天狗太郎と狐と人間のハーフ院ここは、とある高校の通学路。
眼下の鳥居へと繋がる長い石畳の階段を、承太郎はその巨体をものともせず軽やかに歩みを進め、下りていた。
エルフの一族の娘ホリィが、天狗の貞夫と結婚して生まれたのが承太郎だった。
父親の天狗の血を多く受け継いだため、能力や神通力はほぼ天狗のものであるが、ホリィの持つエルフの超自然的な能力により、承太郎は普通の天狗よりも多くの風を生み出すことが出来た。

この世界では、人間と妖怪が恙なく共存をしている。
とはいえ、妖怪はその異形の姿を人間そっくりに化けることで人間社会に上手に紛れ込んでいるため、人間たちはすぐ側に妖怪が存在しているということにも気付けずにいた。
言葉どおり『共存』を心掛けているため、妖怪たちは悪さをするために人間に化けているわけではない。
人間たちの手によって自然が破壊されるにつれ、妖怪たちの棲家は格段と減ってしまった。
妖怪たちのなかには、やりたい放題の人間に対し憤る者もいたが、人間たちを懲らしめるよりも、人間のふりをして人間社会に溶け込んで共存をした方が生きていくうえではずっと楽だということに、賢い妖怪たちは気がついていた。
妖怪としての誇りを忘れたわけではない。いわば生存競争で生き残るためのやむを得ない手段なのである。
ちなみに、元の能力が高い妖怪ほど、人間に化けた時の見た目は麗しいといわれている。
そうして美しい容姿に惹かれた人間たちは、相手が妖怪だとも知らずに恋に落ちて愛を育み、妖怪の血の混ざった子を成す。そうして彼らはより一層人間社会に深く入り込んでいくのだった。

さて、承太郎の話に戻るが。彼はその神通力の強さから、他者には優しくと幼少の頃より母であるホリィに言われて育ってきた。
その男らしさと美貌に惹かれ、彼にまとわりつく女妖怪どもに囲まれても、「やかましい！　うっとうしいぜ！」と叫ぶだけで、決して手を上げるようなことはない。
そうして今日も、周囲を姦しい女妖怪たちに囲まれながら通学していたのだが、承太郎を巡る小競り合いの末に、一人の女妖怪が運悪く神社の石段より転げ落ちそうになった。
「ちっ！」
承太郎は舌打ちをしながらも、彼女を助けるために背中の翼を大きく羽ばたかせようとした。
が、ここは稲荷神社の境内だ。狐のテリトリーで天狗の力を使うことは躊躇われる。
一瞬迷った結果、承太郎は懐から大団扇を取り出して風を起こし、転がり落ちそうになる女妖怪の身体をふわりと持ち上げると、神通力と別に己の身体能力を活かして高く跳躍をする。
そうして、落下寸前の女妖怪を抱き留めて石段の下まで飛び降りることに成功した承太郎は、やれやれと溜息をつく。
「オイ。はしゃぐのはいいが、足元には気を付けるんだな」
「ジョッ……ジョジョ！　ありがとう……！」
承太郎が注意すると、女妖怪は頬を染めながらうっとりとした眼差しで礼を言う。その様子を石段の上の方から眺めていた他の女妖怪たちは、「キャー！　私もジョジョに助けられたい！」「大団扇で扇がれたい～！」などと好き勝手に黄色い声を上げている。
「やれやれだぜ……」
懲りない様子の女妖怪たちに、承太郎は帽子の鍔に手をやりながら呆れていると、助けた女妖怪が承太郎の足元を見て声を掛ける。
「ジョジョ、膝から血が……！」
見れば膝が破けて血が滲んでいる。どうやら先ほど着地をした時にやってしまったらしい。
「ん？　ああ……これぐらいどうってことないぜ」