自分がこんなにもスポーンを傷付けたこと。それは、仕方ないでは済ませられないような気がした。
いつもならあははと笑って受け流すスポーンが、あの時から口数が減り、憂鬱になり、最終的には横断歩道の真ん中で足を止めた。
それを知って初めて自覚した「俺のせいだ」という気持ち。心が痛かった。
......
スポーンはすっかり弱っていた。花は萎れかけ、冷蔵庫の中の果物は腐っていた。テレビのリモコンやキッチンには、うっすらとほこりが被っており、生活らしい生活をしていないことが分かった。
スポーンはただ、壁の方を向いて寝ていた。
......
......
少し前のこと。
「バカ、何してんだよオマエ......!!」
車に轢かれそうになったスポーンを庇って歩道へと転がる。少し強く当たりすぎたためか、お互い軽い怪我をしてしまった。でもその時は、膝の擦り傷には気が付かなかった。
返答どころか反応すらないのが恐ろしく思ったのか、俺はスポーンが死んでないかを恐る恐る確認するように、顔を覗いた。
その顔、
虚な目と、酷いクマと、ぐにゃりと歪んだ貼り付いたような笑顔。
その顔。
脳裏に焼き付いた。
忘れられなくなったと思う。
......
......
「リング。」
突然名前を呼ばれてびっくりする。考え事をしていたのもそうだが、彼を助けてから初めて話しかけられたものだから、思わずびくっとしてしまう。
......会話をするのには、絶好のチャンスだ。
「......なんだよ?」
「なんであんなことしたの?」
予想外の言葉にさらに驚く。その声は、スポーンとは考えられないほど冷たかった。......いや、温度がなかった。死んだように。
「......なんでって、だって、俺...」
抑えられない感情と、話したいことが一気に込み上げてくるのを必死に整理する。
「俺、その、オマエに謝ろうと思って、だってさ、だってあんな酷いこと言っちまったから、きっと落ち込んでるって思って」
「うん」
「それで......その......いえ、家さ、行ったら、オマエ死のうとさ?し、してたから」
「そっか」
「......」
その淡々とした返事が怖かった。スポーンがまるで別人みたいだった。いつも話していたのに、幼い頃から一緒だったのに、こんなスポーンは知らなかった。
全部知ったつもりだった。どうしようもなく子どもっぽく、なんかいつも笑っていて、調子に乗ってるバカみたいな__
......そんなやつだと思っていたけど、違う。それは、「俺」の方だ。と嫌でも気付かされる。それでも、こんなに必死なのに!という気持ちが湧き上がってくる。どうしてそんな冷たくするんだ?と。助けてやったんだから、ありがとうくらいは言えよ!と。
まあ、そう考えていたのがカオに出ていたんだろう。スポーンはその“怖い目”で俺を見てくる。
「リング」
また名前を呼ばれる。今度はどんなことを言われるんだろう?と、親友相手に怯えてしまったのを感じた。
「ごめんね。僕のせいでリングを悲しませちゃって。」
......
訳が分からなくなる。
だって、酷いことをしたのはこっちの方だというのに。
おかしい。
おかしいと思う。
「おかしいだろ、なんか、それは...!」
「......何が?」
「なんでオマエが謝るんだよ!?オマエがなんかしたか!?確かにオマエはさ、俺が助けてやったのにありがとって言わないし、さっきからずっと冷たいし!!!色々文句言いてぇけ...ど.........」
あっ。
思ってた事がつい口に出てしまった。
自分の傲慢なところと、ワガママなところが出てしまった。でも微かに思っていた、もしかしたらそれも、いつも通り笑って受け流してくれるんじゃないかと。
自分勝手な考えだと、申し訳なくて。
スポーンの顔を、そっと見た。
「......」
「......」
「は、」
「あはは」
スポーンは笑い始めた。突然に。
それは、なんだか怖かった。自分の知らない世界だった。親友と呼べる親友はスポーンしかいなかった。そんなスポーンも、いつも元気だった。だから、落ち込んでいるのに笑うというのが分からなかった。
怖い。
怖かった。
......
「僕、やっぱりおかしいんだね」
その声は、嫌というほど聞いたはずの、安心する声だった。だけどすぐに消えてしまいそうな、やっぱり真っ暗闇の中で話しているような感じがした。
「みんなに冷たくされたんだ、夢の中でもリングに殺された。もういいやって思ってさ、さっきあんなことしたの。ご飯を食べる元気もないし。」
......
「助けてもらったなんて考えたこともなかったよ、僕そんなことされるほどの人じゃないって思ってた。ごめんねリング、君の期待通りの親友になれなくて」
こんなこと言われたのは初めてだった。俺はいつも誰かと喧嘩するとか、そういうことしかしてなくて、スポーンとしかうまく行っていなかった。だから、ぶつかり合った時に謝られるなんて、それこそ本当に考えた事がなかった。
期待通りの親友......。
......
スポーンはいつも楽しそうだった。いつも......いつも文句なんて言っていなかったのを思い出す。いつも文句を言っていたのは......俺の方だった。いつも愚痴を言っていたのは俺の方だった。いつも怪我させてたのは俺の方だった。いつも無茶振りさせていたのは俺の方だった。いつも先に怒ったのは俺の方だった。いつも相手を悲しませていたのは俺の方だった。いつも突き放していたのは俺だった。いつも__
「リング?」
「え?ああ、ご、ごめん、」
......情けないと思う。
......情けないと思った。
でも、でもどうせ。どうせ明日には元気になってるんじゃないかという思考が過ぎる。そんなのありえないのに、と頭では分かっていたものの、変に期待してしまう。
......嫌だ。
自分が嫌だ。
なんだか今までと自分の思考が酷く異なっていて、自分自身が気持ち悪かった。
......きっとスポーンは、これより酷い思いをしたのだろう。
......
「......ごめん。ごめんなさい」
そう、弱々しく吐いた。こんなの、自分らしくないと思った。
スポーンはそんな俺を、後ろから抱きしめる。
スポーンの体重がかかるのを感じるが、羽根のように軽かった。腕は細く弱々しく、触ったら折れてしまうんじゃないかと思った。
俺はスポーンをこんなにしてしまったのかと......きっと“じこけんお”に襲われたのだろう。そんな感情を知らなかったものだから、どうすればいいのか分からなかった。
低い体温、でもどこか温かさを感じた。スポーンの気持ちに「ありがとう」と言ってもいいのかと躊躇った。そんな変な考えを追い払おうとして、前みたいにスポーンを抱きしめた。