【カッコウSS】彼岸より私がそれを認識したのは例の光柱事案の後だった。
長く続いた案件がようやくひと段落つき、整理を行っていたときのこと。
そのファイルはいつの間にかそこにあった。
見覚えのないファイルなど本来触るべきではない。
しかし、私専用の端末なのだから犯人が私である可能性は極めて高い。
徹夜で意識が朦朧とした状態の己の仕業を完全否定するだけの自信はなかった。
念のために確認したが、出所以外に不審な点はなさそうだった。
ファイルの中には12個のデータが格納されており、奇妙なことに大部分が破損している。
辛うじて読み解けそうな2つに目を通す。
それはスタイルの設計図のようだった。
書き方の癖などからして、やはり私が作ったもので間違いない。
だが、寝ぼけたまま作ったにしても腑に落ちない点がある。
緻密なデータを組んでいるが、理論値とはいえスペックを高く見積もり過ぎている。
これでは机上の空論の域を得ず、企画倒れが関の山だろう。
そして、何より分からなかったのが、最後に残された一文だった。
『これが使われないことを願って』
激化していく魔獣との戦いを打開するために、スタイルの開発こそが急務だ。
戦場に駆り出される彼女たちの為に、無力な私が出来る唯一のこと。
彼女たちの流す血と辛苦を思えば、のうのうと本部にいる私の労苦など些事に過ぎない。
なればこそ、彼女たちの戦いが少しでも楽になるような、強力なスタイルが必要だ。
この時、私は何を思ってこの言葉を残したのだろうか。
そんな言葉とは裏腹に、ご丁寧に大仰な名前まで考えてあるではないか。
『暴虐型インフェルノ』 『暴虐型アビス』
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私は好奇心に勝てなかった。
これだけのデータがあれば仮想空間内でならスタイルを組み立てることが出来る。
新しいスタイルのテストという名目でカラスとハクチョウに協力してもらうことにした。
私の見立て通り、紅と蒼のドレスのような出で立ちは2人にぴったりだ。
アリーナで待機しているカラスとハクチョウの話し声が聞こえてくる。
「カラス、なにか変ではないですか?」
「よく似合ってるよ」
「ありがとうございます。でも、そういうことではなくて......」
ハクチョウは詰まりながら、一つ一つ言葉を選んでいるようだった。
会話がこちらに聞こえていると分かっているという事もあるが、ひどく戸惑っているように見えた。
「カッコウさんには申し訳ないのですが、何だか嫌な感じがします......」
胸がざわめく。
試験の一環というのは嘘ではないが、全てを伝えているわけではない。
「......異常を感じたらすぐに教えてね。それじゃ、始めるよ」
端末を操作し、アリーナ内に魔獣を展開させる。
通常よりも強度を高めに設定した複数の小型の魔獣、大型魔獣が2人の前に出現する。
魔銃と弓、遠距離攻撃のみのペア編成はこれまでも存在したが、それを突き詰めた形になる。
絶え間ない射撃と高火力で敵を寄せ付けないことをコンセプトとしている。
引き絞られた弓と銃口が、殺到する黒い濁流に向けられる。
波濤の如き矢の雨が魔獣の群れを穿ち、蒼い獄炎は瞬く間に大型魔獣を炭にした。
目の前の光景、そして算出された数値が漠然と抱いていた疑念を解いた。
データは嘘を吐かない。
ファイル内のスペックは理論値などではなく、実際の稼働データだ。
既存のスタイルと比べて、その出力は規格外と言える。
その威力に、扱う当人たちも驚愕しているようだった。
「すごいな。いつの間にこんなスタイル作ってたんだ?」
「まあね、ひらめきってやつ?」
嬉々としたカラスの問いかけを咄嗟に誤魔化した。
この暴虐型が実用化出来たなら、強大な魔女たちとすら対等以上に渡り合えるだろう。
だが、欠落していたデータが揃うことで明確な欠陥も浮き彫りになった。
強大な力の代償として、使用者に対して無視出来ないレベルの反動が生じると予想される。
そして、もう1つ。
ハクチョウは直感的に察していたようだが、暴虐型の力の波長は魔女のそれに限りなく近い。
暴虐型を完成させるための最後のピース。
それは魔女の亡骸を兵装の素材として利用するというものだ。
技術的には可能だし発想として思い至らなかったわけでもない。
遺体を弄ぶという禁忌を犯している私たちが、倫理について語る資格はない。
それでも、このスタイルを本当に完成させていいのか?
破損した他のデータも時間をかければ恐らくは修復は可能だ。
暴虐型の完成はスタイル開発にブレイクスルーをもたらすだろう。
一歩踏み出せば、私たちは新たなステージに到達出来る。
しかし。
『これが使われないことを願って』
私はようやくメッセージの意味を理解し、噛み締めた。
こんなものを使い続ければ、彼女たちに先はない。
この期に及んで、綺麗事ばかりを言うつもりはない。
だが、この力がもたらすものは、私が求める勝利とは遠くかけ離れている気がしてならない。
同時に、私は暴虐型について1つの仮説に辿り着く。
仮説と呼ぶにはあまりに突飛で荒唐無稽、ミヤマには妄想の類と一笑に付されるのがオチだろう。
私の推測が正しいのだとしたら。
暴虐型の『設計者』は何と戦おうとしていた?
使い続ければトリたちとて無事で済まない、そんな諸刃の刃のような兵装を駆り出さなければいけない状況とは?
光柱の中にあった数多の扉の先に、そんな世界があったのだろうか。
私の元にこのデータが届いたのは単なる偶然とは思えない。
ならば、私は『設計者』の意思をどう受け止めるべきなのか。
いや、躊躇っている時点で自分の中の答えは決まっている筈だ。
「お疲れ様~、今日のテストはこれでお終いだよ」
私はその夜、暴虐型に関する全てのデータを消去した。
この選択が正しかったのか分からない。
ふと、人が天に届く塔を造り上げ、その傲慢さから裁きを受けた伝承を思い出した。
人がどれだけ叡智を積み上げようと、踏み入るべきはない領域が存在する。
私たちが既にそれを侵しているのだとしても、自戒しなくてはならない。
人は神にはなれない。
だからこそ、私たちは抗い続けるのだ。
それが一瞬の閃光だとしても。
了