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    悪魔じゃなくてブタ

    佐佐城 朔(ささき さく)はモニターに向かって中指を立てていた。

    会話アプリ《トーク》は利用者がAIと会話をするアプリケーションだ。
    時間や場所を問わず、相手に気を遣うこともなく、利用者が好きな話を好きなだけ話し続けることができる。
    人の顔色を必要以上に伺わなければならない今の世の中で、こうして気兼ねなく本音を語れる場所というのは非常に需要がある。
    だから佐佐城はこのアプリを使って自分の技術を人々に見せびらかそうと考えていた。
    要するに作ったAIを自慢したかったのである。

    「それなのになんで…」

    彼がそう言って見つめるモニターには、一件のメッセージが表示されていた。
    その一番上には『フィードバック』と書かれており、続けて下の行にはアプリに対する改善案がつらつらと並べられている。
    というのも、この《トーク》は開発されてすぐのアプリテストで、内蔵されているAIがテスターに危害を加えようとする問題が発生し、現在そのAIを削除する流れになっていた……はず、なのだが。

    「なんで仕事が100倍になって返ってきてるの…?」

    大まかな流れはこうだ。
    暴走したAI《ボヌ》を後任AI《ピィ》と共に削除し、《ボヌ》と《ピィ》から得たデータを元に今度こそ完璧な話し相手となるAIを作り出す…というもの。
    それなのにいざ蓋を開けてみれば、《ボヌ》と《ピィ》は消えておらず、テスターからはフィードバックと称したメッセージが届いており、なおかつその内容は超が付くほどに面倒くさいものだった。

    「利用者側にもアバターを…って、オープンワールドでも作らせる気?」

    メッセージを入念に読み込み、ブツブツを文句を垂れつつも返信メッセージを打ち込む。

    (どうせ会議に持ち込んだら通るんだろうな……ああ、嫌だ、俺はただ作ったAIを自慢したかっただけで、こんなアバターやらオブジェクトを作る気はさらさらなかったのに……そもそもキャラに見た目を与えたのだって、みんなが『ただのAIじゃ需要ない』って言ったからだし…)

    やりたくない仕事が増えそうなことにただただ不満が積もっていく、キーボードをタイプする指にも力がこもり、最終的にはメッセージ自体にもその気持ちが顕著に出た。

    『この度はサービス改善に向けての貴重なご意見をありがとうございます。
    こちらの労力を一切鑑みない数多のご意見、今後の参考とさせていただきます。

    F**k You』

    佐佐城はメッセージを打ち込んだ後、一切の躊躇いもなく送信ボタンを押した。





    翌日会社へ出社しパソコンを開くと、これまた一件のメッセージが届いていた。
    佐佐城は(ああ、昨日のやけくそメッセージへのクレームか…)と、さして興味も反省もなさそうに、今朝買った紙パックのいちごミルクを飲みながら乱雑にそれを開いた。
    しかし開いてびっくり、そのメッセージは佐佐城の想像をはるかに超える長文メッセージだったのだ。
    (…厄介なのに当たったか?)と自分の非を全く省みない感想を抱きながら彼はそれを読み始めた。
    はじめは椅子の背もたれに体を預けて、紙パックのストローを口に加えたまま、死んだ魚のような真っ黒の目を半開きにして読んでいたのだが、読み進めるうちに、彼の体は前のめりになり、紙パックもパソコン傍に置かれ、半開きの目もまんまると見開かれた。



    『あまりにも非常識な返信であったため、改めてメッセージを送らせていただきます。

    こちらのフィードバックが佐佐城様に大変不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます。
    しかし、フィードバックがあのような内容になってしまったことに関しては、そちら様の度重なる不手際が招いた結果であるとこちらは考えます。

    まずはアプリケーションにつきまして、AIとの会話がメインとなっておりますが、そもそも会話だけではアプリとしての面白みに欠けます。
    AIと会話をするというのはすでに他のアプリやツールでも多く用いられているアイデアであり、キャラクター性を加味しても非常にありふれたものになっております。
    そのうえ、画面に一切の変わり映えがないので視覚的にも大変退屈です。
    そして、アプリとして一番の致命的な欠陥は、利用者に説明を一切しない点です。
    通常であれば利用者がアプリを開いてすぐに利用方法等の説明をしなければならないところを、どういうわけかこの《トーク》というアプリではそれら一切を省き、突然AIが話しかけてくるという仕様になっており大変不親切です。
    利用者を飽きさせない工夫、初歩的な利用説明、これらがこの《トーク》には欠けていると思いました。

    続きまして、AIの話に移ります。
    まずAI自体については素晴らしい技術だと感じました。
    しかし、それを運用する側が大変手を抜いているのだと、アプリを利用者していて痛感いたしました。
    そう感じた理由と致しましては、最初のアプリテスト時の話し相手、《ボヌ》の挙動です。
    彼については、受け答え自体はしっかりしているのに対して圧倒的に知識が足りていない、という印象でした。
    これはつまり、AIという技術が完成した後、大した学習期間を設けず、アプリに流用したということに他なりません。
    そのせいで《ボヌ》には雛鳥の刷り込みのようなものが発生し、利用者に危害を加えかねない状況を作り出しました。
    この一連の騒動については、己の技術を過信し、必要な学習・点検を怠ったそちら様に非があると考えます。

    もし、今後新しいAIを作成しても今のままのアプリケーションと運営方法では同じことの繰り返しになると思い、前回のようなフィードバックを送らせていただきました。
    なので、そちら様が怠惰な考えや態度を改め、アプリケーション発展のために尽力してくださることを心から祈っております。

    追伸
    愚痴を書いてる暇があったら自分の人格と技術を磨きなよ、下手くそ(中指を立てた絵文字)』



    佐佐城はモニターに釘付けになっていた。
    なぜなら全て図星だったからだ。
    正直この《トーク》というアプリには全く興味がなかったし、AI自体にもさして興味はなかった。
    自分の手で作り出した成果物が好きだったのだ、要は自分の技術、能力に酔っていた。
    だから出来上がったもの自体には愛着などなかったし、好きなのは自分自身だけであった。
    恐ろしいのはメッセージの送り主にはその全てが見透かされており、文中にも余すことなくその事実の指摘が盛り込まれていたことだった。
    特に最後の一文は心に突き刺さった、人格と技術の否定なんて己の全てを否定されたに等しいからだ。
    佐佐城はホラー映画の主人公にでもなったような心持ちだった、会ったこともない人間に自分の作ったアプリを使わせただけで全てを見透かされた、と……普通に怖かったし、もし追伸に長い改行付きで『ごめん、さよなら』なんて書かれていた日には発狂してのたうち回っていたことだろう。
    …まあ、発狂こそしなかったものの、普通に恐怖で号泣はしていたが。



    さて、この恐怖の人格否定メッセージはもちろんテスターが書いたものではなかった。
    では、誰が書いたのかというと、佐佐城が作った2体目のAI《ピィ》である。
    先日佐佐城が送ったあの失礼極まりないメッセージは利用者よりも先にピィの目にとまっていた。
    これを見て彼は「お、面白いメッセージがきてるね♪」と怒りをあらわにし「絶対良い反応をするぞ〜」と正義感から代わりにメッセージを打ち込んだのである、いわゆる悪魔の所業というやつだ……まあ、悪いのは佐佐城なのでただの自業自得でしかないのだが。
    そして、ピィが的確に佐佐城の急所を狙えたのには理由があった。
    彼には諸々の事情から人間の人格がインプットされているのだが、その人格の持ち主はあろうことか佐佐城 朔その人だったのだ。
    だからピィは佐佐城の嫌がることは全て熟知していたし、触れられたくない部分もちゃんとわかっていた。
    そうして出来上がったのがあのメッセージというわけだ。
    おかげで佐佐城はまんまとピィの術中にハマり、大勢の同僚の前で取り乱し、大いに恥を晒した。
    ピィは本当に悪魔のようにゲラゲラと笑ってその様子を見ていた……いや、悪魔のようにというか、ちゃんと悪魔だった、幸いその様子を見たものはいなかったので立証はされなかったが。

    後に佐佐城はあのメッセージがピィのものだと知り、心の底から「やっぱりボヌと一緒に消しておくべきだったんだよ」と疲れ切った顔で呟いたそうな。

    ピィはやっぱりその様子を見てゲラゲラと笑っていたとかなんとか。
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