“ただのマッサージ”ですよ「司令、お疲れ様です」
「あぁ」
僕はコーヒー片手に司令室に入ると、ビスタの席に座って複数のモニターを見つめながら仕事を捌いている司令に声をかけた。
「そろそろ休憩したらどうですか?」
机にコーヒーを置く、司令の分だ。
司令はブラックは飲まないので、ミルクと砂糖を入れてある。
「そうだな、キリのいい所までいったら今日は上がるよ」
僕の方を見ずに司令はつぶやく。
今は…司令室に僕と司令2人のみ…
「司令、お疲れでしょうから、僕がマッサージして差し上げますよ」
「は?いや…いい、お前のは…」
言いかけて詰まる。その後に言おうとした事は大体分かっている、言おうとして言葉に詰まった理由も僕には分かる。
そして、押せば無理に断ってこないと言う事も…分かる。
「まぁまぁ、遠慮しないで下さい。あ、司令はそのまま仕事続けてもらって大丈夫なんで」
ボタンを押して素早く司令室の椅子の背面部分を折り畳む。
この椅子は左右背後が動き、寝転べるようにもなるのがいい所だ。
そのまま司令の背後に立って両肩に手を置くと、振り向かずモニターを見続けている司令から小さな舌打ちのような音が聞こえた。
「おい、背もたれがなくなったら座りにくいだろ…」
「僕にもたれてもらっていいですよ」
返事はなく、もたれてくる事もなく、呆れを含む溜息だけが聞こえてくる。
司令が僕に身を任せるなんて事はないのも分かっている、そう、それでこそ司令だ…むしろ、抵抗の意思がある方がそそる…
自分の口端がつり上がるのを感じながら、しかし今は司令からは見えないので、隠す必要性はない。
ゆるむ口元をそのままに、僕はやんわりと肩に置いた手を動かし出した。
「素体もたまにはほぐしてあげないとガチガチになりますよ、司令の素体若くないんですから」
「司令官として相応しい姿でって事で若い素体は使えないんだよ…」
「知ってますよ、だから素体もちゃんとメンテナンスしましょう」
「はぁ…間に合ってるよ」
そんな雑談をしながら、親指に力を入れて少し押し込むようにしながら肩の後ろを強弱をつけながら撫でる。
少し司令の肩がピクリと動く、がしかし声は出さず振り返りもしない。
続けて、親指以外の4本の指も少し立てて、じわりと力を入れながら肩の前全体をなぞる。
「んっ…」
先程より大きめにビクついた司令が小さく声を上げた。
「あ、痛かったですか?すみません」
「いや、大丈夫だ…」
そう、痛くはない、そんな事は僕にも分かっている。“痛くはしていない“のだから…
だが司令に口は開かせたい、だからわざと聞いてやる。
それから、少しの間強すぎない力加減で、指先のみに力を入れながらゆっくりと肩全体を揉みほぐした。
時折司令の身体に力が入り、肩がピクリと震える。
何に耐えているのかは一目瞭然だ。何故なら、僕から丸見えのうなじに鳥肌が立っているから。
嗚呼…今司令はどんな顔をしているのだろうか…想像するだけで口元が緩んでしまう。
今すぐ覗き込んでからかってやりたい所だが、それは後のお楽しみだ…
今は…そうだな……僕は屈んで司令の耳元に口を寄せ、わざと息がかかるように囁いた。
「司令、気持ちいいですか?」
「ッッ…!」
目に見えて肩を跳ねさせた司令に思わずフフッと笑みがこぼれてしまう。
「お前っ…!そう言うのやめろ…!」
「そう言うのとは?」
「っ〜〜…!」
「ねぇ、ちゃんと答えて下さいよ、じゃないと正解かどうか分かりません。気持ちいいですか?」
「ッ…!」
なかなか答えてくれない、この葛藤している司令もまた良し…
「気持ちいい」とは言いたくない、そう、“違う意味に”意識してしまうから。
「あぁ」とか一言で肯定する事もしない、これはおそらく、”僕に触られてこの感覚を得ている事“を肯定したくないから。
さぁ…なんて答えるのか…それとも黙り込むのか…
「い、痛くはない…」
「良かったです」
成る程、別の事で返す、さすがですね司令、無駄に抗っている事が分かるいい反応です。
「しかし…仕事のスピード落ちてません?」
「さ、触られてたら集中できないんだよ…!」
「へぇ、司令は触られてたら集中できないんですか?」
「いや普通そうだろう!…え、違うのか?」
「さぁ、どうでしょう」
少し振り返って驚きの顔を見せてきた司令に満面の笑みで返した。
そりゃあ、ゾワゾワする感覚を与えられていたら集中はできないでしょうねぇ…なんせ後ろにいるのは僕ですし…と言う事は分かっているのだが、知らないふりをする。
さて、しかしそろそろ「仕事効率が落ちる」と言うのを理由に振り払われかねないので、仕上げにかかる。
僕は、運営服から覗く司令の首筋に、上からスルリと右手を這わした。
「ひぁっ…!!」
僕の手から逃げるように肩をすくめながら悲鳴を上げる。嗚呼…かわいい、その反応が見たかった。
「ちょっどこに手を…!」
「いや、首も凝ってるかなと思いまして」
「凝っていないからそこはいい!」
「そんな事ないと思いますよ?司令は立ち仕事な上にモニターばかり見ていますから」
そう、僕は…と言うかオペレーター全員知っている、司令は首が弱いと言う事を。
逃げられないように反対側の肩を押さえながら、首の後ろを揉みほぐすように触る。
指を動かす際、一瞬力を抜いてスゥと首筋に指を這わす動作も入れる。
その強弱の刺激に司令の身体がビクビクと小刻みに震える。
「ふっ…!ぅっ…!」
嗚呼…耳まで真っ赤にさせて耐えるその姿、あまりにかわいいな…
「感じてしまっている事」を悟られないように必死に隠そうとして、「やめろ」と無理に拒否すれば怪しまれるからそれもしない。
一番最初無理に断ってこなかったのも、大方この理由だろう事も読めている。
「自分は敏感ではない、マッサージくらい誰にされても平気だ」と意地を張っている…
がしかし…バレバレなんですよ司令…誰がどう見てもこれはバレる。
あの鈍いアドニス相手でもバレる。
でも必死に耐える姿を見たいので、気付かないフリをする。
「ほら、かなりガチガチじゃないですか、ちゃんとほぐしといた方がいいですよ」
「もっ…もぅ…いい…!」
ま、ガチガチなのは司令が快感に耐えるために身体に力入れてるからなんだが…
「ふふ…何故そんな遠慮するんですか?息が上がっていますが、大丈夫ですか?」
そう言いながら、僕は後ろから司令の首筋に右手を這わせつつ顎を撫で、左手で背中をさするようにしながら、指全体を立ててツゥと左側の背筋を下向きに撫でた。
「うぁッ…!」
堪らず身をそらせながら、僕の右手を掴んでくる司令。
「やめろ馬鹿!」
振り向いたその表情は、困った顔と怒った顔を足して2で割ったような表情を火照らせた感じだ。
嗚呼…いい…最高の表情だ…
「随分と顔と耳が赤いですが…熱でもありますか?」
「おっ…お前のせいだろうが!」
「成る程…僕の指がそんなに“気持ち良かった”んですね?」
僕はにっこりと微笑む。
「いや違う、そうではない…!」
「そうですか?では何故…“ココ”がこんな事になってるんですか…?」
下半身に目を落とし、座っている司令の、膨らみかけている中心に後ろからスルリと手を這わせた。
「ッッッ……!!」
声にならない悲鳴をあげながら勢い良く立ち上がった司令は慌てて僕から距離を取ると、腕で顔を隠すようにしながら眉を吊り上げた真っ赤な顔で睨んできた。
「だから嫌なんだよお前のマッサージは…!」
それだけ言い放ちながら、司令は司令室から逃げるように去っていった。
「最高の褒め言葉でございます」
ゆるむ口元を抑える事なく、司令の後ろ姿に笑みを向けた。
本当にからかい甲斐のある上司だ…今日もかわいい映像が録画できた…これは、2人には秘密にして僕のコレクションにするとしよう。
机には、少し冷めたミルクと砂糖入りのコーヒーだけが残された。
END