秘密基地で秘密のお話を。つまんない、ぜーんぶつまんない!
目の前で難しい話をして歩く大人達を見ながらフェイスは1人頬を膨らませる。まだまだ遊びたかったのに、あちこち見たかったのに、今は誰一人としてフェイスのことを見てくれない、気にかけてくれない。
「っ!」
視界の隅に映った影にぱっと顔を輝かせ、フェイスが徐々に歩みを遅くすれば、前を歩く3人と距離が離れていく。
それなりに距離が離れたところでくるりと方向転換し見かけた姿を追いかけるように走り出す。目の前でスタスタと足早に歩く大好きな人の姿を見つけて、フェイスは走るスピードを上げた。
ぱたぱたぱたと軽快な足音が追いかけてくる音に足を止めたブラッドが振り返る。
「お兄ちゃん!」
大声を上げたフェイスはそのまま勢いよく兄の腰に飛び込みぎゅうと抱きついた。
「っと、フェイス」
「ん〜!」
ほんの数秒ぐりぐりと全身でブラッドの体にすりついてから力を抜き、自らの顔の前にあるブラッドの腹に手をあてて上目遣いで顔を覗き込む。
「お兄ちゃん、抱っこ」
こて、と首を傾げながら甘えた声を出したフェイスをブラッドは抱えあげた。
「皆とはぐれたのか?」
心配そうな声に尋ねられたフェイスは違うよと首を振って口を開く。
「フェイスにね、今からノヴァ博士とお話があるから、お兄ちゃんのとこに行きたいなら行ってくれば?って言われたの」
「………。そうか」
「…?うん、でね、お兄ちゃん、おれね、ひみつきちごっこしたいの、ダメ?」
「…、…そうだな、さすがにテントの用意はないが」
ほんの少し落とされた沈黙も気になって居たけれどそんなことよりも大好きなお兄ちゃんと遊びたくてフェイスは期待に満ちた目でブラッドを見つめている。はく、と言葉にできない何かを飲み込んで、ブラッドは優しくフェイスの頭を優しく撫でた。
「頑張ってみるとしよう」
がたがたとベッドやらタンスやら、オスカーの筋トレの道具さえも駆使して作り上げた骨組みに布団やシーツをバラして覆いを作り即席のテントを作り上げる。少しだけ部屋を見渡して思案し即座に作り上げられていく秘密基地をきらきとした目で見つめていたフェイスは出来たぞという言葉に部屋の隅から立ち上がって近づいた。
「お兄ちゃんすごい!」
シーツで出来た隙間に手を入れて布を捲れば中の空間にはスタンドライトにクッションやぬいぐるみ等の玩具が数個置いてあって、その完成度に声を上げ早々に中に入って入口を閉じる。
しん、と一瞬だけ静かになる部屋で、ブラッドはかつかつと指先で床をノックする。
「合言葉はー?ブラッドー?」
「…ビームス。…合言葉は…フェイス?」
「ビームス!ひみつきちへようこそお兄ちゃん!」
昔決めたいくつかのある秘密基地へ入るための合図、そのうちの一つを交わせば即席のテントの中からフェイスが顔を出しブラッドを手招きする。さすがにブラッドの全身が入れるほどのスペースは無く、体がはみ出てしまってはいるが布と体に隔たれて中が暗くなる。かちりとライトを付ければテントの中でも互いの顔がはっきり認識できるような明るさになった。
ごろんと寝転がったフェイスはブラッドと額を付き合わせるように向き合った。
「お兄ちゃんにお話したいことがいっぱいあるの!みんなでね、おおかみさん今何時をしたんだけど、ディノお兄ちゃんはホントのおおかみさんでぴょこんってお耳が出てね、すーっごく早くて、みんなすぐ捕まっちゃうのっ」
「グレイお兄ちゃんに借りたゲームが見たことないやつでねっ丸いことろーらーをグルグルして遊ぶんだよ〜」
「動くの疲れちゃったからオスカーお兄ちゃんとあやとりたんだけどね?オスカーお兄ちゃんすぐぐちゃぐちゃにしちゃうからおれがこうだよって教えてあげたらリトルフェイスさんは流石ですね、教えるのがお上手ですねってすごく喜んでくれて〜」
「レオナルドお兄ちゃんがギターを触らせてくれたの。むずかしかったけど、アンプからぐわーんって音が広がるのが面白くてね何回か弾いてたら、ちびでぃーじぇーは覚えがいいなって褒められたんだ」
弾丸のように話される体験の数々にそうか、すごいな、楽しかったか、流石だ等と相槌を打ちながらブラッドは聞いている。
「ブラッドお兄ちゃんも今度みんなで一緒に遊ぼうね」
「そうだな、ああ、そうしよう」
「うん!…あっ!今日はねイエローウエストのダイナー?で、ご飯を食べたんだけどチーズバーガーとお子様ランチが美味しかったよ」
「2つも食べたのか?」
「あっ!チーズバーガーだけならおれ1人で食べれたんだよ?でも、全部は無理だったから、フェイスとキースが食べてくれたの、それからオスカーお兄ちゃんが来て、アルバムをもってきて…」
「フェイス?」
先程までの勢いが嘘のようにぴたりと言葉を止めて口を引き結んだフェイスを促すように名前を呼びかける。するとフェイスはぎゅっと両手を握ってぽつりぽつりと話し出した。
「兄ちゃんがいない時はね、フェイスが一緒に寝てくれてたんだけど…ひみつきちじゃないとだめなの。…ね、お兄ちゃん、ぎゅーってして」
甘えれば甘える分だけブラッドは返してくれる。悲しそうに見せればいつも以上に気にかけてくれることを知っているフェイスはここぞとばかりに兄の胸の中にくっついて目を閉じる。幼い体をそっと抱き寄せるブラッドへくすぐったそうに笑いながら秘密基地でしか出来ないような秘密の話を口にする。
「あのね、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「ずっとこのままだったらおれも未来のおれも消えちゃうんだって。でもね、おれ、こわくないんだ。だって、お兄ちゃんがいるもん」
怖いことがあっても嫌なことがあっても全部全部お兄ちゃんが助けてくれてる。カッコよくて優しくて強くて大好きなものでお兄ちゃんがそばに居る、それだけでフェイスに怖いものなんて何一つないのだと、信頼を、親愛を向けて。
フェイスは気付いていない。
「消えてしまう」その言葉に強ばる、背を撫でる手のひらを、表情を、安心の中に抱きとめられるフェイスに見ることは叶わない。
ほのぼの終わり!
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上の続き※ほんのちょっと精神弱めなブラッド(書いてる人の性癖←)
あどけない表情ですやすやと寝息を立て始めたフェイスを起こさないように、ライトを消してから外へ出る。
そして棚に近づいて、中に入っているアルバムを開く、開く、開く。
そこに映るのは両親と自分自身、プリマリースクールの友人たちだけで、フェイスの姿はひとつも見当たらない。それはそうだ、フェイスの映るアルバムはオスカーが小さなフェイスのためにと持っていったのだから。
要らないと拒絶したのは自分のはずで
自分からその手を振り払ってしまったのに
思い出も何もかもを無くしてしまったら
大切な存在が最初からいない事になってしまったら。
「……はっ……」
無意識に荒くなる呼吸を深呼吸をする事で押さえ込み、引き出しを閉じて振り払う。冷静に状況を見極めて効率的に全てをこなす。それが今のブラッドビームスのあるべき姿なのだからと。
静かだった部屋の外から扉を叩く音が聞こえてたちあがる。
「失礼するよ」
「?なんだ、ぞろぞろと」
厳重に閉じ込めた感情ががたがたと心の奥底で音を立てていた。