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    健全な俺モス

    #hustプラス

    鼻を通り抜ける酸味に芳醇な赤、ザクロジュースを飲むとぼんやりとある男のことを思い出す。

    「メデイモスさま、柘榴の皮は食べてはいけませんよ」
    どのような声色をしていたかは既に忘れてしまった。ただ何度も繰り返されたその言葉だけは今も耳に残っている。
    王宮の料理人のとある男。俺に、ザクロジュースにミルクを入れることを教えた男。
    料理人として働く彼に妙に懐いた俺は、まるで親について行く雛鳥のように暇さえあれば必ず彼の元に足を運び時間を潰した。彼は一介の料理人であったので、今思えば王子である俺を邪険に出来なかっただけかもしれない。それでも「秘密ですからね」なんて言って夕食のデザートのつまみ食いをさせるのだから彼には人を甘やかす癖があったのだろう。そんなところが好ましかった。あまりにも俺が彼に懐くものだから、母がメデイモスをよろしくねと彼と話していたのを思い出す。

    ある時彼は得意気な顔をして俺が来るのを待っていた。「メデイモスさま、今日は俺の取っておきをお教えします」そう言ってテキパキと袋いっぱいのザクロを取り出した。彼が割ったザクロは、中の粒がきらきらと光を反射して、まるで小さな宝石箱みたいに見えた。
    そんな宝石を節くれだった手でひとつひとつ取り出す彼をぼんやり見ていると、やってみますかと声がした。粒に手をかけてぐっと力をかけるとつぷりと音を立てて汁が彼の方に飛び出した。彼の頬を流れる液を指で拭って口に含むと、爽やかな酸味が口に広がって、その後果実本来の甘みが口を満たした。「ね、美味しいでしょう?」と微笑む彼にうんと返事をして頷いた。
    その後は彼がザクロを絞って、6分目までコップに入れた。「メデイモスさま、これからが本番ですからね」と言いながら、彼はミルクを取り出してそっと注いだ。コップの壁伝いに流れていくミルクはザクロジュースと層を作って、見事に2色に別れていた。彼がにっこりと笑みを浮かべたのを見て1口飲んでみる。ミルクの甘さの後に通るザクロが、また先程とは違って美味しかった。
    「うまい」
    そういえば彼は「そうでしょう!」と息を荒らげた。彼が後片付けをしている間に他の料理人が戻ってきた。
    「あなた、またザクロジュースにミルクを入れたの?」とくすくす笑った。彼の趣味は周囲に理解されていないようだ。
    「メデイモスさま。彼、全て料理の隠し味にミルクを使おうとするんですよ」
    「うるさい、美味しいからいいんだよ。なぁ、メデイモスさま」
    2人は仲睦まじく声を上げて笑っていたが、どうにもそれが気に入らなかった。嫌なことを思い出した。今だってどうしてそれが気に入らなかったのか分からない。

    しかし幸福な時間というのは長くは続かないものだ。子供特有の好奇心が破滅に導いた。
    やるなと言われればやりたくなるものだ。飽きるほど言われた、ザクロの皮を食べるなという言葉に反抗したくなったのだ。偶然、その思いつきを止めるものは誰もいなかった。
    1口齧ってみると、とても苦くて食べれたものでは無かった。それでも1度口に含んだものを吐き出すのはどうなのかといらないプライドが邪魔をして、何とかごくりと飲み込んだ。飲み込んでしまった。
    次第に訪れる不快感、目眩と吐き気。誰もいない調理室で、1人目を瞑った。霞む意識のなか、彼の慌てた声が聞こえたような気がした。


    3日ほどたって寝台から離れた時、彼はどこにもいなかった。ふらつく足で調理室に駆け込む。あの時の彼の同僚に、彼奴はどこだと聞けば、バツの悪そうな顔をしたあと「彼は仕事を辞めたみたいです」と言っていた。どうして俺に何も言わず辞めていったのか!最初に抱いたのは憤慨だったが、使用人が「あの料理人は良かったな、首が飛ばなくてすんで。」と話していたのを耳にして、何となく察した。その後母があの料理人の話をぴたりとやめたことで自分のせいで彼が居なくなったのだと気付いた。幸運だったのは彼がおそらくまだ生きているだろうということか、それも聞いた話に過ぎないが。

    それからは彼のことを考えてばかりいた。自分があんなことしなければという後悔と、ひょっとしたらまた戻ってくるのではという子供ながらの楽観的思考。しかし彼は俺がクレムノスを出るまで帰ってくることは無かった。

    やはり記憶とは薄らいで行くもので、あれほど後ろを着いて回ったはずなのに思い出せるのはこの記憶達だけだ。大切に思うような、一方で早く忘れてしまいたいような、なんとも言い難い想い。もう、彼の声も顔も思い出せはしないけれど、たった一つ、あの言葉だけを今でも覚えている。

    そして暫くして、俺はメデイモスからモーディスになった。
    聖都の端の端。ぽつりぽつりと家が立ち並ぶこの場所で、木になる赤い実をみた。それはかつて、彼が麻袋から取り出したのを見たきりだったからこのように生えるものなのだとは知らなかった。彼が居なくなった日から、何となくこの赤い実を避け続けていたから。液体として摂取しているのだからなんとも不誠実な契りだけれども。

    その日はたまたま、どうしようもなくむしゃくしゃとしていて、呑気に射す陽光に腹が立った。やりきれない感情は人を自暴自棄にさせる。
    時計回りに回しただけで中身が減らないグラスを見ると、どこからともなくあの日の反抗心が芽生えた。

    心配して欲しかったのか、それとも慰めて欲しかった?構って欲しかっただけだとしたら笑える。

    あのザクロの木の前に立つ。ぶちりと実を取って、軽く表面を拭った。
    みずみずしいと主張する果皮に映る自分の影を見て馬鹿らしくなった。それでも引き返せないあの日と同じプライドで、皮ごとそれを口に含もうとした。

    しようとした、と言ったのは出来なかったから。
    動かす手は節の目立つ手に止められた。


    「柘榴の皮を食べてはいけませんとあれほど言いましたでしょう。メデイモスさま。」
    目の前の男はにこりと微笑んで、妙に耳馴染みのいい声を発した。

    「大きくなりましたねぇ。」
    腕を抑えていた右手がそのまま頭に伸びて、さらりと髪を撫でた。子供扱いをするなと言いそうになって、やめた。彼の中で俺はあの日のメデイモスのままで、流してきた血の濁りも知らないのだから。

    身を寄せて肩に頭を乗せて手を回せば、同じ温もりが返ってくる。果実の香りが胸を満たしたから、喧しい思いは居場所を無くして消えて無くなった。

    頬を流れる一筋の流星が、かつての嫉妬の理由を説明した。
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