしまった。その罪悪感に心臓が軋むようにさえ感じた。


    ◇◆◇


    長く時間を共に過ごしていても、凪誠士郎という男の思考は理解が及ばない。

    「今週末、飲み会に誘われてさ。合コンみたいなノリのやつなんだけど、人足りないからって」
    「ふうん、行ってらっしゃい」

    心のどこかで、まだ期待をしていたのかもしれない。凪にとって俺は特別だって。だから普段ならすぐに断るような誘いをキープして、凪の反応を伺うような発言をした。でも返された言葉は実に素っ気ない。俺が想像した通りだって、俺は凪にとってただのセフレで、特別でも何でもないんだって言われたような気になった。

    「……いいのかよ、お前は」
    「別に、レオが行きたいんだったら行けばいいじゃん」

    情けない言葉が口をつきそうになって、ぐっと奥歯を噛み締める。何でもっと早くに気付かなかったんだ。一人で勝手に浮かれて、先走って、バカみたいじゃねぇか。

    (お前にとって、俺はやっぱり――)

    当てつけ、というわけでもない。たまには知人の顔を立てるのは大事だし、凪以上の相手を探すという難易度マックスのミッションを達成するためには、積極的な人脈形成は避けては通れない。
    でも内心では、まだ微かな期待があった。俺が凪以外の奴に本気になるのは、嫌がってくれるかもしれないって。

    (交友関係が拡がるのはいいけど、やっぱ楽しいもんでもないな)

    男女五人ずつのまさしくコンパって感じの会だった。もう少し異業種が混じっていると人脈形成がしやすくてよかったが、会の目的を考えるとこんなものか。

    (そもそもハードルが高いんだよな、アイツ以上とか。そんじょそこらにいる筈なくね?)

    アイツは俺が見つけた唯一無二の宝物だ。今となっては世界のNAGI。好き嫌いがハッキリしていて、自分が興味のないことにはトコトン無関心。でも少しでも熱を抱こうものならば、どこまでも突っ走っていく。当たり前とか、常識的な人間の感性では括れない。そこが魅力的で、面白いところだと思う。アイツ以上を探そうって心に決めた筈なのに、結局アイツのことばかり考えてしまうくらいには。

    「御影くん、全然飲んでなかったじゃん」
    「あ……ども」
    「ご飯もあんま食べてなかったし、お腹空いてない?」

    二次会に向かうメンバーと別れた直後、声をかけてきたのは会に参加していた顔見知りの雑誌編集者だった。日本の大手スポーツ雑誌の英国支部在籍で、年齢の割にはそれなりのポジションだったような気がする。

    「もしよかったらさ、飲み直さない? 俺も今日は誘われて来たけど、ああいうノリ苦手でさ。あんま食べれてないんだ」

    多分、普段だったら迷うことなく断っていた。飯は用意してあるとはいえ、家で凪が待っているし。でもアイツだって子供じゃないし、そもそも俺はセフレでも家政婦でもない。

    (まぁ、これも人脈形成の一環、ってことで)

    誘いの言葉を承諾して、その雑誌編集者が行きつけだというパブへと足を向ける。一、二杯飲んですぐに帰るつもりだったのに、思いのほか話が盛り上がって、気が付けば終電を逃していた。


    タクシーで帰るという手も勿論あった。でも無理してまで帰るのも癪で、結局は朝帰りだ。敢えて連絡もしなかった。それでも凪の反応は無関心で素っ気ない。

    (連絡なしの朝帰りにも、コメントなしかよ)

    凪が俺を恋人だと、特別なんだと思ってくれているなら、もう少し何か言うことがある筈だ。でも結局はこんなもん。セフレがどうなろうが知ったこっちゃないんだろうな。
    疑念が確信に変わっていく。虚しさに足が竦んで、危うく動けなくなるところだった。


    ◇◆◇


    渡欧した当時は、凪とニコイチで扱われることが多かった。でも今となってはメディアでも別で取り扱われることが多い。凪は基本的にサッカー関係以外の仕事は断るし、記者会見一本で済ませてしまう時もある。だからオフシーズンに凪と現場が同じになったのは久しぶりだった。

    「あ、御影くん。土曜はありがとね。楽しかったよ」
    「こちらこそ、ありがとうございました」
    「また二人で飲みに行こうね」
    「はい、是非」

    例の雑誌編集者に声をかけられて、軽く言葉を交わす。そういや、この雑誌の企画も手掛けてるって言ってたっけ。

    「こないだ、あの人と飲んでたの?」
    「え?」
    「コンパみたいなやつって言ってなかった?」

    凪にそう訊ねられたのは正直意外だった。事情を説明しようとして、すぐに思い直す。コイツに言い訳をするのが惨めに思えたし、そもそも大して興味もないだろ。本当に気になっていたのならば、あの日に確かめている筈だし。

    「お前には関係ないだろ」

    ちょうど名前を呼ばれて、凪を置いて待合室を後にする。凪は無表情のままで、何を考えているのか分からなかった。


    「だから、今日はシねぇって!」

    自室のベッドに身体を横たえて、眠りにつこうとした矢先のことだった。いきなり部屋に入って来たかと思えば組み敷かれて唖然とする。つうか一応は各自の私室なんだから、無遠慮に入って来てんじゃねぇっての。

    「明日早いって言ったろーがっ」
    「いいじゃんサクッと済ませたら」

    あまりの言い様に思わず手が出そうになった。
    サクッとって、ファーストフードじゃあるまいし。

    (コイツにとっては、俺とのセックスなんてそんなモンか)

    つまりは手早く性欲を発散するためだけ。そのためだけの相手。特別とは真反対の存在だ。

    (何だよコレ、惨めすぎんだろ)

    苛立ちに任せて、少し強めに凪の身体を押しのける。凪は夜色の目に不満を滲ませていた。

    「凪、それより話がしたい」

    もの言いたげに注がれる視線が突き刺さる。なるべく視線を逸らしながら凪の向かいに腰かけた。

    「俺達、一緒に住むのやめないか」
    「は?」
    「お前が困った時にどうにかしてやれるように、近くに住むからさ」

    想像していたよりも不機嫌な凪の声に、ぎゅうっと心臓が縮こまる。でもこれ以上、このままの関係は続けられない。

    「そこまでするくらいなら、一緒に住めばいいじゃん」
    「ハウスキーパーも俺が雇ってやるから」
    「そんなの、レオが世話してくれたらいいだけの話だし」
    「だから、俺がイヤなんだって!」

    自然と大きくなった声で訴える。本当は嫌じゃない。凪の世話をするのは俺の特権だし、頼られるのは純粋に嬉しい。でもどうでもいい存在として近くに居続けるのは、俺が耐えられない。

    「レオ、こないだから変だよ。面倒なことばっか言うし」
    「面倒ってお前、大事な話してんのに」
    「そんな話どうでもいいからさ、シよ」
    「だから、どうでもよくないって」
    「どうでもいいよ、俺にとっては」

    再び押し倒されて、反論を封じる様に唇が重なった。普段よりも荒っぽいけど、どうしたって気持ちいい。

    (だからって、ダメだ。このまま流されてやるかよ)

    こんな一方的で独りよがりのセックスなんてオナニーと変わらない。セフレどころかダッチワイフとでも思ってんのか。

    「やめろって、聞けよ、凪ッ!」

    強引に服を剥ぎ取られかけて、思い切り肩を押す。相変わらずの無表情のくせに、凪の顔には怖気を覚えるくらいの苛立ちが滲んでいた。

    「何で嫌がるの。結婚したいとか言って、口ばっかじゃん」

    ため息混じりの声と共に、凪の身体が離れていく。
    拒絶したのは自分のくせに、引き留めるために腕を伸ばしかけるとか、バカみてぇ。

    「もういい、レオなんて知らない」

    部屋を出て行く凪の姿を呆然と眺める。扉が完全に閉まってからも、シーツの上にペタリと座り込んだまま動けなかった。

    (何だよ、それ)

    怒りと虚しさと色んな負の感情がこみ上げて、ツンと鼻の奥が痛む。そもそも俺のことなんかどうでもいいと思っているくせに。性欲を発散するための都合のいいセフレで、自分の世話をしてくれる便利な家政婦で。

    「くそ、なんだよ、っ、俺は、っ」

    みっともなく追い縋るだけの人間にはなりたくないって、選んでもらえるような人間になるんだって。そう決意して、変わり続けてきたつもりだった。アイツの隣に立つ人間として相応しいように、アイツに選んでもらえるように。
    でも結局は全部独りよがりだった。俺は弱いままで、何にも変わってなくて、情けない人間のままで。

    「っ、う………ひ、うっ」

    凪のことが大事だって気持ちだけは、変わってねぇのに。


    ◇◆◇


    空が白み始める前に、荷物をまとめて家を出た。転居先が決まるまではホテル暮らしだ。オフの間には全てを終わらせて新たな生活を始めたい。どうせシーズンが開幕したら嫌でも顔を合わせることになる。

    (結局、連絡の一つもねぇんだもんな)

    家を飛び出した同居人相手に、アイツは連絡の一本も寄こさなかった。別に期待をしていたわけじゃない。心配も何もされてないんだなって、やっぱりそれだけの存在だったんだって、改めて理解しただけだ。

    (アイツ、ちゃんと飯食えてんのかな)

    急に家を出て行ったものだから、ご飯の作り置きも何もない。せめてハウスキーパーくらい雇ってからにすればよかったか。

    (いや、今は金だって持ってんだし、必要があれば自分で雇うだろ)

    家を出て数日、一本の連絡も入らないのが何よりもの証拠だ。ようやく送られてきた連絡が、食事や身の回りの世話に関することならぶん殴ってやりたくなってしまうけれど。
    代わりに連絡が入ったのは千切からだった。同じリーグに所属する千切とは今でもよく食事をする仲だ。例の如く、今回も飲みの誘いだった。気晴らしには丁度いい。ついでに愚痴をたっぷり聞いてもらおうと、承諾の返事を送った。


    「俺はセフレか、っての!」

    ビアグラスを片手に吐き捨てる。千切は半笑いで俺の背中をポンポンと撫でた。ザルを通り越してワクな千切のペースに合わせて飲んでいたせいで、それなりに酔いが回っている。とはいえ、今から家に帰ってデケェ赤ちゃんの世話をするわけでもなし。もう、どうとでもなっちまえ。

    「なるほどねー」
    「いや、別にセフレならセフレでいいんだけどよ」
    「何それ、いいのかよ」
    「アイツが俺を必要とすんなら、本当は何だって構わねぇんだよ。でもそんなのさ、アイツのためにもならねぇじゃん。そんな人間を側に置いておくより、もっと建設的にさ、そういう相手探したほうが絶対いいに決まってんだろ」

    万年寝太郎だとか面倒くさ男だとか言われるアイツだけど、根は優しいし常識もある。何より天賦の才に関してはアイツの右に出る者はいないと思う。まさに天才の中の天才だ。サッカーに興味のない奴らの目さえ引くような人間離れの神業。単純なサッカーの腕前以上にアイツの存在は人の心を惹きつけて止まない。
    あの日あの時、一瞬にして俺の心を掴んだように。

    「贔屓目抜きにしてさ、魅力的な奴だと思う。俺が一人占めしておくのは勿体ないだろ。アイツが本当に心から好きになれる、そんな相手が絶対にいる筈なんだ」

    グラスを伝う水滴に自らの情けない顔が映る。こんな未練たらたらの顔で何言ってんだって、自分で笑っちまいそうだ。
    でもこの気持ちは嘘でも何でもない。何だかんだで俺はずっと幸せだったし。だからアイツにも幸せになってほしい。

    「結婚だってさ、必ずしも必要なことじゃないと思う。側にいれるだけでも十分だし。それでも結婚したいって思えるような相手がさ、見つかったほうが凪にとっては幸せじゃんか。アイツにとって、それが俺じゃなかったことは悔しいけど」
    「それ、本人にちゃんと言ってやれよ」
    「あの面倒くさ赤ちゃんに言ったところで意味ねぇって。最近、すぐ喧嘩になっちまうし」
    「大丈夫だって。なぁ、凪」
    「え?」

    千切の台詞に弾かれるように後ろを振り返る。まさに当事者が首に手を当てて気拙そうな顔で突っ立っていた。

    「お前、いつからいたんだよ」
    「……セフレの下りから」
    「めっちゃ最初じゃねぇかよ! 盗み聞きとか、趣味悪いことしやがって!」
    「だって、声かけにくかったから」
    「千切も気付いてたんだったら言えって!」
    「だから声かけたんじゃん、今」
    「いやいや、遅すぎだろ!」

    突然の状況に頭の中が真っ白だ。どんな話をしていたのかなんて、思い返したくもない。

    「こんなとこで痴話げんかも店の迷惑だしな、帰った帰った」
    「千切、お前もしかして」
    「あっ、今日はレオの驕りな」
    「いや、それは別にいいけどよ」
    「じゃあな! また今度三人で飲もうぜ!」

    ウインクと共に颯爽と店を後にする千切の後ろ姿を呆然と眺める。経緯はどうであれ、完全にハメられた。
    どちらかと言えば、この面倒くさ赤ちゃんに。

    「俺達も帰ろう」
    「帰るって、何処にだよ」
    「俺達の家に決まってんじゃん」
    「もう俺『達』の家じゃねぇだろ」
    「レオ」

    名前を呼ばれたくらいで、軋んでしまう心臓が口惜しい。
    せっかく俺が解放してやろうって言ってんのに、何なんだよお前は。

    「俺にはレオが必要だよ」
    「……」
    「何もしなくていいから、一緒にいてよ」

    話を聞かれてしまったということは、もう取り繕う必要も何もないわけだ。千切の言う通り、ハッキリと本人に直接伝えるべきなのかもしれない。もう俺に囚われる必要はないんだって。大海を知るべきだって。

    「話し合いのために、一旦戻るだけだ」
    「分かった、それでもいいよ」

    黙って家を飛び出してしまったのは事実だ。今後のこともあるし、話し合いの場を設ける必要があるとは考えていた。

    (区切りをつけるため、この中途半端な関係を終わらせるための話し合いだ)

    店を出て、真っすぐに駅へと向かう。凪は俺の少し後ろをついて歩いた。見張られてるようで気分が悪い。そんなことをせずとも逃げたりしないのに。勝手に家を飛び出してしまった以上、俺が言えることは何もないけれど。
    せめて隣を歩いてほしいと思うのは、やっぱりただの未練なんだろうな。


    俺が一週間近く不在にしていた割には、家の中は綺麗に整えられていた。コイツが一人暮らしをしていた時にも家の中はきちんと整理整頓されていた。俺がいると甘えてしまうってだけで、コイツが一人でも生きていける人間なのは誰よりも理解しているのに。

    「レオ以上の相手なんて見つかりっこないよ」

    一瞬で絆されてしまいそうになるような台詞も、俺と千切の会話を聞いていたから出てくるだけだ。

    (そもそも俺以外なんか知らないくせに)

    そう口にすれば、コイツはどんな顔をするだろう。

    「電話の一本も寄こさなかった奴が、何を今更」
    「俺が連絡したところで、どうせ返事くれなかったでしょ」
    「わ……かんねぇだろ、そんなの」

    凪にはそう反論したものの、十中八九その通りだとは思う。
    連絡の有無だけはやたらと気にしていたくせに。

    「それにレオのこと、セフレとか思ったことない」
    「実質そうじゃねぇか、なし崩し的に始まったわけだし」
    「ちゃんと告白だってしたじゃん」
    「はぁ?」

    恨みがましい視線と共に告げられた台詞に唖然とする。
    コイツは一体、誰との記憶の話をしているんだか。

    「いや、してねぇだろ」
    「したよ、レオが覚えてないだけ」
    「そ、んなわけねぇだろ」
    「初めてエッチした日、一回どころじゃなかったし。確かにレオちょっと意識飛びそうだったけど、俺も、って言ってくれた。すげぇ嬉しかったから覚えてる。そっからも普通にキスしたりエッチしたりしてくれたから、レオと恋人になったんだって思ってたのに」

    少し拗ねたように唇をへの字にする凪の顔を呆然と眺める。セックスに至るまでのことは鮮明に覚えているが、最中のことまで覚えているかと問われれば自信はない。
    というか、無理だろ。
    コイツのセックスは長いし、しつこいし。その分気持ちいいけど、だからこそ意識なんて保っていられない。

    「今回のことだって、そもそも朝帰りしたのはレオじゃん」
    「そ……れは、でもお前、何も言わなかったじゃねぇか」
    「疑ってるって思われるのもイヤだし。でも心配だったから、朝まで寝ないで待ってた」

    そういえば朝帰りをした日は始発で帰ったのに、コイツは起きて俺のことを出迎えた。珍しく早起きだなと思いはしたものの、まさかずっと起きていたとは思わなかった。

    「それに、レオのことだから何もないって信じてたし」

    凪が首に手を当てて視線を落とす。
    言葉を選んでいる時によくする凪のクセだ。

    「でもなんか、嫌だったから。無理矢理シようとして、ゴメンナサイ」

    凪が小さく頭を下げる。最初は何を謝られたのかが分からなかったけれど、俺が家を飛び出した前夜のことを言っているのだと理解した。

    「俺も悪かった。不安にさせて、ゴメン」
    「ね、帰って来てよ、レオ」

    フワフワと触り心地のいい髪が首筋に触れる。
    いくつになってもコイツの甘える仕草は可愛くて堪らない。

    「朝帰りさ、何もねぇから」
    「うん、知ってる」

    ちうって唇に吸い付かれて、強張っていた身体から力が抜ける。やっぱりコイツは俺にとっての唯一無二の宝物だ。誰よりも幸せになってほしい。俺が幸せにしてやりたい。

    「好きだよ、レオ」

    ぎゅうぎゅうって力いっぱいに抱きしめられて、同じように凪の背中に腕を回す。凪にとっては初めての告白じゃないとしても、俺にとっては初めてだ。こんなにも浮き立つような気持ちになるなんて知らなかった。

    「ふふ、俺も」

    白くてもちもちの凪の頬っぺたを両手で挟み込んで、ちゅっと口づける。そしたら大口を開けて反撃されて、勢いを受け止めきれずにソファーに倒れ込んだ。

    「んうっ、ん……っ」

    貪るようなそれにぎゅうっと目を瞑る。コイツから仕掛けてくるキスはいつも荒っぽい。下手ではないし、むしろ気持ちいいけど、強引に高揚させられてしまうから性質が悪い。

    「ぷは、っンだよ……凪、シてぇの?」
    「レオ、嫌じゃない?」

    顔色を伺うような視線に、わしゃわしゃと白い髪を撫でる。
    下手に振る舞っちゃいるが、引く気はないってのがバレバレなんだよ。

    「セフレって思わせないくらい、いっぱい好きって言え」
    「YES、BOSS」

    わざと煽るように口角を上げて言ってやる。凪は見えない尻尾をブンブンと振って、従順に頷いた。


    ◇◆◇


    子供の頃から寝起きはいいほうだった。だから寝起きに味わうこの独特な気怠さは、凪とセックスをするようになってから知った。脳みその動きが遅くて、身体が重たい感じ。体温の高い男が隣で寝ていると、余計に布団の中から抜け出せない。

    「え? 凪、これ……」

    でもこの日は気怠さを感じるよりも先に目が冴えた。でも身体が追い付いていなくて、左手の薬指を眺めたまま布団の中で唖然とする。
    まさか凪がこんなロマンチックなことをするとは思っていなかった。意外とその手の映画が好きなことは知っていたけれど。

    「俺が結婚したいって、言ったから?」
    「んー、それもあるけど」
    「でも、お前、結婚は面倒だって散々言ってたのに」

    薬指の根元でキラキラと輝くそれを改めて見上げる。繊細な輝きを放つパープルダイヤをセンターストーンに、土台となるプラチナの柔らかなウェーブが上品さを演出する。サイズも驚くほどピッタリだ。

    「あー、レオ、その話だけど」
    「え?」
    「ううん、やっぱ何でもない」

    煮え切れない物言いに首を傾げる。
    無理強いはしたくないと思っていたし、俺達の関係において結婚が必須条件だとは今でも思っていない。
    そんなことよりも、凪なりに俺の気持ちを考えて行動してくれたことが一番嬉しかった。

    「すげぇ、嬉しい。ありがとな、凪!」
    「うん。喜んでもらえて、俺も嬉しい」

    額に口づけを落とされて、嬉しさと気恥ずかしさが入り混じる。カーテンの隙間から差し込む朝陽さえ特別に感じた。

    「レオ、好きだよ。俺と結婚してくれる?」

    場所は毎日のように過ごす自宅の寝室で、二人ともほぼ素っ裸。髪は寝癖がついているし、夜色の目はまだ半分ほどが瞼に隠れてる。それでも俺にとっては世界一のプロポーズだ。
    鼻の奥が痛むくらいに。

    「ああ、勿論」
    「最期まで一緒にいてね、レオ」
    「約束?」
    「うん、約束」

    どちらからともなく唇を重ねる。
    結婚なんてしなくても、俺達はこれからもずっと一緒にいる。それでもカタチを求めてしまったのは、俺の弱さかもしれない。けど、開き直っちまうのは全然アリだろ。
    これ以上ないくらい幸せそうに目を細めるコイツの顔が見れるなら、俺はどんな自分だって受け入れる。

    「それにしても、変わったデザインだよな」
    「見過ぎじゃない、レオ」
    「だって、嬉しいからさ」

    朝食を終えてソファーで寛ぐ間も、視線は左手の薬指に向かう。凪だって満更でもない顔をしているくせに。

    「パープルダイヤも珍しいし。これって、どこの指輪?」
    「そんな凄い有名なブランドのってわけじゃないけど」
    「あっ、いや、変な意味じゃなくてさ。あんまり見かけないデザインだから、気になって」
    「ああ、特注だから、そうかもね」
    「へ?」

    予想外の単語が飛び出して、思考が止まる。まさかコイツがオーダーメイドの指輪をチョイスするとは思ってもみなかった。

    「出来上がるまでに半年かかった」
    「は……半年?」
    「最初は三か月くらいの予定だったけど、材料が手に入らなかったとかで」
    「えっ、つうか、待てよ。最初に俺が結婚の話出したのって、せいぜい二か月前くらいだよな?」

    時系列が頭の中で錯綜する。だって今の話が真実なら、俺が凪に結婚の話をするよりも先に、コイツは指輪をオーダーメイドしていたってことになる。

    「レオが結婚したがってるのは、ずっと分かってたし。でもプロポーズとか、俺にはよく分かんないしさ。その頃くらいに、ちょうど千切達にもそういう話されて、相談的なことしてたっていうか」
    「千切達に?」
    「そしたら、レオは絶対サプライズのほうが喜ぶからって」

    勝ち誇ったようにVサインを決める千切の顔が脳裏を過る。
    アイツ、本当は全部知ってたんじゃねぇかよ。

    「つうか、お前、そもそも結婚なんて面倒だって」
    「仕方ないじゃん、バレちゃうと作戦失敗になっちゃうし」

    当時の記憶が走馬灯のように蘇る。すれ違っていたあの日々は一体何だったんだ。千切達も嗾けたんだったら最後まで責任をもって面倒をみろっての。せめてものフォローが昨日のアレだったのかもしんねぇけど。

    「正直な話、俺は結婚なんて考えたこともなかったし、レオと一緒にいられたらそれだけで満足だって思ってた。でも結婚したら大っぴらにレオのこと独占できるし、それは確かに悪くないかもって」
    「だからって、お前、誤魔化すにしても言葉のチョイスが最悪すぎんだろ」
    「だって、仕方ないじゃん。本当は断る理由なんて無かったわけだし」

    少しは申し訳なかったと思っているのか、凪が視線を左右に泳がせる。とはいえ、面倒くさがりのコイツが俺のためにサプライズを企画したってのは、純粋に嬉しかった。

    「ありがとな、色々考えてくれて。すげぇ嬉しい。」
    「こんなに喜んでもらえるとは思ってなかったから、俺も嬉しい」

    凪が俺の肩にグリグリとおでこを押し付ける。
    甘え上手でかわいい奴め。

    「まぁ、でも面倒なことはマジでしなくていいからな。俺が全部根回しして、お前に負担はかけないようにするし。顔合わせとかも、しなくていいから」

    恋人がいることは、それとなく伝えていた。でも相手が男であることも、それが世界のNAGIであることも勿論伝えてはいない。サッカーの道を選んだ時点である程度は見切りをつけられているかもしれないけれど、血のつながりのある親子であることに変わりはない。俺の気持ちをしっかりと伝えて、祝福はされずとも認めてほしい。

    「レオ、俺もレオのパパさんとママさんにちゃんと挨拶したい」
    「凪、でも」
    「ちゃんと責任とらせてよ。幸せにするからって」

    夜色の視線が真っすぐに心臓を射抜く。
    少し前までは面倒くさ赤ちゃんだったのに、すっかり大人になりやがって。

    「俺も、お前のご両親に挨拶したい」
    「うん。うちの親は特に何にも言わないと思うけどね」
    「俺が伝えたいんだ。凪を生んでくれてありがとうって」
    「何それ、ズルい。俺も言いたい」
    「ズルいって何だよ」
    「日本帰る準備しなきゃね、開幕までそんなに余裕もないし」
    「弾丸になりそうだな、仕方ねぇけど」

    膝に置いた左手に凪の指が重なる。その薬指に光る、漆黒のブラックダイヤをセンターに据えた同じデザインの指輪。
    俺とレオので重ね付けもできるんだよ、と凪は得意げに口にした。
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    「たまにレオってすげぇなって思うわ」

     千切がぽつりと呟く。千切は本場よろしく油でベチャベチャになった魚――ではなく、さっくりと揚がったフィッシュフライをフォークに突き刺すと美味そうに頬張った。玲王としては特に褒められることをしたつもりはないのだが、ひとまず適当に話を合わせて、そう? と軽く相槌を打つ。

     新英雄大戦がはじまってから、選手たちは各国の棟に振り分けられている。それぞれ微妙に文化が異なり、その違いが色濃く出るのが食堂のメニューだった。基本的には毎日三食、徹底管理された食事が出てくるのだが、それとは別に各国の代表料理も選べるようになっていて、それを目当てに選手たちが棟の間を移動しに来ることもあるほどである。今日はフィッシュ&チップスと……あとはなんだったかな、と思い出しつつ、玲王はナイフでステーキを細かく切った。そうして隣にいる凪の口にフォークを突っ込む。もう一切れ、凪にやろうとフォークにステーキを突き刺したときだった。千切の隣に見知った顔ぶれが座った。
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