北斗くんに恋愛感情捏造した上で遊園地に行く話8〜98.ジェットコースター
北斗たちが乗り込んだジェットコースターは最初の登り坂を進む。カタカタカタという音を聞くと、乗る人によって期待か、恐怖か、とにかく感情を煽られる。いつかくる降下の瞬間を乗る人はただ耐えることしかでかない。
(最近デビューした、自分よりずっと歳下ばかりで構成されたユニットが……ある意味この状況に似た歌を歌っていたな)
六月の上旬くらいにデビューしたから本当に最近の話だ。
(正確な歌詞を思い出してる余裕はないが、確か恋という感情のことを歌っていて……天辺までのぼった心地ではなく)
ジェットコースターもてっぺんについた。一瞬、しかし乗っている人間にとってはもう少し長い感覚で止まる。そしてまもなく、ぐらりと下に傾いた。
(そこから落ちていく感覚が恋なんだと……)
「大丈夫北斗くん? 今にも死にそうな顔してるね」
無事地上に戻ってきたところで、日和がそう声をかけた。北斗の表情は無事に見えなかったらしい。原因がジェットコースターではなく自分にあることを分かっていそうなくせに。白々しい問いかけだ。
「平気だ。次に行こう」
「そんな自棄になって絶叫マシンばっかり乗らなくてもいいね。さっきからスタスタ歩いてそういうのにばっかり並んでるじゃない」
「……だがこの遊園地、有名なジェットコースターが二つあっただろう。一つは今乗ったが、もうひとつも乗っておきたい」
「そんなに絶叫マシン好きだったの?」
さっきからそんなのばかりに付き合ってくれる日和はあまり怖いと言わなかったが、いい加減うんざりはしているようだ。
「そうでもないんだが……今の気分に合っているから」
「やれやれ。やっぱり自棄になってるね」
それ以上言及せず、次なる乗り物に向かっていく北斗について歩いた。
(大丈夫だ。きっと俺はまだ冷静だ)
また列ができており、そこに並びながら北斗は考え続けていた。
(冷静に、思い返さなければいけない。そして言葉にしないといけない……どうして巴先輩に告白しようと思ったかを)
そもそも北斗にとって巴先輩というのは、テンション高く喋っていたかと思えば、いきなり静かな言葉で射抜いてくる人だった。
二人が人柄まで含めて知り合ったのは北斗が高校2年生だった夏、サマーライブというEveとTrickstarによる合同ライブがきっかけだった。来る年末のウィンターライブに向けて校外の舞台に慣れておこうという生徒会長天祥院英智の計らいで、夢ノ咲学院近辺で行われた。〈ウィンターライブの優勝候補は二つのユニットが合わさり活動しているEdenとかいう奴らだから、くっつく前のEveから様子を見よう〉という考えでもあったはずだ。
そんな経緯で、当時のさらに前年度末に怜明という学園に転校した日和が、合同レッスンのため夢ノ咲へ再び足を踏み入れた。サマーライブ時の日和は今以上にひどい言動だった。第一印象は最悪と言っていい。北斗が初対面で分かったことは、自分勝手で、すぐに他人のペースを乱し、実力が下だと思う奴とはまともに会話すらしない人ということ。曰く「好きじゃない人とは一秒だって一緒にいたくないね!」だった。そのまま一緒に歌えと言われても困るので、北斗は先輩に向かって「レッスンで実力を見せてやる!」と言ってやった。その後他のメンバーが来るまでの間、二人きりでレッスンして、話したことを北斗は今でもよく覚えている。
(俺たちTrickstarはまだどことなく学院という箱庭の中だけで勝ち誇っているようなユニットだった。もちろん当時から学外の活動もあってファンもいたはずなのに、それでも、サマーライブではいきなり勝負がプロの世界まで広がってしまったような緊張感があった)
しかも、実力が下の奴の話なんか聞かないと宣った日和は、最初こそ言いたい放題……だったくせに。レッスン中はなんだかんだで北斗と普通に会話して、上から目線だがアドバイスもしてくれて、自分の考えを話してきた。
(レッスンの時にはTrickstarを……先輩からすればヒヨッコでしかないユニットだった俺たちのことを、メンバーが力を合わせてパワーを発揮するユニットだと見抜いた。この人は意外と油断してこなかった。負けてたまるかと思ったことか先輩を意識したきっかけか? いや……)
過去に思いを馳せ黙っている北斗の横で、日和は列に並ぶ待ち時間をスマホで潰していた。ほぼ独り言に近いトーンで呟いた。
「今日、過ごしやすい気温で良かったよね。並ぶのなんて夏とか冬は特にしんどいし」
この言葉で今この瞬間の隣の人を随分と放置してしまったことに北斗は気付き、急いで返答した。
「巴先輩は、確か寒い方がより苦手だったか」
日和がスマホから目線を上げてこちらを見た。
「あっお返事したね。きみね、このぼくをほったらかしにして考え事なんて生意気すぎない? 原因がぼくにあるからしばらくの間は黙っててあげたけど、いい加減腹が立つね」
「それは、確かに……。すまない……」
「分かったらほら行くよ」
言いたいことだけ言うと、先へ移動してまった。
「一つマシンに乗る度、今日が終わっていく感じがする」
今度は北斗が誰にともなく呟いた。
「まあ普通に時間が経っていくからね」
言いながら、二人はジェットコースターに乗り込んだ。ベルトをつけたりバーを降ろしたりしながら北斗はもう少し気持ちを吐露する。
「困っているんだ。少しの間、時が止まってほしい」
「“時よ止まれ、お前は美しい”ってやつ? なんとなく渉くんが言いそうだよね」
突然出てきた名前に(日々樹先輩か)と思う。
「とりあえずジェットコースターの天辺で止まっちゃうのは勘弁だね」
「日々樹先輩……」
「ぼくは日々樹先輩じゃないね。そういえば彼のこと、地味に気になってるんだよね。よくあの英智くんと一緒に過ごしててあんなに楽しそうだなーって」
「天祥院先輩と、日々樹先輩の関係は」
「待って。もう発車するから一旦頭空っぽにして。その後で渉くんのことでも英智くんのことでも好きに思い返せば?」
「…………」
乗り物が動き出す瞬間の衝撃で、体がガクッと前後する。そして二人を乗せたジェットコースターは前進し、今度は上方向へとゆっくり、カタカタカタと音を立てて登り始めた。
(……巴先輩。まさかあの二人の名前をヒントのつもりで出したのか……?)
ジェットコースターが下に滑り落ちて何も考えられなくなる寸前、そんな考えが浮かんだ。
9.パレードと『Finder Girl』
「また時間が経ったな。こんなに暗くなっているなんて」
いくつか乗り物を回っているうちに、空から太陽が姿を消してしまった。遊園地なのであちこちの照明で場内は明るかったが、やはり太陽がないと空自体が暗く寂しくなってしまう。毎日毎日、夜が来る度に次の朝日を求めてしまうのは最早人間の本能だろう。
「まだ時よ止まれって思ってる感じかな?」
隣の日和が声をかけてきて、北斗は彼を見上げた。夜になってもサングラスをつけているのはさすがに不自然なので、そっちはいつの間にか外していた。当たり前だが彼の瞳がよく見える。
「そうだな……。衣更に貸してもらった漫画でも時を止める奴が出てきたんだが、今俺はそいつのス◯ンドを使いたいくらいだ『ザ・◯ールド』とかって」
「はいはい。ところでその漫画って真緒くんは全巻貸してくれたの? ぼくも有名なセリフくらいは知ってるけど、通しで読もうと思うと長くない? 蛮カラ学園くらい長いね」
「むしろ先輩はそっちを全部読んだのか?」
読んだらしき返答を聞きながら、北斗はもう一度、苦しく自覚する。実際に望んでいるのは時が止まる能力なんかではない。隣にいる先輩が、欲しいのだ。
「……あ、ほら。もうすぐパレードが始まる時間だね」
自分の腕時計を北斗の目線まで上げてくる。
「見にいくのか?」
「もちろん。今からじゃたいした場所は取れないかもしれないけどとにかく行ってみようね」
「ならいっそ、遠くてもいいから高い場所へ行って全景を眺めよう」
「いいね。でもそんな都合のいい場所案内できる?」
日和が試すように笑った。
「問題ないと思う。あらかじめ地図は頭に入れてきた」
久しぶりに北斗も笑って頷いた。
道はパレードに行こうとする人々で混み始めてきた。自分たちと考えることが同じらしくパレードから一旦遠ざかる人も、素直に間近から見ようとする人ももちろんいる。体にまとわりつく波がそれぞれの思惑をもって動いているようなもので、一人だったとしてもその波にまかれて流されてしまいそうだった。
「……巴先輩。手を引いていってもいいか?」
疑問形で声をかけたが返答を聞くつもりもなく、北斗は日和の手をしっかり握って、そこからは引っ張るようにして歩いた。これまでの北斗の人生、節目節目で同じユニットのスバルが手を引いてくれた。それを見習うなら、今こそ手を繋ぐべきだろうと思う。ひょっとしたら先輩の人生にも手を繋いでくれた誰かはいただろうか、そんなことも思い浮かぶ。向こうの気持ちは分からなかったが、手を握り返してくれる感触はした。
高台に着くと、手すりから身を乗り出してパレードを眺める人が既にちらほらといた。しかし穴場だったらしくあまり大人数ではなく、話し声も聞こえてこなかった。かわりに、遠い道を進むパレードのメロディがほのかに届いた。
「なかなかこれも綺麗だね。遠いと一つの川か波みたいかも」
「天の川を上から覗いたらこんな感じだろうか」
「ふふ、ロマンチックなこと言うね」
日和は北斗の顔を見て笑い、あとはパレードの方へ目線を移した。
(実はそうロマンチックでもないがな。学院に日々樹先輩がいた頃の七夕祭を思い出しただけだ。自前の気球でライブ会場を好き勝手飛んでいたもんだ、あの自由人は)
巴先輩がパレードを見ているうちに己の考えをまとめるため、脳内にもう一度日々樹先輩と、そして天祥院先輩を登場させる。
日々樹渉と天祥院英智。あの二人が、五奇人とfineでありながら革命後に繋がっていった理由。渉の方は、自らが討伐される意義を悟ったから、そして単純に英智が自分に与えた配役が好みだったから、だと北斗も傍で見て想像できた。そして英智が生み出すシナリオみたいなものに魅了されていったのではないか。ある意味アイドルとして魅力に、惹かれていったのだろうか。
「天祥院先輩は……分からないな」
「……ぼくも、分かってあげられなかったのかな」
「うん?」
隣を確認したが、日和は手すりに腕を乗せてパレードを見つめたままだった。
「北斗くんはたぶん、ぼくの術中通りに革命当時の英智くんと渉くんのことでも考えていたんでしょう? ぼくも当時、一応仲間だった英智くんがなんであんな方法を使ってまで革命をしたのか解釈してみたことがあるね」
「先輩はどう解釈したんだ」
日和は「うーん」と声を出し、しばらく先の言葉を言うか迷っていた。
「言わない。本人に違うって言われたから」
「待て。違うなんてことはないだろう」
「いやだから本人が違うって」
「あんな嘘つきの言うことを信じるのか? 仲の悪い先輩が? 俺は巴先輩の物事を見定める力に一目置いている。俺たちTrickstarの本質をほぼ初めて会った時に見抜いた強敵だったんだあなたは」
北斗が言ってるのがサマーライブのことだと先輩は分かったはずだ。確認しなくともきっとこの人は覚えている。
「悔しいが、俺が本来従属的な人間であることも、負けず嫌いになったことも、実はボケ大魔神であることも、トンチンカンかも知れないことも、全部あなたは見極められた人だ」
「従属的って、ボケ大魔神って……トンチンカンって……ふっ」
肩を震わせて日和が笑った。顔をこちらに向けないと笑っているんだか泣いているんだか見分けがつきにくい。
「自分のことをそんなふうに」
「半分以上はあなたの言ったことを繰り返しただけだぞ」
「いやだからね。ふふ、そんな酷いこと言われながら自分をあばかれるの嬉しくないよね」
「そんなことない。嬉しい」
「……え」
「嬉しい。先輩の視点や考え方は真実とやらを突いてくるわりに綺麗だ。嬉しいんだ……もっと見てほしい」
今日だけでも、ペットボトルのパッケージのこと、勝負のこと、セットリストのこと……影片みかのこと、日々樹渉のこと、そして氷鷹北斗のこと。そして何よりアイドルのこと、これらに対する己の考えを日和は口にした。
「見てくれ。巴先輩。そして教えてくれ」
日和の手に北斗は自分の手を重ねた。
「……ううん。今はパレードを見ることにするね」
そう言ったものの、北斗の手は払い除けなかった。
「でもまあ、ぼくが英智くんをどう解釈したかは言うね。あの子は、生まれ持って権力とお金がある恵まれた立場で、そういう人は恵まれない人を救済しようって、ううん、しなきゃいけないって考えてしまう心の持ち主になるのかと思ってた。貴族の慈悲みたいなものだね」
あの時の英智の返答が、勝手に脳裏に蘇った。
(今さら僕を善意的に解釈しないで欲しいな、日和くん。それがいちばん、残酷だよ)
北斗はそんなのお構いなしで、今の日和に返答してきた。
「……やっぱり間違ってはいないんじゃないか。他にも正解があったと思うが、それも間違ってない。俺は、自分たちの革命も一通り成し遂げた後、先輩たちの時代まで歴史を振り返ったことがある。五奇人討伐で、学院には確かに一度、秩序がもたらされたんだろうと」
「犠牲の上に成り立った秩序だけどね」
「ああ。先輩たちが五奇人を討伐していた間はいよいよ戦争みたいで、終わってみれば今度はあんまりにも清らかさを保つことに固執しすぎてしまった……。だからもう一回俺たちが革命しなければならなかった」
「うん」
「清らかではあった。平和ではあった。犠牲になった者も救われた者も、きっと両方いたと思う。……というか、一度犠牲を出してまで成したものがあるなら、その人の分まであなた達は成功し続けるべきじゃないか? それが贖罪であり、一生負うべき元fineたちへの枷だ」
なぜかここで日和がパレードの方でも北斗の顔でもなく、すっと空を見た。すぐに目線を下ろしてやっと北斗の方へ頷く。
「そっか。気が引き締まること言うね。ここだけの話、ぼくは英智くんに最低限の義理だてはしたけど、その後は逃げて転校したことを割と気にしてるんだよね。だから普通に手厳しい」
「俺も手厳しいことを言ったと思う。先輩が今回のデートを意味が分からないというのも当然だったな」
「もうやめたくなった?」
「やめるわけないだろう」
北斗が真顔で、しかも食い気味に返すと日和がまた肩を震わせて笑った。目元に指をあてている。「これで普通に許さないでいてくれることが嬉しいね。そうでなくちゃ」と独り言のように言った。
「ところで巴先輩、パレードの写真は撮らないのか?」
「そうだね。撮ろうかな」
「俺も撮ろう。だがどうも、スマホのカメラはシャッター音がキシキシいうのが気になって」
「あのカシャって音、北斗くんはキシだと思うんだね、あはは。静音に設定できると思うよ。ちょっと貸して」
スマホを手渡すと、日和は北斗に操作画面を見せ説明しながら設定し、他のところは見ないようにしてスマホを返した。それから二人は自分のスマホを横に向けてパレードの光を撮った。
「……そうだカメラと言えば。衣更が中心となってMVを撮った『Finder girl』って曲は知ってるか?」
「知ってるね。夢ノ咲で撮影してるなーって思った」
「あれが、俺たちも卒業するというタイミングにおける夢ノ咲の姿だ。時が流れてああなった」
「そう? 建物はあんまり変わってなさそうだったね」
「実はあの曲が生まれるすこし前、衣更がカメラで実際に学院を撮って回っていてな。桜の木も撮っていた。校庭にあった大きな桜……転校した先輩は覚えているだろうか」
「覚えてるね」
学院に所属する生徒にとっては多くの思い出がある桜だった。桜フェスなどを振り返ると、その桜の姿も一緒に振り返ることになる。またその木に限らずTrickstarは妙に〈桜〉に縁があるユニットだった。日和側に桜の思い出があるか北斗は知らないが、少なくとも登校する時に下を通ったことくらいはあるはずだ。
「あの木は切られてしまった。だが同じ場所に新たな木を植え、前の桜を接ぎ木したんだ。思いや繋がりを残せるように。……衣更も写真を残した」
切られたことではなくて、残したものについて知ってほしくてこの話をした。北斗も今年の三月に卒業をしたばかりの学び舎。実はさらに大きく変わったものもたくさんある。しかし代替わりも、意思の引き継ぎも、あった。卒業までいたとしてもたったの三年ぽっち、短い期間の中でも、一人ひとりの生徒に願いや成し遂げたものがあって、次へ次へと引き継がれるのが〈学校〉というものだろう。
「……パレードもいつの間にか過ぎていったな。なんだか、一段と暗い」
「そりゃあ現実じゃ時はやっぱり止まらないからね。パレードも、終わるね」
しかし日和の言葉はここで終わらなかった。
「……暗くても別にいいじゃない」
「なんだ。また『ぼくが太陽よりも明るいから〜』とか言う気か?」
「それは全くその通りだね!」
手を自分の胸にあてて、日和は自信満々に言い放った。この人は日常でもちょくちょくこんなことを言っているのだ。だがこの人に慣れてしまうと、もっと見たく、聞きたくなってしまう。本当に、この人は輝いている気がする。
いまいち表情筋が硬い北斗もこの時ばかりは柔らかい目をして、心の中で写真をとるように日和を視界におさめていた。すると日和までびっくりするくらい温かい声でこう言ってきた。
「でも実は、夜を歩くのもいいものだって言いたかった。星の光が夜を照らすから。見ている方は星座を考えて道標にするから。ちょっと遅くなったけど、夢ノ咲の卒業おめでとうTrickstar。名前の元になった星と同じくらいきみという人は綺麗だね、北斗くん」
※続く