恋を綴る アベンチュリンが目を覚ました時、視界に広がったのは非常に見覚えのある濃いめのグレーだった。ゴミケーキの小さい手が両目を塞いでいると理解できずしばらく困惑で固まったが、ゆっくり両手でゴミケーキを抱えてベッドの上に降ろす。アベンチュリンの周りには他のゴミケーキたちもいて、思わず笑みがこぼれた。
「……きみたち、ここまで来れるんだね」
ベッドの上まで乗れるジャンプ力が、この子たちのどこにあるのか。不思議でたまらなかったが、あのルアン・メェイの創造物と思えばありえない話ではない。
そんなことを考えながらゴミケーキたちの頭を軽く撫でると、鳴き声をあげながら飛び跳ねて喜んでいた。その様子が甘え上手で可愛い自身の恋人――穹とそっくりで、アベンチュリンの表情は無意識のうちに優しいものに変わる。
穹はかわいい。アベンチュリンが今まで出会ったどんな人間よりも可愛くて、穹以上に可愛い人はいないと本気で思っている。だけどびっくりするほどかっこよくて、男前で、優しくて。魅力が可愛いだけじゃないところが、穹らしくて大好きだ。彼の全てをアベンチュリンは愛していると断言できる。
そんな溺愛してやまない恋人と、少しの期間会うことが難しくなった。理由は単純明快で、アベンチュリンの仕事が忙しくなってしまったから。少々厄介なプロジェクトがアベンチュリンの元に舞い込んだため、それにしっかり集中して対処をしたいと穹に話した結果、今に至る。
恋人がこうして仕事に対して理解を示してくれるのは純粋に嬉しいし、こちらとしても助かる。けれどあまり聞き分けが良すぎるのもなんだか悲しいな……と、面倒くさい彼氏のようなことを言うアベンチュリンに、穹は小さく笑ってからそっと手を握った。
「会えないのはさびしいけど……仕事してるアベンチュリンも俺は好きだから」
へにゃ、と相好を崩してそんなことを言ってくれる穹に愛しさが止まらず、穹が「苦しい」と言うまで抱きしめてしまったのは仕方のないことだと思う。
穹のその言葉を糧に仕事を頑張っているアベンチュリンだが、やはり少しでも気を抜いてしまうと「穹くんに会いたい……」と呪文のように唱えてしまい部下を困らせる。それを呆れた顔をしたトパーズに見られるのも日常茶飯事だ。
今日も仕事か……と憂鬱な気持ちでベッドから起き上がるアベンチュリンだが、まだ空は薄暗く太陽も昇っていない。出勤の時間はまだまだ先だからこんなに早く起きる必要はないし、なんならアベンチュリンは寝れるなら限界まで寝ていたい、と常に思っているタイプだ。それなのに何故、アベンチュリンが毎日好きでもない早起きをしているか。それは他の誰でもなく、穹に手紙を書くためだった。
穹と会わずにコミュニケーションをとる唯一の方法。もちろん、連絡を取るだけならスマホを使ってもかまわないだろう。でもそれはアベンチュリンが嫌だった。相手は誰よりも何よりも大切にしている恋人。愛を伝えるなら、それ相応の手間をかけて想いを伝えたいと思った。
手紙の内容は日によってさまざまだ。仕事のこと。同僚のこと。知り合いのこと。ゴミケーキのこと。日常のちょっとしたこと。――君に会いたくて会いたくて、たまらないこと。大好きで、大切で、愛していること。
だから今日も、アベンチュリンは朝にペンを手にとる。そして穹への溢れて止まらない恋情を丁寧な文字で綴るのだ。
◇
もぐもぐ。もぐもぐ。
口いっぱいにご飯を詰め込んで頬張っている可愛い末っ子――穹を見て、丹恒となのかは同時に口を開く。どちらも浮かべている表情はとてもやわらかくて、あたたかい。
「詰まらせるなよ」
「もー。穹、ついてる」
「んむっ。なの、ありがと」
「どういたしまして!」
家族のような、大切な仲間との幸せな時間。なのかはこの時間が何よりも好きだし、これからもずっと大事にしていきたいと思っている。
そんなゆっくりとした朝の時間に、入ってくる情報がひとつ。足を一生懸命動かしてこちらに近づいてくるパムが、手に持っている手紙をひらりと揺らした。
「穹! 手紙が来ておるぞ!」
パムが発した言葉にぱっと目を輝かせた穹は、一瞬でパムの手から手紙を奪った。「こら、穹!」と叱るパムの声が、穹にはもう聞こえていないらしい。
「いつも通りアベンチュリンさん?」
「うん!」
心の底から「うれしい!」を表現しているような穹の笑顔に、なのかの気分まで明るくなっていく。なのか達といる時とはまた違う、恋人を想っている時の笑顔。それを引き出せるのはアベンチュリンだけなんだろうな、となのかは無意識のうちに理解していた。
「……よかったね、穹」
手紙をぎゅっと大切そうに抱きしめながらいそいそと自室に戻っていく穹の後ろ姿を見送って、なのかは食事を再開する。いちごジャムを塗ったパンを口に入れながら、二人が付き合い始めた頃のことを思い出す。
アベンチュリンと穹がお付き合いをしたい、と真剣な顔で申し出た時のことは、もう一生忘れないだろう。最初は何かアベンチュリンに一言言ってやろうと思っていたのに、穹の幸せそうな笑顔とアベンチュリンの真面目な顔を見たら、そんな気も失せてしまって。結局、穹のことをちゃんと幸せにできるのなら、と満場一致で二人の交際を認めたのだ。
「……まぁ、もし穹のこと傷つけたり泣かせたりしたら許さないけどね」
「同感だ。そうなったら俺も容赦はしない」
真顔のまま穹への過保護さを爆発させている丹恒が面白くて、なのかは吹き出す。怪訝そうにこちらを見るのはもっと面白いからやめてほしい。
今のところ、というか、きっとこれからもその心配は無用なんだろう。なんせ仕事を優先させたいと言いながら毎日直筆の手紙を送ってくるぐらい、アベンチュリンは穹のことが好きなんだから。
愛すべき列車の末っ子の笑顔が、ずっと守られますように。そう心の中で願ってから、なのかは静かに目を閉じた。