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    無理やり恋愛感情捏造してる。ついにくっついたからこれでおしまい

    北斗くんに恋愛感情捏造した上で遊園地に行く話10〜1310.思い出積み重なる、この日の遊園地

     気がつけば手を繋いで園内を歩いていた。横並びだったが、行く方向を先導しているのは北斗の方だった。進み方に迷いがない。目的地にだいぶ近づいたタイミングでようやく北斗は口を開いた。
    「最後に観覧車に乗ろう先輩」
    大きいものなので、ここよりも遠くにいた時点から観覧車は既に二人の視界に入っていた。だから正直なところ(観覧車に乗るのかな)と言われる前から予想していた日和だ。
    「なんだか定番な感じ」
    「だろうな。そしてこれも定番な流れだが……」
    声をできるだけ普段と変えないように意識する。一度あえて自分の鼓動を聴いてから北斗は宣言した。
    「観覧車の中で、もう一度先輩に告白したい」
    「ああ、本当にドがつくほど定番。でも北斗くんがわざわざ場所を選ぶことに意味があるね」
    「そうかもしれない……。いつもだと、俺は相手がいるならその場ですぐ告白すればいいじゃないかと思ってしまうほうだ」
    「いつもならね。で、一番上で決めてくれるの?」
    「上手くいくとは限らない。結局のところ、どこのタイミングで先輩を好きになったかは判然としなかったし……だが伝えたかったことは、今日の始まりよりずっと具体的になったと思う。それを聞いてほしい」
    「ふぅん真剣だね。ならぼくも真剣に聞くしかないね」
    振り返ってみれば昔から日和は、誰かが真剣に話し始めるとふざけるのをすっとやめて静かに聞こうとする性格だった。
    「ありがとう。先輩のこと、性格が良いか悪いかで言えば普通に悪い方の人だとは思っているが……」
    しかしさすがにこの北斗のコメントには、内心ツッコミを入れざるをえなかった。
    (北斗くんの主観で性格悪いって思われるのはどうでもいいけど、どうしてそれをもう一度告白しようって時に言うんだか。……でも真剣だから。口を挟まないであげる)

     観覧車の扉を閉められ、鍵も外からかけられた。鍵をかけてくれた係員の顔が見えなくなる程度まで高度が上がる。普段は人から見られる仕事であるアイドルたちが、外を見るための空間に二人きりだ。パレードの時と違って音もない。北斗は(まあ先輩は、俺という観客が一人でもいるなら、所作や立ち振る舞いを崩さない信条の人だがな)と思った。日和は帽子をとってこちらの言葉を待っている。
     北斗も帽子とマスクを外す。そしてゆっくり「スー……」と息を吸った。
    「さっきも言ったが、巴先輩は性格自体は悪い方かもしれない。関心のない奴にまで親切にするようには見えないし、親しい奴に言うセリフもキツいことが多い」
    なんでそこからと問いたくなる話から始まった。けれど北斗の言葉を遮るものはなかった。
    「ただし本当に大切にしたい人のことは心から愛すし、絶対に幸せにするだけのパワーを持ち合わせているように思える」
    北斗は言いながら、昔、日和が冗談めかして「ぼくはいざとなったら相方のジュンくんを置き去りにして逃げる」ようなことを言った時を振り返ってみる。自分は「先輩はむしろ漣を庇って死にそうだ」と答えたはずだ。
    「ある意味、そんな人が『アイドル』という職業に出会ってしまったことは不運と言えるかも知れない。あなたはアイドルだから、不特定多数のファン全てに自分を捧げるようになった。それに、天祥院先輩に『金持ちだから恵まれない人に施すような人格に育った』とか言ったそうだが、たぶん先輩も同じような下地を持っている。日々樹先輩と天祥院先輩も深く繋がる一対だが、あなたと天祥院先輩だってコインの表と裏のようだからな」

     「……話の途中でごめん。さすがにちょっと待ってね。性格悪いって話から始まった割に、今度はぼくを聖人みたいに解釈してくるね。巽くんじゃあるまいし。ぼくはいつだって自分のために生きてるね」
    〈聖人みたい〉の例えに、風早巽先輩の名前を出してくるのが少しだけ笑えた。穏やかな先輩で北斗もある程度知っている人物である。なにしろ、〈シャッフルユニット〉という企画があった時、北斗と日和、巽とさらにもう二人のメンバーで歌う仕事をしたことがあったからだ。
    「風早先輩か。ふっ、そうだ先輩、あんたは風早先輩みたいな姿を『綺麗だ』『好きだ』と思える人だろう?」
    「……」
     北斗は風早先輩に頼んで、日和が怜明学園に転校した時のことを少しだけ教えてもらったことがある。〈正直なところ、彼が転入してから卒業までの期間、自分はずっと入院していたから知らない〉と言われた。だが噂で、日和はアイドルとして活躍し、学生としては別のクラスにまで響く声で笑って過ごしていたと聞いたそうだ。
     それに、一度か二度、怜明出身者が集まって仕事をしたこともあって、そこで日和にはあたたかい言葉をかけてもらったとも言っていた。
     入院する前の風早先輩はそれこそ〈聖人〉じみた活動をしていたらしく、その活動を好きだと言ってくれたと。また先輩個人が他人に挨拶したとか、お茶を振る舞ったとかそういうささやかな行動にも救われた人がいると、代わりに感謝してくれたと。
     転校先に怜明を選んだのは、どんな環境でも懸命に練習する漣を見つけ、その姿が綺麗だったから手本にして、自分も地べたから始めるためだと言い微笑んだと。
    「あなたは風早先輩とか漣とか、綺麗なものを綺麗と捉えられる心の持ち主であり、それをきちんと言語化できる人だと思う」
     ここで北斗はまた別のことを思い出しながら、話の続きをその場で綴っていった。先輩の問題あるところだけでなく、ちゃんと良いところをあげていこうと思ったら、自分が思い出せる過去をどんどん遡っていかなければならない。
     それに加えて、せっかくあらかじめ先輩を知る人に話を聞いておいたのに、遊園地に来た最初は浮かれて忘れていたこと。次に思い出すのは、高二の年度末に臨時の仲間と出演した〈リバースライブ〉だ。
     「俺は守沢先輩も尊敬しているんだが、万人に優しい守沢先輩と比べたらあなたはやっぱり誰にでも優しいわけじゃない。だが、誰かに優しい気持ちを伝えたり勇気づけたり時、その言葉が本当に胸を打つ。人を讃美する、人を慰める、そういう局面に『頭の良さ』みたいなものを感じたのは、巴先輩が初めてだ」

     自分の父親が対戦相手となっていた〈リバースライブ〉では、北斗はやはり父のことに向き合っていた。
     先達が次世代のアイドルを引っ張るといったテーマのライブで、怜明学園の臨時講師を引き受けていた北斗の父は、教え子達を息子との戦いに巻き込んでいた。というより教え子の一人も夢ノ咲側の教師に因縁があって、引き合わせてあげる目的も含まれていたのだろう。結果としてその他の面子は、因縁の対決をする北斗たちのために場をあけるよう動いてくれた。
     (リバースライブが終わってしばらくして、そちらは何をやっていたのかと守沢先輩や姫宮に聞いた。姫宮はこう言っていた。新しいfineの一員としてまだまだ未熟なのに、こっちのメンバーと活動することにずっと焦りがあったと。でもこのライブに出たことで元『fine』の巴先輩と話せて良かったと。憧れだけで夢ノ咲に入った自分のことを『ぼくたちに憧れてくれた可愛い子』と言ってくれたと。天祥院英智がもし自分の策に溺れるようになってしまったら、今のfineたる姫宮桃李こそが止めてほしい、難しいなら助けると。それを聞いて姫宮は、もうfineは大義のために血を流すユニットじゃなくなったことを証明し、「日和様すら魅了するアイドルになりたくなった」と)

    「基本的に頭が良くて打算的な面も持っているのに、他人の綺麗さを嘲笑わず、むしろ好意を持ち、守り、自分もそうありたいと考えられる人だ。また相手にもそうありたいと思わせる人だ」
     さあやっとだ、自分の思い出を振り返ろう。これについてはもはや日和は関係ないところもあるが、北斗にとって大切な思い出だ。
    「……さっきは俺のことも、星のように綺麗だと言ってくれて感謝する。本当に、いっそもう、感激した」 
     星なんて、遠くから見れば綺麗でももし近づいてきたら人類に被害をもたらす隕石になる。昔、自分と同じように星の名前を持っているスバルに対してそう思ってしまったことがある。才能がありすぎて周りと協調できず孤立していたスバルは、ある日公園の桜の木の下でポツンとしていた。北斗の方は、演劇の才能がないと日々樹先輩に酷評されながらも、懇願して演劇部に入れてもらったばかりの頃の邂逅だった。
     ……そして時が経った。まさかそんなことを考えていた自分が今でもアイドルで、演技の仕事もしていて、ユニットメンバーと星座のように結ばれ輝き続けているなんて不思議だ。
     お高くとまっているEdenの先輩が、自分を「星のように綺麗」と言ってくれる日が来るなんて、本当に不思議だ。まさか昔、五奇人を化け物のように扱って倒したfineの人間が、Trickstarを好きになるなんて思わなかった……。

    11.天国のような地獄、あの時の夢ノ咲

     過去。五奇人最後の一人、日々樹渉が討伐されるライブ。渉の声を打ち消すほどの罵詈雑言が観客席から投げつけられる。舞台には渉の唯一の味方として〈ホッケーマスク〉も立っていた。対戦相手であるfineが登場する時には観客がいっそ白白しい歓声を、渉には呪詛を吐いたのと同じ口で捧げてくる。

     地獄ってこういう見た目だったんだね。
     大好きな凪砂くんが隣で歌っていて、目の前にはサイリウムの海。流れている伴奏はクラシックのようで、舞台には花が飾ってあって。客席から歓声が聞こえてきて。
     こんなに美しい。でも地獄。
     受け止められないぼくの心が、勝手に天国みたいな地獄を作っているのかな? 今まさに、ぼくたちの色の光を振ってるはずの人たちに、『ちゃんとぼくを見て、ぼくの歌を聴いて』って叫びたくなっているのかな?
     ううん。この舞台は、一人ずつ倒してきた五奇人の……最後の生き残りを処刑するもの。だから『ぼくを見ないで。血塗れの執行人なんかにうっとりしないで』って言いたいのかな。目の前の人たちはぼくたちに歓声をあげるけど、五奇人には耳を塞ぎたくなるくらいの怒声を浴びせるのを何回も見てきた。今回もそうなっているね。あんな人たちでも、ぼくは愛すべきかな?
     あの人たちは、ぼくを愛してなどいないだろうに。
     ……そもそも嘆くことも許されない。だってぼくも望んで参加した革命なんだから。アイドルの学校で、革命や戦争をするということは、舞台は戦場になって、歌はプロパガンダになって、サイリウムの光は点数になって、アイドルへの歓声は敵への怨嗟になって……そうやって、美しい見た目はそのままで中身はおぞましい何かに反転すること……。そこまで想像できなかったぼくが誰より愚かだっただけ。
     すっかり砕けそうな誇りと魂を守り抜くには、こんな舞台でも最後まで微笑んで、完璧にやり切るだけ。

     ライブがいよいよ始まる寸前、何やらfineのうち、天祥院英智と、青葉つむぎというメンバーが揉め始めた。そこへ渉が颯爽と近づいて言う。

    『幸せは人に強制されるものでも与えられるものでもありません。私たちにできるのはみんなが勝手に幸せになるのをお手伝いすることだけですよ』

     日々樹先輩……。こんな舞台でも見れば誰か幸せになれるって言うのか?
     fineめ……。だが、なにやら揉めていたがどうしたというのだろう。青葉つむぎはfineの書類上のリーダーで、もう一人は……日々樹先輩が話していたが、裏でfineの実権を握っているとかいう天祥院英智……。
     それであと二人は、天祥院英智に使われてるだけの端役……でもない……。
     日々樹先輩の言葉、あとの二人も聴いていたな。何を考えているんだろうか。どうしてあんな澄ました顔をする。何も、感じないのか。
     日々樹先輩……今回の主役は天祥院英智で、俺たちは倒され役で、あとは脇役で……そんなことを嘆く俺にこうも言ったな。

    『フッフッフッ……あなたは舞台が総合芸術であることをまだ完全には理解できていませんねぇ。どの役もいなければ成り立たない。どの役もまた演じがいがある。今回、あの〈天祥院英智くん〉が私に与えてくださった役……ああ! なんと演じがいのあることか』

    『それにね。世界とは次々と上演される舞台の連続。君が主演になる舞台だって何度も巡ってくるのですよ。今回は脇役になっていた人たちもまたね。ですからできる限り、登場人物はすべからく注目いたしましょう』

     ……う、fineの一人と目が合ったな。……微笑まれた。くそ、これから処刑する相手への憐れみのつもりか。
     ああ、くそ、客席からも俺たちへの謂れのない非難が聞こえてくる。そんな客にも微笑みやがって……。分からない、日々樹先輩。さっきまで揉めていた、天祥院英智も、fineのリーダーも、そしてあの脇役も、どういう感情で微笑んでいるんだ。俺は、どういう役割で、どういう表情をするべきなんだ。

    『〈アイドル〉だから笑っているんですよ。散々主役だ、脇役だと高説垂れて混乱させ申し訳ありませんでしたね。私もつい舞台演劇の考えにより過ぎてしまいます。この舞台にいる私たちは皆、アイドルでした。そうでした。笑っておきましょう』

    12.観覧車と『Dawning Angels』

     「『幸せは人に強制されるものでも与えられるものでもない。ぼくたちアイドルは人が幸せになるお手伝いをするだけ』……これはきっと、英智くんやつむぎくんに向けて言った言葉なんだろうけど……」
     自分に向かって北斗が必死に紡いでくれた言葉を聞いた日和は、しばらくしてから口を開いた。
    「同じ舞台にいたぼくにも結構ヒットしたね。きみはどうだったホッケーマスクくん?」
    「先輩たち、俺の心でも読んでいるのか?」
     脳裏に描いていた過去を日和も同時に振り返っていたとしか思えないタイミングだった。
    「ちょっと違うね。北斗くんの表情が読み取りやすいだけ。『先輩たち』って複数形使うあたり、他の人にもバレちゃってるんじゃない」
    さっきからずっと伝えてくれた北斗の告白の中には、登場人物に風早先輩やら守沢先輩やらが出てきていた。そのためなんとなく内容が過去を遡っている気がしてしまったのだ。自分たち二人のアイドルがステージで交わった過去をひとつずつ遡っていったら、最後には渉の討伐戦へと行き着く。
     「……渉くんの言葉を肯定した場合、ぼくたちは思い上がってたことになるね。自分たちなら学院のみんなを幸せにできるって。幸せにしてあげたいなって。そしてこの理想自体はまだ美しかったとしても、やった方法がさらにまずかった。だから自分たちも汚れちゃったね」
     あの時のライブで歌ったfineの楽曲が、心の中で勝手に流れていく。ひょっとしたら北斗の心にも流れているかもしれないと日和は思った。
    「『未来贈ろう』やら『幸せへ導く』やら歌ってた、当時のぼくたち……。まあ実際にその言葉で、ぼくたちのファンだった桃李くんの心は満たしてあげられた。あの子はぼくたちを追いかけてくれた。だからあの頃の音楽や理想にも価値はあったと思ってるけど」
    「姫宮は確かにそうだな。だが今、先輩がこの場で言いたいことも分かる。というか、俺も嬉しかった。あの『Dawning Angels』という曲は前と少し違ったから」
    ここにきて北斗は、比較的最近の話をし始めた。あるライブが行われて、五奇人と元fineたちが集まり正面から対決することになったのだ。fine側が歌った『Dawning Angels』という曲の歌詞を北斗も覚えている。
    「もう繰り返さないと誓ったり、もう一度飛び立とうと歌ったりしていた」
    「ふふん」
    日和は軽く笑う。贖罪のために活躍し続けろと北斗くんは言っていたものねと思い返す。それに……
    「随分湿っぽいことをらしくなく語っちゃったけど、正直ぼくはまだ諦めてはいないんだよね。世界中、みんな取りこぼさず愛をあげること。なんと言ったって、ぼくはアイドルだし」
    今度はにっこりと、自信を持って日和は笑った。
     「『愛』って表現を避ける人も世の中にはいるね。人間の心にはひだがあり、人と人との関わりにはグラデーションがあるけど、そんな淡いを全て塗り潰してしまうような安易で陳腐な言葉だから」
     北斗は頷く。今日のデートが途中で揉めたのも、自分と先輩が辿ってきた過去も一言で説明できないくらい複雑だったからだ。
    「でもなんといっても強くて、力を与えてくれる温かい言葉だから、ぼくは『愛』が好き。だからアイドルとして舞台に立ち、昔の小説のタイトルじゃないけど、世界の人が見ている中心で愛を叫んでみたい。ぼくはぼくがやりたいからやるだけだし、受け取るかどうかは相手の勝手なのはもう分かってるから」
    「それでも、相手からも愛……愛らしきものでいいから返ってくることを願ってるのか」
    「だって愛が循環することこそ、ぼくの考える幸せであり平和だね。ぼくはね、ステージに立ってる時こそ、自分を表現できてるし生きてるって思える。ファンがそれを見て幸せになってくれて……これについてはぼくはずっと考えてるね。高校3年のウィンターライブでEdenとしてきみたちTrickstarと歌った時も。ぼくがいなくなった後の夢ノ咲で育つアイドルたちと縁が結べた時も。卒業後に出場したSS予選で凪砂くんと手を繋いだ時も。本戦で今度はEdenとして今のfineと歌った時も……ずっと、ずっと、ずっと……考えてる」
     ここでふと、日和は北斗に問いかけることにした。サマーライブの練習中に二人で話していた時、同じ質問をしたら北斗は答えに詰まってしまったが今はどうだろうか。
    「……北斗くんの方はいったい何のためにアイドルやってるの?」
    「それこそ俺もSS予選会で考えていたことだ。ジャングルを彷徨い、カニを拾い、やっと生還してライブ会場にたったあの時……そう俺たちTricksterは、戦禍の渦巻くSSの最中もまずアイドルたらんとしていた。人の幸せを願った。愛し愛され、幸せにして幸せになろうとしていた。それこそがアイドルであり、俺たちのやりたいことだ」
    今はもう、北斗は全く回答に躊躇うことがなかった。
    「まあ前半は意味が分からないから置いといて……似ているね。嬉しいね。大事なことへの考え方が共通してる。すごく嬉しい……」
    ここで日和は背を屈めた。笑いがどうしても込み上げてきてしまったらしい。
    「うん、でも、ねえ、ふっふふ……ごめん。やっぱり気になる、なに、カニってなに? ジャングル?」
    ツボにハマってしまったようだ。しばらく震えて笑いに耐えていた。
    「……はあ、ぼく。もうダメかも。きみのこと、前半の頓珍漢な部分まで含めて愛しくなっちゃった。だいぶダメだね」
    この言葉に北斗が何故か弾かれたように立ち上がった。狭い観覧車の中で片方が立つと、一気にそちらの気配が強くなる。
    「おい、本当にダメじゃないか巴先輩!」
    「なにが?」
    「俺が告白しにきたんだぞ。俺から言わせてくれないと」
    「あー……ごめん。だってぼくも愛情は伝えたくなっちゃうもんね」
    「だからってもう譲れないんだ……先輩!」
    「……うん。なぁに?」
    「……愛している!」
    日和の口から「わあ」と声が出た。
    「循環させようじゃないか。今の先輩になら愛を渡してもいい。いや、俺はどんな時でもアイドルだと宣言しよう。愛を皆に届けよう。俺のために、けれど皆のために歌おう。そして」
    北斗は相手の方へやってきて、その肩に両手をのせた。
    「また先輩とも共に歌おうじゃないか」
    日和の肩に感じる北斗の手は冷たかった。氷鷹北斗というアイドルは、名前の印象も冷たければ、顔立ちもクールで、体温も低くて……なのにこんなにも心だけは情熱的だ。
    「ほんとに強い言葉だよね、心を震わせるよね『愛してる』って。……言われると嬉しいもんだね、やっぱり」
    どことなく根負けしたような表情で言うのが、少し北斗は不満だった。
    「お付き合いにあたって、まずは何よりもう一回デートして欲しいね。今回のはなんだかハチャメチャだったから」
    しかし、言いながら、日和には珍しいはにかんだ表情に変わっていった。それを見て北斗の心から不満は消え去り、信じられないくらいの幸福に満たされた。
    「よし、ありがとう!」
     観覧車はとっくに天辺など通りすぎ、一周するまであと四分の一くらいの距離まで地上に近づいていた。北斗の手が肩から離れてから、日和は窓の方に目をやって「全然外を見れなかったね」と、いつもの調子に戻って呟いた。
     しかし、北斗はそれどころではなくなっていた。ぐたりと椅子の上で姿勢を崩してしまい、日和が北斗の異変に「どうしたの」と慌てる。
    「……せ、先輩。すまん。もうすぐ下に着くのに、立ち上がれるか自信がない。力が抜けた……先輩に縋って帰ることになるかも知れない」
    「ええっ何言ってるの? 這いつくばってでも進んで!」
    ここまでやりとりして何故か二人とも言葉が止まる。
    「……なんだか」
    「……あっ北斗くんも思った?」
    「ALKALOIDの曲でこんな歌詞のやつがあったな」
    「それこそ巽くんのことも思い出しちゃうよね。あははは」

    13.月までも一緒に

     「良かった、本当に良かった。無事に自分の足で遊園地を出られて」
    「もう。オッケーしちゃった手前見捨てられないし、介抱しながら帰らされるところだったね」
     遊園地のゲートをくぐると、大きな駐車場に出る。二人は車で来たわけではないので、駐車場に沿った道をしばらく歩いて、さらに出口へ進むのだった。
    「それにしても誰もいないな」
    自動車はもうほとんど止まっておらず、人の姿もない。このデートでは、パレード、観覧車と、だんだん自分たち以外に人がいない場所に進んでいったが、ここに来て、自分たちのための広い空間を手に入れたかのようだ。難点を挙げるならば、遊園地の敷地内に比べ照明が少なく薄暗いことだ。少し冷えてしまっている夜風も自分たちの体を撫で、流れている。
    「かなり遅い時間だからね。どうしよう、明日は昼からの仕事だけど、朝は普通に起きて準備しときたいんだよね」
    「タクシーでも呼ぶか?」
    「ううんまだ。せっかく誰にも見つからなさそうだし、最後に子供っぽい悪いことをして遊ぼうね。ぼくもなんだかんだ浮かれちゃってて」
    「な、何する気だ」
    「『ムーンライトディスコ』で、ぼくと北斗くんが二人で歌うところどこだっけ?」
    観覧車の中でも少し思い出したシャッフルユニットの曲だ。五人の歌割りの中で、二番のサビが終わるところを日和と北斗二人で歌っている。
    「ここで歌う気か? ……確かに誰にも聞かれなさそうではあるが。ちょっと待て。あそこから急に始められない」
     ムーンライトディスコは明るい曲調をしつつ、歌詞はかぐや姫のことを歌っている。月からUFOが迎えに来る中、現代版のかぐや姫が友達との最後の別れをあえて笑顔で踊り明かすのだ。
    『サヨナラがツライなんてわかってたのに』
    と二人で歌って二番が終わり、そこからはまずは北斗が空を覆うくらいの何かが現れたことを歌う。深海奏汰がUFOのことを歌い、風早巽がその光が派手なことを歌う。そして鳴上嵐というアイドルが日和と二人でお迎えが来たと歌っていくのだが、
    『ハチャメチャに楽しい』
    日和は、さらに先までどんどん続けていく。
    『時間』
    次の巽が担当する部分も構わず自分で歌う。
    『時代』
    北斗は自分の歌う箇所に差し掛かったのでつい口を開いてしまった。
    『時空』
    奏汰の箇所も、日和が代わりに歌った。
    『次元』
    そして嵐が担当していた場所を北斗が歌う。
    『超えーたー』
    誇張でなく本当に、日和の声が浮かれはしゃいでいることに、今になってやっと北斗は思い至る。
    『最高の出会いに』
    最高に、眩しいくらいに笑っていて、愛しげに目を細めていた。
     唐突に北斗は悟った。この歌のかぐや姫は月に帰ってしまったのだろうが、友達との別れを最後まで笑顔で歌い踊り切ったし、その後もずっと友情を忘れなかったに違いない。
     そして、この歌を歌った五人はこれからもずっとアイドルなのは間違いない。理由はなかったがそう確信した。なんならもし今後、自分たちの活躍する舞台が月になったとしても、それならそこで歌っていくはずだ。
    「悪いこと終わり。バレる前に帰ろう北斗くん。今はきみだけを共演者兼お客様にしておきたいからね」
    「その割には随分と高らかに歌っていたじゃないか」
    「いい曲だよねこれ」
    「まあ否定はしない。これも含めてまた歌おう。何よりTricksterの歌をまた聴いてもらいたい」
    「きみ本当に自分のユニットが好きだね。ふふ、ぼくもそう。Edenってユニットが大切。Edenの仲間とはあの過去を辿ったからこそ巡り合えたの。それを北斗くんには言いづらかったけど」
    「ならもう何も遠慮することはないだろう」
    「そうなんだよね。ありがとう。とっても幸せな気分にしてくれて」
    結局のところ日和がらしくなく過去に拘った理由は、恋人に心置きなく自分のユニットを自慢したかったから……だけかもしれない。もしそうだったとして北斗はEdenのメンバーに嫉妬心はわかなかった。ただ相手がより愛おしくなるだけだった。
     二人はまた他愛もないことを語り合いながら、星奏館までゆっくりと帰った。

    (おしまい)

    話に登場した楽曲
    ※だいたいは登場順だけど、もしプレイリストにするならと考えて違う位置にした曲もある。

    ・旧fine「Genuine Revelation」
    ・2wink「Swee2wink Love Letter」
    ・fine「恋はプリマヴェーラ!」
    ・Trickstar「ワチャガナドゥ?」
    ・Eden「Dance in the Apocalypse」
    ・Trickstar「Romantic Xday」
    ・Eve「Sunlit Smile」
    ・Adam「Melting Rouge Soul」
    ・Special for Princess「しょーがいゼッタイそーあい宣言♥」
    ・Trickstar「Finder Girl」
    ・fine-O「Dawning Angels」
    ・ALKALOID「Living on the edge」
    ・月都スペクタクル「ムーンライトディスコ」

    せっかくなんだから「キセキ」を入れてもよかったかもしれない。
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