剣道部の留三郎くん今日は道場で練習試合が行われていた。僕は委員会の活動でたまたま道場の前を通った。激しい気迫が渡り廊下の外まで溢れてくる。入り口では何人かの女の子達が試合を見ていた。その間から中を覗くと、ちょうど留三郎が試合を始めたところだった。激しい打ち合いは長くは続かず、勝敗はすぐに決まった。留三郎の勝ちだった。礼をして、留三郎は面を脱ぐ。留三郎の顔が見えた瞬間、小さな黄色悲鳴が上がった。
「食満先輩ってかっこいいよね」
「ねぇ〜噂によると料理とかも上手らしいよ」
「あと優しいって同じ委員会の子が言ってた!」
確かに留三郎はかっこいいし、料理もうまい。それにとっても優しくていつだって僕に元気をくれる。けどそんな姿を僕以外が知っているのは少しだけ面白くない。モヤモヤした気持ちを抱えたまま委員会に戻ろうとしたときだった。
「こっちに来るよ!」
後ろを向いた瞬間に女の子たちが色めき立つ。
「伊作!」
後ろから話の中心人物が僕に呼びかけてきた。
「と、留三郎……」
汗で少しだけ濡れた髪。整った顔とそれでも失わぬ爽やかさがおそらくかっこいいと言われる要因の一つなのだろう。確かにこんな姿で近くに来られたらドキドキしてしまう。僕だってそうだ。
「委員会か?」
「う、うん」
「なら一緒に帰ろう。六時くらいに保健室に行くから」
「分かった」
それだけ言うと僕は足早に保健室に向かって歩いていく。留三郎の方を見れなくてどんどん歩いていくと、渡り廊下を曲がった瞬間に転ぶ。これはいつものこと。すぐに立ち上がってまた保健室に向かう。保健室に戻ると新野先生がきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「善法寺くん、どうしたのですか?」
「な、なんでもないです!」
それだけ言って僕は新野先生から日誌を預かる。ドキドキしたままの胸に鎮まれと言い聞かせて当番日誌を書き始めた。
***
「失礼します。新野先生、伊作はいますか?」
「食満くんですか。伊作くんなら奥で整理をしてもらってますよ」
「ありがとうございます」
保健室の奥、委員以外は立ち入らない棚の整理をしていると留三郎がやってきたのが分かった。
「伊作、終わりそうか?」
「もうちょっとかかるかも。先に帰ってもいいよ」
「一緒に帰るって言っただろう。ここに入れればいいのか?」
「う、うん」
黙々と二人で作業をする。留三郎から漂う汗と制汗剤の香り。さっきまで小さかった心音が大きくなっていくのが分かる。
「これで最後か?」
「うん。ありがとう留三郎」
「気にするな。さぁ帰ろう」
二人で奥から出てくると新野先生が待っていてくれた。
「遅くまでありがとうございました。気をつけて帰りなさい」
「はい。先生さようなら」
「さようなら」
「はい、さようなら。また明日」
そうして二人で保健室を出る。昇降口までくると窓ガラスから西日が差し込んでいた、といってもすでに半分以上沈んでおり、あたりは暗くなってきている。留三郎は自転車を押しながら、僕はその隣を歩いていた。
「留三郎、明日も部活?」
「明日は別の学校との練習試合だ。明後日は休みだ」
「そっか」
たわいもない会話をしながら帰る。一緒に帰るときは小さいときからずっとそうだ。そうこうしていると互いの家に着く。といっても隣同士だから本当にギリギリまで一緒なのだが。
「じゃあまた明日」
「また明日ね」