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    BfBru2knaS7308

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    無理やり恋愛感情捏造してるし最終的にくっつくから気をつけろ

    北斗くんに恋愛感情捏造した上で遊園地に行く話1〜31.遊園地に行こう

     アイドルグループ『Trickstar』のリーダー氷鷹北斗はこの日、寮の中で意中の先輩アイドルが一人で立っているのを見かけ、これ幸いと駆け寄った。相手は紅茶を淹れようとしていたのか、茶葉の缶を手に共用キッチンの前にいた。北斗に目に止めると「おはよう北斗くん」と微笑んで、そのまま作業に戻ろうとする。
     北斗が巴先輩と呼ぶその人は、下の名前を日和と言った。北斗は日和の、高級そうな茶葉の缶を持っている方の手をむんずと掴んだ。
    「巴先輩、好きだ」
    「えっ何?」
    「前から告白しようと思っていたんだが」
    日和が混乱した顔で北斗に向き直ったので、北斗はもう一度、顔は冷静さを保ったまま繰り返した。
    「好きだ。思いが止まらないので伝えたが、この後俺はどうするべきだろうか?」
    しかしなんと、北斗の方も若干混乱しているのだった。
    「告白した相手に聞くことじゃないよねそれ⁉︎」
    当然、相手からは焦ったツッコミが返ってくる。
    「えっえっ何? そんな気持ち秘めていたの?」
    「ああ好きだ。ひとまず受け止めてもらえたようでほっとしている」
    「全然受け止めてないから!」
    「分かった巴先輩、今度一緒に遊園地へ行かないか?」
    「受け止めてないから! 次の球投げるのやめて」
    相手は相変わらず混乱しているようだ。北斗は少し冷静になって先輩を宥めることにした。
    「だから分かったと言ってるだろう。ひとまず俺の告白で先輩を困惑させてしまったことはよく理解できた。だからこその遊園地だ」
    「……ああ、もう、いいね。とりあえず話を続けて」
    日和の方は、そもそも素の状態から北斗は天然ぶりがひどい時があるのを思い返し、ため息をついた。
    「前にプロデューサーと、俺をフィーチャーした単独ライブを一緒に企画した時、俺はあいつを一日遊びに誘った。俺のことをよく知ってもらうためだ。同じように、まずは俺の言葉や思いをじっくり咀嚼してもらうために、先輩をデートに誘おうかと思う」
    「この忙しいぼくを捕まえてデートねえ……ちなみに、プロデューサーとはどこに行ったの?」
    北斗は頭を少し傾けて思い出してから、買い物、博物館、あとは古典劇を観に行ったと答えた。
    「俺の趣味や特技に関連する場所とも言えるな」
    「じゃあ、ぼくと遊園地に行きたいっていうのは?」
    「うむ、その心は……先輩がはしゃぎそうだと考えただけだ。前に他の奴を含めて行った時も楽しそうだったし」
    その口調は全くはしゃいでなく真面目だった。日和は一旦話を打ち切ると、当初の目的だったと思われる紅茶を淹れた。テーブルまで運び北斗の分も振舞ってくれる。「お茶どころじゃない」と言っている北斗を尻目に日和が席についたので、仕方なく北斗も座った。そして北斗が先にカップに口をつけるのを確認して日和も紅茶を飲み始めた。ある程度落ち着いたところで、話を再開する。
    「そりゃあ普通に遊びに行ったならはしゃいでると思うね。でもきみと二人きり、それもこんな変なこと言われた後に行ったって楽しめるわけないね」
    「変なこととはなんだ。俺は本気だぞ」
    北斗は紅茶を飲みきり、すぐに抗議する。
    「それが意味分かんないって言ってるんだけど!」
    ピシャッと跳ね除け、日和は出した紅茶を片付けようと立ち上がりかけた。
    「くっ……頼む、先輩……」
    北斗はなんとかそれを制し、頭を下げる。
    「せめてその訳が分からなさそうな顔をやめてくれ……。どうか一日、予定を空けてほしい。俺にチャンスをくれないか」
     日和は懇願する後輩を見ながら、頭の中で状況をひとつひとつ整理をしてみることにした。
     まずは何より自分の気持ちだろうと思って最初に気持ちを測る。とりあえず、今日この瞬間まで北斗を恋愛の対象にしたことはない。後輩としての親しみはある。才能のある子だとも思える。なにより、北斗は嘘をつきたがらない性格だ。仕事のお芝居とかでない限り、北斗が本気の顔をしている時は100パーセント本気なのだろう。真面目さは信用できる人だ。
     なのだが、さきほどから変わらず相手が自分のどこを好きになったのかは全く見極めることができない。
     仕方がないので外的要因を考える。北斗はもともと二世アイドルで、しかもその父親は息子がアイドルをする年齢になっても現役で活躍している人物だ。だから彼も、自分たちのような職業の人間が誰かと交際することにあまり抵抗がないのかもしれない。
     北斗の父は、日和も「氷鷹先生」と呼び教えを受けたことがあるが、どうも機械じみた言動で親しみが持ちにくい人だった。しかし妻や息子の話をしている時には珍しく優しい顔つきになる。そのため、ああいう人でも家族とは心を支え合えるのかとも思っていた。
     アイドルはファンのために理想的な振る舞いをし続ける過酷な職業だ。一昔前は独身でいることも『理想』のひとつに入っていた。しかし昨今はむしろ、プライベートではありのままの自分を出せるパートナーと歩みながら、アイドルの世界ではアイドルとして励むことを世間は肯定するようになってきた。
     では、自分は自分のパートナーに、目の前にいる後輩を選ぶことはありなのだろうかと日和は考えてみる。そもそも日和はある意味、ステージで歌ってる時が一番ありのままでいられる人間なのだ。
     そんなことを考えている間も、ずっと北斗はまっすぐに日和の顔を見ていた。
     結局、そういう彼の真面目さを無下にしにくかったため、自分の気持ちを咀嚼して欲しいと言う彼の提案を呑むことに決めた。それに隣を歩く体験をすれば、改めて恋愛対象として見ることができるか答えられるかもしれない。
    「……まあ確かに、北斗くんがぼくのどこを好きになったんだか気になるから、それを知るためだったらいいよ」

     ちがうユニットに所属するアイドルがまる一日の休暇予定を合わせることはなかなか容易ではない。該当する日はすぐには巡って来なかったが、ついに六月の下旬頃に一日、チャンスがやってきた。
     日取りが決まると、北斗は自分で選んだ遊園地のマップを必死に頭に叩き込み準備をした。そして当日、遊園地のゲート前に立った時には、すっかり眉間に皺が寄ってしまっていたのだった。目の前にはこの遊園地のマスコットキャラクターを模った彫像が愉快に笑っている。ポップな色味で明るい笑顔のマスコットと、北斗の雰囲気はおかしなほどに正反対だった。
    「行こう。巴先輩」
    「こんなところで初陣する若武者みたいな顔するのは北斗くんぐらいだろうね」
    対する日和は、帽子とサングラスで軽く変装をしていた。北斗も帽子とマスクをつけていたのだか、どうやら寄ってしまった眉毛は隠れていなかったらしい。
    「そんな顔しているだろうか。神崎じゃあるまいし」
    と言うと、日和はサングラス越しに呆れた目を向けてくる。
    「別に颯馬くんみたいとは言ってないね。あの子だってここまで頓珍漢じゃないと思う。北斗くんこそキング・オブ・トンチンカン」
    「若武者みたいと言ったりキングと言ったり、先輩は結局俺をなんだと思ってるんだ」
    「頓珍漢だね!」
    それでも、日和は気を取り直そうと思ってくれたのかこう続けた。
    「とにかく進もうね。いつまでゲートで立ち止まってるつもり?」

    2.アヒルさんボート

     入ってすぐのところは、どちらかというと子ども向けの乗り物が多いようだった。北斗が見渡すとコーヒーカップやゴーカートなどが目に入ってくる。後はお土産屋だとか、荷物を一旦しまっておけるコインロッカーがある建物などだ。もうひとつ目立つものといえば、大きな池だろうか。
    「巴先輩、乗りたいものはあるか?」
    まずは相手の希望に沿おうと、北斗は声をかけた。
    「うーん。じゃあ、あれかな?」
    「あのアヒルのボートか」
    日和は大きな池に浮かぶボートを指差す。北斗はそれを確認しつつ、少し意外な気持ちになる。なんだか随分とゆったりしたものを最初に選ぶじゃないか。
    「初手で疲れそうなものに乗せておけばきみもちょっとは静かになるでしょ? 言っておくけど、ぼくは一切漕がないから」
    言葉がなかなかキツい。というより、この先輩は普通に我が儘な性格なのだ。分かりきっていたことなので、北斗もなんでもないように頷いた。
    「ああ構わない。むしろ力強さを見せるチャンスだ、せいぜいペダルを漕がせてもらうさ」
     ボート小屋でわざわざアヒルさんを指名すると、特にその後はどちらも何も言うことなくボートに乗り込んだ。至近距離で腰掛けていることを意識してしまった北斗は、とにかくまずはペダルを黙って漕ぎ続けた。漕ぐ音と水音が耳に入ってくる。日和はまだ何も話してくれなかった。
    「風が心地いいな」
    仕方なく口を開くと「それはそうだね」とだけ返事が返ってきた。
    「水面を見つめているが魚でもいるのか?」
    「ううん、いないね。ただ波の形を見てるだけ」
    「そうか」
    会話が止まった。北斗はペダルを漕ぎながら、(波の形は面白いんだろうか)などと些細な疑問を思い浮かべ、これを口に出したら会話が弾むだろうかなど想像して、失敗するのが怖くて結局引っ込めてしまう。そんな思考の堂々巡りに陥ってしまった。
    「まあ当たり前だけど刺激はないね。のんびりしてる」
    やっと向こうから話しかけてくれた。しかし刺激がないとは「つまらない」という意味なのだろうか。
    「刺激が欲しいのなら次は絶叫系に乗ってもいいが……」
    「そういう北斗くんはスリルがあるのは平気な方?」
    「ちょっと待て。答える前に先輩のその質問はどの程度のものを想定しているか教えてくれ。さすがに俺は紐なしバンジーはできないな」
    「いやいや、そんな普通に死んじゃうものは想定してないね」
    日和は苦笑いしながら北斗の顔を見た。冗談だと思ったものらしい。池の向こうには絶叫マシンのひとつ「バイキング」が配置されており、水面にも影が映っている。先輩が想定している絶叫は普通にこのくらいのものだろうと北斗は考えた。
    「分かった。それならまあ苦手ではないな。ちなみに俺の知り合いは紐なしバンジーをしても死ななかった」
    「なんだかもう本っ当、ツッコミどころしかないね。その知り合いに次はないと思うからやめておきなよって伝えといて」
    遠くのバイキングから、安全を保障されたスリルを楽しんでいる人々のキャーキャーした叫び声が聞こえてくる。
    「ああ。と言っても遊木だって好きでやっていたわけじゃないがな」
    「えっちょっと待って? 真くんのことだったの?」
    「うん……おっといけない。紐なしはやってなかった気がしてきた。大神の奴が紐なしにしようとしてんだが……いやそれより。俺の質問にも答えてくれ巴先輩。次は絶叫系に乗るのか? どれに乗りたいんだ?」
    日和はいよいよため息をついた。北斗は知る由もないが、内心(この子とのやり取りってこんなに空回りしていたっけ?)という疑問を抱いていた。
    「ぼくの方が初手から疲れちゃったね。もう少しボート漕いでてくれる?」
    そう言うと、北斗は日和にとって少し意外な返答をした。
    「なんだか初めて会った時と逆だな。サマーライブで先輩と初めて出会った時、悪いが『なんて疲れる奴だろう』と思ったものだ」
    「……ふぅん。……結構水が綺麗な池で良かったね」
    「そうだな」
    また会話が途切れた。

     「先輩。例えば仲良しの乱先輩と喋っている時とかはこんなテンションなのか?」
    「えっなんで?」
    しばらくして、また北斗からコミュニケーションへの挑戦が始まった。
    「意外と静かだから驚いているんだ。いつもならもっと騒がしいじゃないか。いろいろ予想するに、相手が静かなタイプだと静かになるのかと」
    「凪砂くんと一緒にいる時は嬉しいから普通にはしゃいでるね。ぼくが誰かに気を使って静かにするなんて殊勝なことするわけないじゃない。いつだって自分の出したい気分で静かになる時も騒がしくなる時もあるね」
    「つまり今は」
    「普通にきみと過ごす時間が意味分からなさすぎてテンション上がらないだけ」
    「……ぐう」
    挑戦は見事に打ち砕かれ、北斗は口から変な音を出して項垂れた。ペダルからも足が離れてしまい、その瞬間、少しアヒルさんボートが揺れた。
     ところが日和はやっと、意地の悪いことに、北斗の項垂れる姿に吹き出した。しばらくクスクスと笑い
    「……ちょっと嘘。今日のデートはぼくに自分の気持ちを理解させるためにやるって、きみが言ったんじゃない。何回ぼくに『意味分かんない』って言わせるつもり? もっといっぱい努力してね」
    こうしてやっと、二人ともアヒルさんボートから降りるふんぎりがついた。

    3.自販機のペットボトル

     「何か飲み物はいるか?」
    「むしろ北斗くんの方が必要でしょ? 本当に一人であんなに漕ぐとは思わなかったね」
    日和は池の方を振り返り、先ほどの自分たちがどの辺りまで進んだかを確認してみる。
    「どうせなら池の真ん中まで行きたかったからな」
    北斗も同じように池に目を向けていたら、日和が二の腕の辺りを軽くつついてきて
    「明日筋肉痛になっても知らないからね」
    と笑った。
    「バカにするな。そこまでやわじゃない」
    「へーそう」
    歩き始めてすぐに自販機を見つけ、北斗は二人分買ってこようと小走りで近づいた。しかし何故か日和も北斗を待たずについてくる。
    「なんで先輩まで来るんだ」
    「んー……まあ、奢ってあげようかなって」
    「な、別にいい! 先輩がワガママ言って漕がないのも、俺がムキになって漕いだのも全部予想できていたことで」
    そんな抗議をしても全く聞き入れられず、日和は「いいからいいから」などと言いながらお金を入れ、あっという間に二人分の飲み物を購入してしまった。遊園地の自販機は妙に高いので、北斗の胸にも罪悪感が妙に湧いてしまう。
     ガコンと音を立てて受け取り口に落ちてきたペットボトルを日和がとると、一本おもむろに北斗の頬に当ててきた。
    「ひっやめろ」
    「あははっ」
    すぐに改めて北斗に飲み物を手渡すと「美味しいよ、それ」と伝えてくれる。
    「あ、ありがとう。巴先輩もこういう庶民的なものを飲むんだな」
    このデートのきっかけができた時、日和が高級そうな茶葉の缶を持っていたのを思い出す。今買ってくれた飲み物はミルクティーだった。北斗がもう一度パッケージに目を落とすと、アニメか何かのキャラクターも描かれている。
    「ん? このパッケージのキャラ、ひょっとして七種を模したミニキャラか?」
     よくよく見ると、先輩が所属するユニットのメンバー七種茨が、デフォルメされたキャラになって笑っている絵だった。
    「正解! 最近タイアップの仕事あったんだよね!」
    指摘したとたんに日和も愉快そうに笑う。北斗は(ああ、自慢したかったんだな)と気づくと、なんだか鬱陶しいような、むしろ可愛らしいような、不思議な心持ちになった。
    「巴先輩の方は自分のミニキャラか」
    「うんあたり。ぼくはイラストになっても可愛いよね!」
    日和はいよいよニコニコして、自分が持っている方のペットボトルを見せてきた。
    「完成までに結構修正の意見正出しちゃったけど!」
    「目に浮かぶな。こんなのぼくじゃないとか、ぼくの魅力が出てないとか、文句をつけてそうだ」
    「イラストレーターさんにはもっと具体的な助言をしたけどね。『なんかちょっと違います』だけ言われて適切な修正ができる人なんていないから」
     続けた言葉はさらっと流すような口調だった。しかし北斗は「ほう」と口にして先を促した。
    「こういうのって、ぼくたちを知らない人も上手くデザインできないけど、よく知ってる人もある意味難易度高くなっちゃうよね。素のぼくたちを描いてほしいわけでもないからね」
    頷いて、さらに先を聞く。
    「Edenというユニットのアイドルとして売り出したい姿とタイアップ先とのバランスまで自分で見定めて、適切な表現で意見を出さないといけないね。それがこちら側が受け持つ責任ある仕事だと思う。こんなミニキャラでもね」
    「なるほどな」
    この先輩と知り合った当時から、北斗は今まで何度も(この人はプロなんだな)と思う瞬間があった。それも何でもない雑談をしている時にさらりと差し込まれてくる。今回もまたそうだった。
    「まあそもそも、Edenのカラーとミニキャラというもの自体が合うかどうかって問題があったけどね!」
    日和は明るく何事もなかったように笑い続けていた。
    「それこそ七種はよくこんなタイアップの許可を出したな」
    「あはっ、許可もなにもぼくや凪砂くんが押し通しちゃえば通るから!」
    七種茨の苦労が偲ばれるコメントだった。
    「大体茨は敏腕ではあるけど、自分を金に執着する野心家キャラにしたり、凪砂くんを俺様にしたり、キャラ立ての部分には不満があるんだよね! でも最近は他の人の意見を聞き入れて茨の可愛いぬいぐるみまで作られちゃってるの、いい気味!」
    たしかに北斗の脳内で描かれる茨も、いかにも策略を好んでいそうな印象の男ではある。ついつい、
    「どこに需要があるんだそのぬいぐるみは」
    と聞いてしまうと
    「普通にファンの子だね。あと凪砂くん?」
    日和はやっぱり笑って答えながら、自分が持つペットボトルの蓋を開けようとした。
    「……あっ待ってくれ先輩」
    「うん?」
    「まだ飲んでないなら交換してくれないか?」
    「え〜お断りだね。ぼく自分のグッズを自分で使うの好きだから」
    「……お、俺も巴先輩のイラストが欲しい。さっきの話もあるし、検討の結果どんなイラストになったか、もっと見てみたい」
    「茨のイラストも結構ぼく口出ししてるよ?」
    これ以上食い下がるとどうしても恥ずかしいことを言わなければならなかったが、デートしといて今更じゃないかと開き直る。
    「……く、だから。せ、先輩が好きだから、巴先輩のイラストがいいんだ……」
    しかし随分と小さい声になってしまった。
    「……たかだかこの程度でモジモジしないでほしいね」
    答える声は冷ややかで、北斗の脳裏に(言わなければ良かった)という思考が浮かびそうになった。そのタイミングで日和がひょいと北斗の手を取って、ペットボトルを握らせた。
    「はい、交換」
    そうして自分は、北斗が持っていた方のペットボトルを取っていった。
    「あ、ああ! 感謝する!」
    「味は変わらないのにねー。ねえ、茨?」
    結果として自分の手元にやってきたミニキャラ茨に目配せしながら、再び笑い始めた。
    「巴先輩」
    「今度はなに?」
    「調整した甲斐があったことがよく分かる。よく特徴を捉えていると思うし、その上でちゃんと可愛いイラストだ」
    「うんうん、そうでしょう」
    「本当に可愛いと思う」
    「そ、そう?」
    北斗の目には日和の自慢げな顔が苦笑いに変わったように見えた。実際のところ日和は、北斗があんまり真顔で可愛いと繰り返してくるので少し引いていた。しかしそれだけでなく、胸中に少し照れる気持ちが芽生えるのに気付いてしまってもいた。
    「飲み終わってからも大切にボトルとパッケージはとっておく」
    「ちょっとそこまで言われると怖いんだけどね。なんなら今度もうちょっとしっかりしたイラスト資料見せようか、参考にしたいとかそういうことならね」
    「ああいや違うんだ。奢ってもらったこと自体が嬉しいから。これを大切にしたい」
    「ええ、やめなって。ペットボトルなんてどう頑張ってもいつかゴミになっちゃうから。それより……」
    ここまで口にしてしまって、日和は内心慌てて喋るのをやめた。北斗の方は首を傾げて先輩を見上げる。
    「巴先輩?」
    (もっとましなのあげるとか言いそうになっちゃった。今日のデート自体受けちゃったことといい、ぼく割と絆されてはいるんだよね)
    自分の方を見上げて「先輩、どうした?」と聞き続ける後輩を誤魔化すように、日和は歩き始めるのだった。
    「次行こ、次」

    (続く)

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