甘いひととき今年もバレンタインデーに合わせてウィズダムではチョコレートフォンデュをサービスすることになった。
昨年颯が提案し、想像以上に好評だったらしい。
テーブルごとにミルクパンに入ったソースとフルーツや菓子をキャストからの気持ちとしてサービスしていたが、やはりフォンデュは一手間掛かるのもあって楽しいようだ。
そんなわけで今年も実施するというから昨年からさらに改良を加えたチョコレートソースを用意した。
固形燃料で温めた小鍋三個とフルーツや菓子の盛られた皿をカウンターに並べる。
ちゃんと食べ比べが出来るようにフルーツなどは種類ごとに三本ずつ用意した。
「喰え」
カウンター前に立って待っていた浄に声を掛ける。
正直俺はこいつなら餅つき大会で魅上とフラリオが出してきたクソ甘なあの餅でも喜んで食べると思っている。
つまり浄は甘味にやられたバカ舌だろうと考えているのだ。
だから味見を彼に託すのは意にそぐわないのだが、宗雲も颯も浄に頼めと言うのだから仕方ない。
浄は並んだ小鍋を嬉しそうに目を細めて眺めた。
「去年少し分けてもらったがあれは良かった」
そう言いながら皿に手を伸ばしイチゴの刺さった串を手にする。
「並べると色も少しずつ異なるんだね。最後のは何かチョコレート以外のものも入っているんだね」
丁寧な仕草でイチゴにとろりとチョコを絡めると彼はそれをスッと口へ運んだ。
「これはミルクチョコ多めかな。もちろん悪くないがこのイチゴが糖度高めだから少しもたつく感じがあるね」
すかさず二本目の串を手に取る。
同じようにソースを絡めて口へ運ぶ。
彼の仕草は丁寧という言葉が本当によく合うなと思いながらその様子を眺めた。
それは身に付いた所作というよりはこうありたいと努力して生まれるものなんだろうなと俺は勝手に思っている。
「うん、これはバランスがいい。文句なしだね。その分無難というのが気になるかな」
さらに三本目も同様に口に運んでうんうんと小さく頷いた。
「何かは分からないがこの細かいものは食感が加わっていい。あとチョコレートも苦みを意識してるのか最後に舌に苦みがほんのり残るのが良いね。チョコの風味を強く感じられる」
一通り味見をした浄の意見に最後はポカンと口を開けてしまった。
どれも正解な上に俺が考えたことまで味から紐解いている。
甘いものに脳をやられているとばかり思っていたが一応まともな舌を持っていたんだなと新たな気付きを得る。
それに何だか頭の中を見透かされているような気がして妙に気恥ずかしさを感じた。
「俺としては今のところ最後を一番推すね。一捻りあってウィズダムらしさも感じるしね」
そう言ってようやくカウンターから視線を上げた浄は俺を見て不思議そうな顔をした。
「何か変なことを言ったかい?」
しまった、感情が少し表に出てしまっているかもしれない。
そう思い顔を隠すように慌てて口周りを手で覆う。
「まともなこと、言うんだな」
「まともって…… 味見を頼んだのは皇紀じゃないか」
俺が浄の舌をどう思っていたか、その一言で察したんだろう。
浄は困ったように苦笑いを返した。
そんな浄へと手を伸ばし、半身をこちらへと引き寄せる。
そのまま顔を近づけると浄はゆっくりと瞼を閉じた。
唇が重なる。
直ぐに舌を差し出すと浄も口を開く。
舌を絡め合うと彼の口内に残っていたチョコレートが舌に微かにまとわりついた。
自分で作っているのだから分かっていることだが甘い。
こんな甘い味のキスは初めてだなと思う。
確かに彼が甘味を食べている時に口付けたことはなかったかもしれない。
でもそれは嫌な甘さではなかった。
何故だか気分が落ち着くような、よく分からない気持ちになった。
「甘い」
唇を離して呟くと浄はふふっと笑う。
「当たり前じゃないか。それより残りももちろん食べて構わないんだろ?」
そう言って浄はパチンとウインクをして見せる。
こんなに嬉しそうにするなら味見を頼んで良かった。
浄の笑顔に素直にそう思った。