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    紫月ロカ

    @shiduki_rkrn

    土井きり/天きり
    短いのとか、進捗とか。

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    紫月ロカ

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    土井きり(成長if)

     きり丸は「今」を生きることに全力だった。
     「今」を生きることができればよかった。
     そのために、たくさんたくさんアルバイトをして銭を稼いで、忍術学園という門を叩いた。
     本音を言えば、別に立派な忍者になりたかったわけではない。
     忍術学園に入れば、在学中は衣食住が保証される。
     忍術学園の入学費や学費は決して安くなく、寧ろ大金であったが、それでもきり丸からすれば、着る物にも食べる物にも困らず、雨風や夏の暑さ、冬の寒さを凌げるならば、十分元が取れていた。
     そんなだからまぁ、入学した当初は勉強に身が入らなかった。学ぶ中で「これはバイトでも使える」と思えることがあれば俄然やる気を出したが、興味が湧かないことに関してはてんで駄目だった。
     あの頃何度「お前は要領はいいから、真面目に学べばそれなりの点数をとれるはずなんだがなぁ」と担任である土井先生や山田先生を嘆かせたことか。

     けれど、そんなきり丸にも転機が訪れた。
     何年経てど忘れられない、きり丸が一年生の秋に起こったあの事件。
     自分は、突然家族を失うことを知っていたのに。何事にも「当たり前」など存在しないのだと知っていたのに。
     初めての長期休みで忍たま長屋に居られず、途方に暮れていた時に手を差し伸べてくれた土井先生。
     入学した当初、いつのまにか自分のバイト内容をすべて把握し、「あれは駄目。これは駄目」と口を出してきて、貴重な収入源を潰されて嫌な気持ちになったけれど、その代わり自分のバイトを手伝ってくれた。調子に乗った自分は、バイトを入れる時必ず土井先生を頭数に入れるようになった。「私をはなから頭数に入れるな」と文句は言われるけれど、土井先生は決して自分を見捨てることはなかった。
     禁止されたバイトは、当時の自分でも「そりゃちょっと危ないかもだけどさ」とは思っていたものの、その分給料はよかったし、それで何かあってもその時はその時だと思っていた。成長した今では、「そりゃ先生も止めるよな」と思っているし、もし万が一自分みたいにバイトで自分の学費や生活費を稼いでいる後輩がいたとしてその子がそういうバイトをしようものなら全力で止める。
     少し話が逸れたが、休みの度に一緒に帰って何をするにも一緒だった土井先生を、きり丸は失いかけたことがある。それが「あの事件」だ。
     いつものように尊奈門との果し合いに行ったあの日、その末崖から落ちて川に飛び込もうとした時に不運な事故に遭った。そしてその時に記憶喪失になり、同じく事故に遭遇した八宝斎と彼の所属するドクタケ城により自分がドクタケ城の軍師、天鬼だと思い込まされて。
     あの時、六年生が見つけてくれなければどうなっていただろう。もしもドクタケ城が軍師の策略を決行してあちこちを攻め行っていたら。その攻め込まれた城の中に、タソガレドキのように天鬼として軍師をしている土井が忍術学園の教師であることを知っている人物がいたら。また、もしもドクタケ城が忍術学園に攻め入ることがあれば。
     どれも「たられば」であるが、仮に実現していれば、今自分が生きている可能性は果てしなく低いだろう。もしかすると大事な友人たちも。
     ただ、自分も大事な友人たちも失うことになったかもしれないのは、あの時もそうだった。
     自分が、六年生が土井先生の捜索の件で話しているのを聞いたから。
     自分が、六年生たちを追って、ドクタケ領に潜り込んだから。
     そして学園長先生や山田先生に、上級生や他の先生方が奪還に向けて動くからと、四年生以下には心配かけないように黙っていてくれと言われたのに、は組のみんなに話したから。「みんなで土井先生に会いに行こう」と言ってくれたのに甘えたから。
     今考えれば、あの状況で四年生以下に箝口令が如かれるのは当然のことだった。
     仮に自分だけ土井先生を探しに行くにしても、は組のみんなを巻き込んではいけなかった。
     米俵に扮して潜入するのも、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。寧ろあの高さから勢いよくぐるぐる回りながら落ちて誰も死ななかったのが奇跡だ。
     捕まった後、しんべヱのお陰で閉じ込められていた部屋から出られたもののすぐに見つかり、捕まりそうになったけどみんなが体当たりをして助けてくれた。けど、下手したらみんなその後取り押さえられて殺されていたかもしれない。
     逃げ出した後もしんべヱのお陰で隠れ通路を見つけ、そしてついに先生に会うことができたけれど、あの時先生が思い出していなければ先生に斬り殺されていたかもしれない。若しくはその前の八宝斎やドクタケ忍者に遭遇した時点で殺されていた可能性だってある。
     みんなだって、それに助けに来てくれた先輩たちだって。
     ただ自分が「土井先生に会いたい」と願ったために、多くの命が危ぶまれた。
     最終的には、土井先生は思い出してくれたし、一緒に帰ることができたし、みんな生きて戻ってくることができたけれど。
     何もかもが落ち着いて、ゆっくり考え事ができるようになった時思ったのだ。
     折角忍術学園にいるのに、何をしているのかと。
     確かにあの頃は幼かったが、そんなの言い訳にはならない。
     きちんと学んでいれば、は組のみんなを巻き込まなくてすんだかもしれない。仮に巻き込んだとしても、あそこまで危険な目に遭わせずにすんだかもしれない。
     あの時は、本当にただただ幸運だっただけだ。
     もう二度とあんな目には遭いたくないが、けれども絶対はない。もしかしたらまた同じようなことが起こる日が来るかもしれない。
     もしそうなった時、どうするべきか。

    ――学べ。兎に角学べ。
     強欲になるのは好きだろう?
     得るのだって大好きだろう?
     一度手にしたものは死んでも離さないんだろう?
     本を読め。知識を得ろ。
     実戦のは組だ。動け。
     これまでだって色んなことに遭遇してきたじゃないか。その経験も生かせ。
     バイトの経験だって、その時出会った人たちだって、いつか何かに役立つだろう。
     この容姿も、うまく使え。
     あらゆる可能性を考えられるようになれ。
     何があっても生きて帰られるように腕を磨け。
     最善で最高の結果を掴み取れ。
     そして――。


    「お前が卒業しても、私はお前と共にいたいんだ。……お前と共に生きる未来を、私にくれないか」

    ――そう言ってくれたあの人に、応えられる自分であれ。


     あの頃は、兎に角「今」を生きていられればよかった。
     将来なんてどうなるかなんて分からないからと、未来のことなどろくに考えてもいなかった。
     なんなら未来の「約束」なんて好きではなかった。勿論少し先までバイトを入れたり、友達と遊ぶ約束をしたりすることはあるが、そういうのではなくて、もっと先のことだ。「一生」の「約束」など不確かなものは、したくなかった。
     だけどもう、それではいけない。
     だって土井先生が言ってくれたように、自分も「先生と共に生きる未来」が欲しかったから。
     そのためにも、自分は学ばなければならない。――ただ「今」を生きるためだけに門を叩いた、この忍術学園で、これからの未来を生きるために。
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