まだ付き合ってないと周りは思ってる「文次郎、行くぞ!」
とある忍術学園の休みの日。池で寝た後、部屋に戻ると女装をした同室が待ち構えていた。
「どこへだ?」
「決まっているだろう!買い物だ。さっさと着替えて門の前まで来い」
「待て、俺は行くとは一言も言ってな……」
「早くするんだぞ。着替える前に湯に入ってこい。絶対だからな」
そう言い残してさっさと部屋を出ていく。俺の意見など聞きもしない。行かないという選択肢もあるがそうすると後が怖い。仕方なく風呂場へと向かった。
***
「なんでてめぇがここにいる!」
「それはこっちのセリフだ!」
言われた通り風呂に入り、門まで行くと見慣れた後ろ姿。思わず条件反射で喧嘩を売ってしまう。その隣には仙蔵と同じように女装した伊作の姿。化粧の仕方を見るに仙蔵がやってやったのだろう。
「遅いぞ文次郎!さっさと行くぞ」
仙蔵はそれだけ言うとさっさと歩いて行く。
「おっ、おい」
慌ててついて行くと後ろから留三郎と伊作もついてきた。
「なんでてめぇもついて来るんだ!」
「うるせぇ!俺も伊作に誘われたんだよ!」
「ごめんね文次郎。僕が留三郎を誘ったんだ」
申し訳なさそうな伊作に俺は何も言えなくなる。
「伊作は私が誘ったんだ。ほらさっさと行くぞ」
先を歩いていた仙蔵が振り返って言ってくる。
「最初からそう言え!」
「貴様が遅いのが悪い。それと今日の私は仙子だ。間違えるなよ。留三郎、お前もだ」
「そういう訳なんだ。すまない留三郎」
「気にするな。それより今日は何を買いに行くんだ?」
「仙蔵に着物を見立ててもらうんだ。ほら僕の女装用の着物はこの前の実習でダメになってしまったから」
チラリと後ろの伊作を見ると確かに伊作が着るような柄ではない。仙蔵が貸したのだろう。
「仙蔵」
先を歩く仙蔵に声をかけるが振り向く気配はない。
「仙子」
「なに?」
「どの店に行くんだ?」
とりあえず駆け寄って隣まで行き今日の行き先を尋ねる。
「市場の奥の店よ。あそこならいさ子に似合う着物もあると思って」
「そうか」
後ろからは天然物のバカップルの会話が聞こえてくる。
「かんざしもせんぞ……仙子のやつか?」
「うん。似合わないよね……」
「そ、そんなことはないぞ!いさ子のふわふわの髪によくあってる」
「ほんと!?」
「あっ、あぁ」
素であの会話。本当にどこぞの恋人同士にしか見えない。実習のときよりも恋人同士に見える。そんなことを考えていると人が徐々に多くなってくる。市場に入ったのだ。
「そこの綺麗なお人、こちらの髪留めなんかどうだい?」
仙蔵はすぐにその手の店の人間から声をかけられる。それほど女装が合っているのだろう。
「ごめんなさい、今は主人と先を急ぐので」
そう返して仙蔵が俺の腕にするりと手をやる。
「お熱いね〜またご贔屓に〜」
店主も深追いはしてこない。後ろの留三郎たちにも声をかけようとしていたが、二人の世界に入りかけているのを見てやめていた。
「あなた」
呼び慣れない呼びかけに心臓が跳ねる。
「よそ見なんてしないでください」
本当に仙蔵かと思うほどなりきっていて少し寒気がした。そんな考えも見抜かれたのか見えないところで足を蹴られる。
「す、すまない」
人並みを抜けると仙蔵の行きたかった店に着いた。
「いらっしゃい。今日は何をお求めで?」
入ると気前の良さげな主人が挨拶をしてくる。
「この子に合う着物を探しにきましたの」
「この子?どの子だい?」
仙蔵の言葉に主人は不思議そうな顔をする。パッと後ろを振り向くと留三郎たちがいない。急いで店の外を見ると、遠くの方で伊作が石に躓いて転び留三郎が助けているところが人の間から見えた。店に戻ってすぐに主人に告げる。
「すまない。連れはもう少しかかりそうだ。代わりにいくつか帯を見せてもらいたいのだが……」
「帯ね。ちょっと待っててくださいね」
主人がどこかへ行った隙に仙蔵が睨みつけてくる。
「おいっ……私は今日何も買わないぞ!」
小声で文句も飛んでくる。
「お前じゃなくて俺が買うんだ」
「はぁ?お前も女装の実習があるのか?」
怪訝そうな顔の仙蔵。
「お客さん、この辺りの帯はどうだい?」
主人が戻ってきて幾つかの帯を見せてくる。その中の一つが目にとまる。
「仙子、これなんてどうだ?」
仙蔵は女装の実習や任務が多い。故に衣裳持ちだ。しかしつい最近よく使っていた帯が直せないほどボロボロになっていた。原因は先日、仙蔵が一人で行った任務らしいが詳しい原因は知らない。しかし結果はよくなかったのか少し落ち込んでいた。そしてそのとき、付けていた帯もボロボロになった。
「この帯ならあの着物にも合うと思う」
仙蔵の目の前にグイッと出してやるとプイッと横を向かれた。
「……お前にしてはいい趣味だな」
「決まりだな。これを一つくれ」
「はいよ」
代金を払っているとようやく留三郎たちが追いついてきた。
「お待たせ!仙子!」
「すまない遅くなった」
「予想通りだ」
さっきまでの恥ずかしげな顔はすでにどこへやら。
「もう何か買ったの?」
目ざとく伊作が俺の手にある帯を見てくる。
「帯をな」
「もしかして文次郎が買ってくれたのかい?」
「……そうだ」
小さい声で肯定の声が聞こえてくる。仙蔵の顔は白粉の上からでも分かるほど赤くなっていた。そんな仙蔵の様子に伊作と留三郎がニヤニヤした顔でこちらを見てきた。
――留三郎は後で殴ると決めた。