【共謀SS・三次創作】ちぃちゃなきょぼ「はちどりさん」
ツルがアタシを呼んでいる。
昨夜任務を終えた後、自分の部屋に戻るのが面倒でそのままツルの部屋で寝てしまった。
ソファへ横になったところまでは覚えているが、そこから先ははっきりしない。
軋む体を起こし、霞む目を擦りながら室内を見回すがツルの姿はない。
何かが足元で動く気配がした。
反射的に踏み潰しそうになるがすんでのところで止めることが出来た。
まだ夢を見ているのかと思ったが、眩しい日差しがそれを否定している。
ちいさいつるがソファをよじ登ろうとしていた。
懸命に飛び跳ねているが、どうにも届かない。
見下ろすアタシに気付いたつると目が合う。
いつもの胡散臭いものとは違う、朗らかな笑み。
「おはようございます、はちどりさん」
アタシのツガイは手のひらに乗るぬいぐるみ程度の大きさに縮んでいた。
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おまけ①
ツルが『小さくなる』のはこれが初めてではない。
「またか。まあ、ツルはストレス溜め込んでそうだもんな」
偶々医務室に居合わせたクロが呟くと、カッコウがアタシから目を逸らした。
トリだけに起こる世にも奇妙なこの症例にまだ名前は付けられておらず、ただ『小さくなる』とだけ呼ばれている。
ストレスが高まったトリに発生する現象らしく、あまり詳しいことは分かっていないようだ。
ひとたびちいさくなれば気の向くままに行動し、翌朝まで体は元に戻らない。
単純に子供になるのともまた違うようで、普段抑圧している欲望に忠実になるというのが一番近い表現なのかも知れない。
ストレスを発散する為の自己防衛手段と推測されているが、不思議なものだ。
ちいさくなっている時の記憶がほとんど残らないのは、ツルにとっては幸いだろう。
ツルなら醜態だの何だと言って嫌がりそうだから。
今回も大事を取って検査をしたが、特に異常ないとのことだった。
じゅうぶんにヘンだと思うけどね。
「ギフトがどうなっているか分からないから丁寧に扱ってね。あと、お酒は禁止」
毎度のことながらカッコウに釘を刺されつつ医務室から解放される。
アタシの部屋はごちゃごちゃしているのでツルの部屋を借りるとしよう。
今日は任務も訓練も中止となり、つるの面倒を見るのに専念することとなる。
ちいさくなった時の行動には差はあるが、ペアと離れたくないという強い欲求は共通しているらしい。
万が一、離れ離れになろうものならちいさい体で何処までもペアを探して徘徊を始める。
その姿があまりにも居た堪れなく、危なっかしいことこの上ないので、ペアが終日面倒を見ることを厳命されている。
つるは特にその傾向が顕著とのことだった。
ツルが初めてちいさくなった時、検査中にアタシが何気なく席を外した途端に泣き出したらしい。
声を上げるでもなく、ただ大粒の涙をぼろぼろと流していたそうだ。
つるはちいさくなった他のトリに比べて少し変わっていると、カッコウが首を傾げていた。
よく動く王子やよく食べる眼帯を見ていると、確かにアタシもそう思う。
この後に及んで何か遠慮をしているわけでもなさそうだが、特に何かを求めるわけではない。
とにかく片時も離れたがらない。
得意のお茶や踊りも、この姿の時にはあまり興味がなさそうだ。
お酒だけは相変わらず好きで、以前に文字通り浴びるほど飲ませたことがあったが体が元に戻った後にも影響するほど悪酔いしたので禁止された。
何にせよ、ちいさいからだに見合わないことをしだすことには変わりないので、あまり目を離すことは出来ない。
机の上にちょこんと座ったつるは、ずっとにこにこしながらこちらを見上げている。
柔らかな頬をつつくと嬉しそうに微笑む。
傍にいるだけで本人が満足ならそれで構わないが。
「あ、そうだ」
そういえば冷蔵庫にプリンが残っていたはず。
1個しかないが今なら2人で食べることが出来る。
アタシにとっては普通の一口でも今のつるにとってはそうではない。
気を付けないとプリンで溺れてしまう。
「お腹いっぱい食べれるじゃん」
スプーンの先端に乗る程の少量をなんとかすくい上げ、つるの元へと運ぶと、親鳥の餌を待つ小鳥のように、口を開けて待っていた。
嬉々としてそれを啄む姿を見ているとなんだかむず痒い気持ちになった。
動物に餌付けする気持ちというのはこういうものなのだろうか。
カップが空になる頃には、お腹が満たされたせいか、つるはうとうとし始めている。
重たくなる瞼に耐えながら、つるはふわふわとした様子で尋ねてくる。
「いっしょにねてくれますか?」
「ほら、こっち来な」
つるを持ち上げてベットに運び、そっと置いて添い寝をする。
施設にいた頃、チビたちの面倒を見ていた時のことを思い出し、懐かしくなった。
壊してしまわないように、そっと抱き寄せる。
気が付けば、つるは既にちいさい寝息を立てている。
ぬくもりと、普段は見せない穏やかな寝顔に誘われて、意識が緩やかに沈んでいく。
たまになら、こういう退屈も悪くない。
始末書、少しは減らさないとね。
了
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積み重ねられた始末書に向き合ってみたが一向に減る気配がない。
アタシの手がすっかり止まっているのを見て、机の隅で大人しくしていたつるが立ち上がる。
「てつだいますよ」
張り切ってペンを持とうとするが、自分の身長ほどの物を扱うのは容易でない。
ふらふらしながらペンを支えると何とか文字を書き始める。
長い時間をかけてつるはようやく一文を書き上げて一息ついたが、普段の達筆なツルの筆跡とは程遠い。
それでも得意気に胸を張るものだから頭を撫でてやると、くすぐったそうに微笑んだ。
放っておかれて退屈だっただろうか。
まっさらな始末書を枚手に取り、折り畳む。
それを何度も繰り返す。
つるは1枚の紙が見る見るうちに形を変えていく姿から目が離せないようであった。
そして、完成したそれをつるへと渡した。
「ほら、鶴だよ」
「うわぁ、じょうずですね」
つるは目を輝かせながら折り鶴を受け取ると、嬉しそうに机の上をぱたぱたと走り回った。
つるからしてみれば両腕でようやく抱えられるほどの大きさだが、軽いので持ち上げるのも難しくなさそうだった。
つるは更に期待に満ちた顔でこちらを見上げている。
「次は何がいい?」
せがまれるままにアタシは折り紙を折り続けた。
子供の頃に見た折り紙は、確かに不思議な魔法ように思えた。
いつしか始末書の山はキレイさっぱり、ちいさな紙の動物園へと姿を変えていた。
その日、つるは一番お気に入りらしい折り鶴を枕元に置いて眠りについた。
一日中手放さないものだから所々よれてしまっている。
それがなんだかおかしくて、思わず頬が緩んだ。
了
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おまけ②
部屋で寝転びながらバイクの雑誌を見ていると、胸の上に乗っていたつるが呟いた。
「ばいく、のってみたいです」
どうしたものかと思いながらカッコウに相談したところ、ナントカプリンタとかっていうのでバイクの模型を作ってくれた。
仮想戦ライトフォームを模したつる用のライダースーツのおまけ付きだ。
カッコウってヘンなところにこだわるんだよね。
ちいさなバイクは精巧な造りをしているが、さすがにエンジンは飾りだった。
加えて、転倒防止に補助輪が付いている。
バイクの見た目をしたこども用の自転車のようなものだが、つるは満足げなので良しとしよう。
つるは意気揚々とバイクに跨ると、こちらに視線をやる。
後ろから押せてということだろうか。
加速、時にはカーブを織り交ぜてちいさなバイクは疾走する。
バイクの駆動音の代わりにつるの歓声が響いた。
「こんどは、いっしょにのりましょうね」
ドライブを満喫してバイクから降りたつるは、最後にそう言って笑った。
本物のバイクを用意するのはさすがに難しい。
つると一緒に乗るのは更に準備が必要そうだ。
とはいえ、アタシとしてもバイクに乗れるなら願ったり叶ったりだ。
今日の事は覚えていないだろうが、ツル本人に調達を頼んでみよう。
自分が言い出したことなのだ。
案外、なんとかしてくれるかも知れない。
了