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    うまちゃん

    馬のチラ裏置場

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    うまちゃん

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    サリエル=サリエル怪電波になる予定だった作文

    月光蓄音領域ウィーン« 0節「プロローグ」
    藤丸リツカは溜め息をついた。
    「サリエリさん、どこ行っちゃたんだろ」
    赤毛のくせ髪を弄る姿はひどく物憂げだ。
    三日前、アヴェンジャー/アントニオ・サリエリがノウム・カルデアから姿を消した。
    アントニオ・サリエリは近世ウィーンで活躍したオペラ作曲家だ。しかし、英霊としての彼はその在り方を「無辜の怪物」に侵されていた。
    その意識は「モーツァルトの死神」という役割と人間としての記録の狭間で絶えず揺れ動く。それ故に、リツカの「命令」には非常に従順な一方、人として扱われることを極端に拒絶するきらいがあった。
    リツカは英霊受けの良さが"取り柄"だったが、彼には少々手を焼いていた。
    そのサリエリが、突然姿を消した。
    失踪の原因は不明だ。カルデアは外部の攻撃も視野に入れて準厳戒態勢にある。リツカも礼装を着て待機中だ。
    いつまで続くか分からない緊張状態と、折り合いが悪かったサーヴァントの失踪に対する自責が、リツカの心に重くのしかかっていた。
    「ええ、心配ね。サリエリ先生、最近"ご病気"がよくなかったみたいだもの…」
    リツカの向かいの席で、鈴のような声が同調する。
    横暴なる君主主義の象徴にして「悲劇」の王妃、マリー・アントワネット。彼女は生前からサリエリと面識があるらしく、カルデアに召喚されてからも、不安定なサリエリを気遣って時々声をかけていた。
    マリーの空色の瞳にはふたつの心配が浮かんでいる──失踪したサリエリと、彼を心配するリツカのことだ。マリーはリツカを元気づけるように続けた。
    「でも大丈夫よ、ダ・ヴィンチさん達が探して下さってるんですもの。きっと、もうすぐ見つかるわ。……まあ、そうだわ!もし先生が戻ってきたら、お茶会を欠席された分、たっぷりピアノを弾いて頂こうかしら?私も久しぶりにハープを弾きたいし
    ──そのときはリツカもご一緒にいかが?」
    「もちろん!ありがと、マリーちゃん」
    そうリツカが笑うと、マリーも笑う。空元気ではあるが、リツカもいつもの調子を取り戻してきたようだ。
    そんな二人の傍に、ふわりと影が現れた。
    「そうそう、男なんてフラッと何処かに行って、困り事を抱えて戻ってくるものよ。あなたはどっしり構えていればいいの」
    彼女はそんな古風な持論を──と言うには生々しく実感が籠っていたが──語りつつリツカの隣に腰かける。
    「メディア師匠!」
    メディア──ギリシャ悲劇に語られるコルキスの王女であり女神ヘカテーの薫陶を受けた神代の魔術師。彼女は悪人ぶる癖はあるものの世話焼きな質で、リツカの魔術の師匠(の一人)を買って出ている。
    「それで、私の可愛いお弟子さん。人の心配もいいですけれど、課題はもう出来たかしら?」
    「まあ、課題ってなにかしら?」
    「除魔のお守りよ。単純なアーティファクトだから、マスターでも作れると思うけど。魔術鉱石もつけてあげたもの」
    メディアはマリーに返答しながら、リツカに手のひらを差し出す。はやく出しなさい、の手だ。
    リツカは少しもじもじしていたが、ついに観念した風に破魔のお守り──の失敗作──をメディアの手に乗せた。
    「ごめん、ただの小袋になっちゃったみたいで……」
    「あら?ふーん……薄っすらとだけど、効果は乗ってるわね。まあ、あなたにしては頑張ったのではなくて?」
    「ほんとに?!」
    「合格ということね?おめでとう、マスター!」
    リツカは大袈裟なくらい喜んで、マリーとハイタッチした。赤点回避レベルの評定でも、魔術とは無縁だった元補欠マスターにとっては大偉業に近しい。とはいえ、頬を真っ赤に上気させて、マリーと何度も握手を交わすのは、少々喜びすぎかもしれない。
    メディアは盛り上がる二人に冷めた目を向けていた。その極寒の視線は語る──仮にも魔術師ならこれしきで喜ばれても困る、と。
    突然、明るさを取り戻した食堂に緊迫した声が転がり込んだ。
    「先輩!こちらにいらしたんですね」
    リツカを先輩と呼んだ少女、マシュが駆けてくる。その尋常ならざる面持ちを見て、リツカも一瞬で緊張感を取り戻した。
    「マシュ、どうし──」
    「微少特異点が発見されました。サリエリさんがレイシフトした可能性が高いそうです」
    「!」
    マスターの後ろでイスが大きな音をたてる。それには目もくれずマスターはマシュと共に走り出した。



    「やあ、来たね。早速だがミーティングを始めよう」
    ノウムカルデアの管制室ではダ・ヴィンチが待ち構えていた。ミーティング開始と同時、リツカのタブレット端末に地図と各種データが写し出される。微小特異点の発生地、地図に示された場所は、
    「ウィーン」
    「そう、ウィーンだ。時代は19世紀初頭。いかにもって感じだろ?」
    そう、如何にもサリエリが行きそうな地だ。なにせウィーンは、彼の生前のホームグラウンドである。時代もサリエリが生きていた頃と一致している。
    「先程レイシフト記録が改竄された痕跡も合わせて見つかった。まだ改竄前のデータは復元できてないけど……サリエリがこの特異点に"とんだ"と見て、まず間違いないだろう」
    そこまで説明して、ダヴィンチは少し怪訝な顔をした。「レイシフト記録は何回も確認したはずなんだけどなぁ。まるで今しがた誰かが痕跡をでっち上げて"見つけさせた"みたいで、気味が悪いや」
    何者かが、カルデアのシステムに不正アクセスした可能性がある。不穏な事態にマシュは眉を潜めた。
    「敵性サーヴァントの罠、ということでしょうか?」
    「その可能性もある。でも、サリエリの協力者が"罪の告白"をしたのかもしれないし、現状ではなんとも言えないね」
    小さな天才はお手上げ、といった具合に肩をすくめた。しかしその表情は、お気楽な口調を裏切って、わずかに強張っている。当然だろう、戦場では小さな違和感が生死を分けることにもなる。それが組織の肝たる管制室で見つかったのなら尚更だ。
    リツカはぐっと息をのんで、それから、笑顔をつくって言った。
    「罠でもいい。サリエリがウィーンに居るなら、迎えに行かなきゃ」
    「私も同行します!いつにまして不安な要素がありますが……。私、マシュ・キリエライトが全力でマスターを護衛します!」
    「モチロン、私も全力でサポートするよ!ま、"こっち"の話は安楽椅子探偵がなんとかするさ。さて、特異点の規模からして、メンバーはあと2,3人いれば十分だろう」
    残りのメンバーの選定に、真っ先に手を上げたのはマリーだ。
    「はい、はい!私も協力するわ!ウィーンは私の故郷だもの、お庭みたいなものよ。道案内は任せてちょうだいな。いいでしょう、マスター?」
    マリーは張り切って、端末の地図を指差しては、このパティスリーは美味しいだの、ここの公園でよく遊んだだの、あれこれ語ってみせる。ここにカッコつけしいの音楽家がいれば、お散歩じゃないんだぜ、とでも説いていたろうか。
    しかしながらマリーのウィーンの土地勘は本物で、加えて宮廷内の「政治」をよく知っている点も心強い。彼女をチームに加えない手はないだろう。
    「もちろん、よろしく」そうリツカが言いかけた瞬間、神経質な男の声が場を遮った。
    「おお、マスター様。恐れながら申し上げますと、マリア王妃の随行はお止めになった方がよろしいかと」
    皆が声の方を振り向く。いつの間に現れたのだろう、黒いフロックコートに身を包んだ男がそこに立っていた。カルデア職員の制服ではないので、リツカが召喚したサーヴァントのはずだ。しかし時代錯誤の丸眼鏡から覗く冷徹な瞳を、リツカは初めて見たように思う。
    「君は、」
    「ああ、なんてこと!貴方の無二の音楽家をお忘れになったのですか?私です、偉大なる天才作曲家──ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンでございます」
    「ベートーヴェン……」
    今日、ベートーヴェンの音楽を知らぬ者はいないだろう。キャッチーで情熱的なメロディでお馴染みの、あの「運命」と呼ばれる交響曲で有名な音楽家だ。そう、英霊になっていないほうが不思議なくらい有名な。
    そういえば召喚したかもしれない、とリツカは[[rb:思い出して>・・・・・]]、しかしその神経質そうな面持ちはベートーヴェンのイメージと違うな、なんて呑気に考えた。
    リツカの困惑にも関わらず、ベートーヴェンは饒舌だ。
    「ええ!ベートーヴェンです、カルデアのマスター様。進言申し上げますが……私の過ごした1824年のウィーンは、市民の間で革命の気運が高まり、憲兵も王室に歯向かう市民を恐れてそれはもう[[rb:仕事熱心>・・・・]]でございました。パリの革命の影響が欧州中に広がったのでございます。そこに革命で刑死した筈の王妃が現れたら、どうなるでしょうか?」
    「……そうね、悲しいけれど歓迎はされないでしょう」
    マリーは目を伏せて、寂しげに笑った。
    ベートーヴェンの危惧は当然といえば当然だ。不安定な情勢に、皇族の"幽霊"なんて現れたらトラブルが起きてもおかしくはない。
    革命は起こるべくして起き、社会は大きく進歩した。
    しかしそれを快く思わない者もいる。既得権益者にとって市民革命は終末のラッパにも等しいのだ。
    支配階級と市民の闘争の時代、そこに「甦った皇族」という火薬を持ち込めばどうなるか。
    「私はフランスを民に返したけれど、全ての人に私の想いが受け入れられた訳ではないわ。私を憎む人、利用しようとする人もいるでしょう。ごめんなさい、マスター。道案内は次の機会にしましょう?その代わり、貴方のお留守は私が守るわ!」
    「うん、今度は一緒に行こうね」
    「結構!此度の道案内は、この私、ベートーヴェンにお任せください。きっとマスター様のお役にたちましょう」
    辞退したマリーに代わり、ベートーヴェンがメンバーに加わった。マスターは今度こそ、「よろしく」と口にした。
    さて残りのメンバーはどうしよう、リツカはなんとなしに周囲を見渡して、食堂から一緒に来たメディアに目をつけた。彼女はリツカと目が合うと優美に笑う。
    「私もご一緒しようかしら。たまには前線で弟子の成長を見てあげなくてはね?」
    期待しているわ、なんて冗談っぽく言う様は泰然自若としている。成熟した大人の余裕か、あるいは一流の魔術師たる誉れか。どちらにせよリツカにとって頼もしいことこの上ない人物だ。
    「うんうん、じゃあメンバーは以上でいいかな?」
    「ちょっと待ったーッ!」
    突如、管制室に響き渡るドラゴンボイス。その赤くて角つきのシルエットは──!
    「アタシも行くわ!アタシの専属バックバンド兼編曲家が脱走だなんて、ダメダメじゃない!たっぷりオ・シ・オ・キしてアゲなきゃね?」
    ──エリザベート・バートリー。
    美貌と享楽の為だけに600人以上の女性を虐殺し、血の公爵夫人と恐れられた怪女である。何故か英霊になった後アイドル活動を始め、着々とファンを増やしているがその本質は怪物、のはずだ。
    いまも怪物らしく禍々しい竜の尾をゆらゆら揺らして不敵に嗤っている。
    「それに、ウィーンって『音楽の都』なんでショ!?一度は挑戦してみたいと思ってたのよね~クラシックも学びたいし?ロックやるなら、やっぱり基礎を押さえておかないとね!」
    台詞は勤勉なアイドルのそれであるが。
    「勉強もいいけど、任務にも集中してくれよ?それじゃ、レイシフト準備!」
    藤丸リツカ
    マシュ・キリエライト
    メディア
    エリザベート・バートリー
    そして、ベートーヴェン
    メンバー全員がコフィンに入り、時間跳躍を開始する。
    目指すは音楽の都、ウィーン。
    ──謀略と狂瀾の音楽祭の始まりである。


    « 1節
    ──1824年、ウィーン
    レイシフトによって、リツカは大きな街道に姿を表した。自身を取り囲むいかにもヨーロッパ風のレンガ建築や、時代がかった(1800年代では流行の)衣服の人波は旅慣れたリツカにも新鮮に見える。
    そうして周囲を観察している内、リツカは妙なことに気がついた。それは、街行く人がみな楽器を携えているということだ。
    路上のあちこちでバンドが演奏しているのは如何にも「音楽の都」らしいが、それだけではない。華奢な貴婦人がヴァイオリンを恭しく構えているかと思えば、長ズボンの子供たちが揃いのピッコロを片手に走っていく。肉屋も、パティシエも、靴磨きもみな仕事道具と楽器を次々持ちかえるのに忙しない。
    音楽が溢れかえる異様な光景にリツカはゾッとしないものを感じた。
    「先輩!そちらにいらしたんですね!」
    リツカの耳にマシュの声が届いた。振り返るとマシュが道の対岸で手を振っているのが見える。リツカは道行く馬車を避けつつマシュの元へ駆け寄った。
    「よかった、はぐれちゃったかと…他のみんなは?」
    「先輩、お一人なのですか?ダヴィンチちゃんに相談してみましょう」
    リツカはリストバンド型の通信機を起動した。しかし映像も音声もノイズしか流れない。
    「あれれ?」
    「故障でしょうか?」
    「いらっしゃいましたか!お待ちしておりましたよ、カルデアのマスター」
    雑踏を縫って聞き慣れない低い声が二人の耳に届いた、その一瞬、ぐわんと音が頭を揺らした。目眩にくらくらしながら、リツカはやっとのことで街灯にすがりついた。
    蒼白の顔を、丸眼鏡越しの冷徹な目が覗きこむ。
    「ベートーヴェン…」
    「はい、アナタ様の音楽家、ベートーヴェンでございます。それでは早速参りましょう」
    「どこへ?」
    「ああマスター様、何を寝ぼけたことを仰るのですか。勿論、『異変』を『解決』しに、ですよ。」
    ベートーヴェンは口元だけでにこりと笑うと、先導に立った。黒いフロックコートから伸びる、ひょろりと長い足がせかせかと動く。長身ではないリツカとマシュはついていくのに大変だ。リツカは半ば駆け足でウィーンの街を進んだ。
    「あの、ベートーヴェンさんはこの特異点について何か知っているのですか?」
    マシュが早足の背中に問いかける。
    「ええ、マスター様をお迎えする前に微力ながら調査をしておりました。この誘拐騒ぎについて」
    「誘拐、ですか?」
    ベートーヴェンが極めて慇懃な早口で捲し立てたことに、曰く。
    このウィーンでは数日前から人攫いが起こっている。それも、ただの人攫いではない。
    なんと亡霊が次々人を襲い、どこぞへ連れ去ってしまうのだ。それも、昼夜問わず、老若男女問わず、あらゆる人間が忽然と消されてしまう。
    「しかし被害に合う現場は、ある程度固まっております」
    「それは一体…」
    一行は市街の喧騒を背に歩き続け、街を囲む城壁近くまでやってきた。行商人か、旅人か、馬車や人がひっきりなしに行き交っている。
    そして、やはりここでも音楽は絶えなかった。憲兵のとなりで弦楽器カルテットが陽気に演奏している。
    「何かヤな予感」
    リツカが呟くと同時、三人を"影"が取り囲んだ。中天の街道がおどろおどろしい闇に沈んだかと思うと、何処からか灰色の亡霊達が現れる。
    「戦闘態勢!」
    マシュは直ぐに霊体の鎧を身に纏うと、盾で亡霊におどりかかった。リツカもマシュを魔術礼装でサポートする。
    亡霊はマシュの殴打を受けると塵のように霧散した。しかし、消えた先から次々と現れるせいで戦況は膠着状態だ。
    このままではジリ貧──焦るリツカは、ベートーヴェンが後方でぼやっと突っ立っていることに気がついた。
    「ベートーヴェンも力を貸して!」
    「へ!?わ、私でございますか?私は荒事の経験はあまりないと言いますか、ええと、何をすれば良いのか」
    狼狽えるベートーヴェンにリツカはがむしゃらに叫んだ。
    「何でもいいから演奏して!私の音楽家なんでしょう!」
    「──ああ!成る程それでしたら、ええ、この私でもお役に立てましょう」
    納得したような声と同時、リツカの背後で異質の魔力が放たれた。音の形を伴ったその魔力は、しかし、"音楽"というにはあまりに理から逸脱していた。
    不規則なリズム、不協和の旋律。
    冒涜的な音の波が辺りを呑み込んだ。
    魔奏によって亡霊たちがなす統べなく消えていく。
    リツカはベートーヴェンを振り返ったが、そこにいるのは最早ベートーヴェンではなかった。青白い顔の中で、瞳だけが異様なスペクトラムで輝いている。その恐ろしい相貌を見、マスターはようやくこの男のクラスを悟った。
    「フォーリナー…」
    「マスター!ベートーヴェンさんの攻撃で亡霊たちが弱体化しています!これなら!」
    「うん、このまま押しきる!」
    リツカの号令と共に、マシュは盾を振りかぶった。



    亡霊を凪払い、市民を守る三人。
    その目前に、一騎のシャドウサーヴァントが立ちはだかる。その姿は戦場を駆る仮面の怪人──サリエリに酷似していた。マシュが前線に躍り出て突進を食らわせようとするが、影の生み出した音のうねりがマシュの盾を弾いてしまう。
    「くっ…!」
    「マシュ!っ礼装でブーストを──」
    「諸君、伏せたまえ!」
    リツカの頭上から何者かの声が響いた。マシュとリツカが反射的に屈みこむと、その上スレスレを大きな黒い影が通り抜ける。
    「神聖なるローマの威光を見よ!」
    それは双頭の大鷲だ。
    大鷲はシャドウサーヴァントに襲いかかると、巨大な鉤爪で腕を顔を切り裂いた。ダメージを負ったサーヴァントが苦悶の声をあげる。
    次いで、天から光線が放たれた。それはリツカもよく見知った光──魔術師メディアの秘技だ。
    「今だ、マシュ!」
    「はあああ!」
    マシュの一撃が鉤爪の痕に正確に入る。
    霊核を砕かれたシャドウサーヴァントは完全に沈黙し、崩れ去った。それと同時に辺りを覆っていた"影"は地に沈むように消えていった。
    安堵の息をつくリツカとマシュ。彼女らの元にふわりとメディアが降り立った。清廉な所作に反して、その表情は激怒を型どっている。
    「もう、どこに居るかと思ったら!心配させないでちょうだい!」
    「ごめんごめん。ありがとうメディアさん、助かったよ。それから、えーっと」
    リツカはおずおずとメディアの後ろに立つ男に会釈した。男は仕立ての良い赤のコートを着てプラチナブロンドの豊かな髪をリボンで束ね、そのうえ何故か魔術で拘束されている。
    「ああ、この男?アナタの後をウロチョロつけていたから捕まえてみたのだけれど、どうしようかしら」
    「お初にお目にかかる。余はハプスブル……ではなく、サーヴァント・謎の伯爵ファルケンシュタインだ。このウィーンの異変を解決する為、聖杯に喚ばれた者である。そなたが敵でないのなら拘束を解いて貰えぬか?」
    「自分で謎って言った!」
    謎の伯爵が輝く笑顔でリツカに助けを乞うた。リツカはそのロイヤリティ溢れる相貌に非常に既視感を覚える。似ている、カルデアの留守を任せたお転婆王妃に!
    マシュが困ったようにリツカに耳打ちする。
    「先輩、どう見てもマリーさんの関係者です…。ハプスブルグと言いかけていましたし…」
    「うーん、どうして名乗らないんだろう…?」
    困惑するリツカを、謎の伯爵はすがるように見つめる。伯爵があまりに憐れな目をするので、リツカはメディアに解放するよう頼んだ。
    「異変解決なら私たちも協力したい」
    メディアは大きく肩をすくめて、伯爵を解放した。このお人好し、とでも言いたそうだ。リツカは大丈夫だよ、とメディアに笑い掛けた。
    「ありがとうマスター殿!それにキャスター殿にも寛大な措置に感謝を。なんとお礼を述べたらよいか…!良ければそなたらの名を教えてくれないか?」
    「藤丸リツカです」
    「私はマシュ・キリエライトです。よろしくお願いします、ええと…ファルケンシュタイン、閣下?」
    「藤丸君にキリエライト君か!このヨ…ファルケンシュタイン、そなたらと共闘できることを本当に嬉しく思う。これからよろしく頼むぞ。…いや」
    伯爵は思い出したようにピースサインを額に当てる。
    「チーッス!このような挨拶が流行りだと妹に聞いたのだが、合っていたか?ふふ、なんと軽快な挨拶であろうな。チーッス!」
    「ち、チーッス(先輩やはり…!)」
    「チーッス、伯爵!(気づかないフリをするんだ!)」
    「ご挨拶はお済みですか?」
    わいわいとやり取りをするリツカたちに割り込んで、ベートーヴェンが冷ややかな態度で口を開いた。その姿は、先程リツカが目にした怪物のような様相ではなく、元のフロックコートの紳士に戻っていた。
    メディアが胡散臭そうにベートーヴェンに一瞥をくれる。リツカはそれを見て、おや、と不思議に思った。メディアがギリシャ神と顔が良いだけの男以外に警戒心を剥き出しにするのは珍しいことだ。
    「申し遅れました、私はベートーヴェン。しがない音楽家にございます。積もる話もありましょうが……先の亡霊がまた出るやもしれません、場所を移してからの方がよろしいかと。私が案内いたします」
    そう言うとベートーヴェンは歩きだす。リツカは駆け足でその後を追った。疑問を胸にしまって。



    ベートーヴェンに案内されて、皆はウィーン市街のアパートにやって来た。
    部屋は洪水でも起こったかのような有り様で、あらゆる家具の上に酒瓶やら服やらが雪崩を起こしかけていた。メディアがアルゴー船より汚いと断言したのだから相当な事態だ。ただピアノだけは綺麗に整えられて、演奏者を待っているようだった。
    リツカたちはそれぞれ椅子を発掘すると、やっと腰を落ち着けた。
    「じゃあ改めまして、伯爵閣下。藤丸リツカです。人理保障機関カルデアに所属しているマスターです」
    「マシュ・キリエライトです。私たちは人理修復のため未来から派遣されました」
    マシュとリツカはいつものように特異点と呼ばれる事象と、自らが特異点解決を目的に行動していることを説明した。話の間、ファルケンシュタイン(?)は興味津々でうんうんと相づちをうった。
    「そなたらが、カルデアか!良い守護者だと噂に聞いている。共にウィーンのために闘おう」
    そう、ファルケンシュタインが白い手袋を脱いで、握手を求めた。リツカはしっかりとその手を握り返す。かたく、熱い手だとリツカは感じた。
    シーツを被った椅子にかけて、ベートーヴェンがひとつ咳払いした。
    「それでは現状の、異変のお話にまいりましょう。先の亡霊について」
    さきほど、闇と共に現れた亡霊たちとシャドウサーヴァント。19世紀のウィーンに有り得ざる存在である。
    「犠牲者は老若男女問わず、と説明しましたがある特徴があるのです。」
    「それは?」
    「奇妙なことに音楽家ないし演奏中の者だけが拐われているのです。事実、私の知人も何名か行方不明に」
    「じゃあさっき襲われたのは……」
    「ベートーヴェン君を狙って、であろうな」
    丸眼鏡の影で黒い瞳が伯爵を刺す。
    伯爵はどこ吹く風で、シミのついたソファにちょこんと座っている。
    「先の亡霊は、あるものが市井に流布した直後に出没するようになった。それが、これだ」
    伯爵は懐から小さな笛を取り出した。黒檀のつやつやとした外観は良質な楽器であることを見る人に伝える。リツカはそれをなんとなしに眺めながら、音楽に溢れた町の様子を思い出した。確かに異様な光景だったが、どんな意味があるのか。
    「ちょっと待ちなさい、それ、魔術道具ね?」
    メディアの指摘にマシュとリツカは血相を変えた。魔術の世界は秘匿の世界だ。それが欠片であれ一般に流布しているとは、尋常でないことである。
    「これは奏者の魔力を抜き取る代物なのだ。生命に危険が及ぶほどの量は取れぬが、」
    「時間をかけて回収し続ければ、聖杯の欠片くらいはできるでしょうね」
    「誰がそんなことを?」
    マシュの疑問に、伯爵が首を振る。
    「『誰が』はまだ確定してない。しかし『どこで』は見当がついている。私はモーツァルト君とその楽器の配布場に踏み込むつもりでいたのだ」
    「アマデウスも現界してるの?」
    「うむ、『居た』。だが彼は……『死んでしまった』のだ。『死んだ』、ああ、そうとしか言い様がないだろう。あの死神がごとき影に連れ去られたのだから」
    「マエストロは死んでなどいない!」
    ベートーヴェンが伯爵に掴みかかった。節だった白い指がギチギチと伯爵の喉元を締め上げる。
    リツカは突然のことに呆気に取られるばかりだ。緊迫した部屋に、ベートーヴェンの嗚咽のような呼吸だけが木霊する。
    伯爵は特に抵抗するでもなく、ベートーヴェンの肩に優しく手を添えた。ただ宥めるように。
    ベートーヴェンはハッとして、伯爵から手を離した。
    「申し訳ない、軽率な物言いだった。『連れ去られた』のだったな。拐われた者たちはまだ生存している可能性が十分にある。必ず助けだそう」
    「……いいえ、私こそ乱暴をしてしまって……失礼、少し頭を冷やしてきます」
    ベートーヴェンは背を丸めて逃げるように部屋を出た。マシュがその後ろ姿を心配そうに見送る。
    「ベートーヴェンはモーツァルトに憧れていた、と聞いたことがあります。それに生前の知人まで被害にあわれて、きっとショックですよね…」
    「そうだね…」
    「はやく解決してやらねば。時期、そして『音楽』という共通項。誘拐事件と楽器の件には必ず繋がりがあるはずだ。それを突き止められれば救出の手がかりも見つかるやもしれぬ」
    伯爵の言葉に、リツカは頷く。
    「楽器の配布場は知ってるんだよね?そこに行けば何か分かるかもしれない」

    «2節
    リツカ、マシュ、メディア、そしてファルケンシュタインの4人は魔楽器の配布場となっている小さな教会にやって来た。突入を目前にして、リツカは少々心ここに在らずの様子だ。
    「ベートーヴェン、大丈夫かな」
    「なに、夕飯の頃には部屋に戻っているだろう。我々もそれまでに帰還する、朗報と共にな」
    伯爵の鼓舞に背を押され、リツカは教会に乗り込んだ。
    教会は楽器を持つ人でごった返していた。その中心、教壇の真下にはテーブルが並べられ、多種多様な楽器が陳列されている。勿論、すべて魔楽器である。それらを取り仕切っているのは、白のローブ姿で深くフードを被った人陰だ。
    「貸出は左の列、返却は右の列に並びなさい。レッスンをお求めの方は座ってお待ちください。そちらの方、入口を塞ぐのは止めて──遅かったですね、カルデア」
    ギロリ、フードの影で赤眼がねめつける。その容姿は、人のようでいて全く人間離れしている。つるりとした象牙色の表皮とナイフで割いたかのような眼窩は不気味そのものだ。その異形の風貌は、リツカにも見覚えがあるものであった。
    魔神柱。
    ソロモンが残した七十二柱の魔神。
    かつて人理再編を目論みカルデアに打ち倒された人類悪だ。生き残った魔神もいたが、全て殲滅されたはずである。
    「マスター、魔神柱です!一体どうして……」
    「本日の慈善事業は終了です。たった今、復讐を遂行するという重要な私情ができましたので。皆様におかれましては早急に解散して下さい」
    「何を企んでいる!」
    リツカの詰問に、魔神は目をギラつかせる。
    「愚問ですね。しかしお答えしましょう。私の目的は人理救済です。勿論、[[rb:あなた方>カルデアの皆様]]も救います……存分にぶっ殺した後で」
    人々は変貌した魔神に悲鳴を上げて逃げていく。魔神が講堂中に呪いを撒き散らした。ガラガラと揺れる床を踏みしめ、マシュは円卓の盾を構えた。
    「いくよ、マシュ!」




    メディアの放つ魔力弾と魔神の呪詛がぶつかり合う。鋭い閃光を縫って、双頭の大鷲とマシュが魔神を挟撃する。大鷲の翼を黒い光線が貫くが、大鷲の攻撃は止まらない。マシュが魔神の腹を盾で打ち据えると同時、鉤爪が魔神の眼を切り刻む。
    激しい攻防が続いている。しかし、戦況がマシュたちに傾いていることは、リツカの目にも明らかだった。優勢だ、違和感を覚えるほどに。
    (なんか…魔神柱にしては弱い…?)
    リツカの脳裏にセラフでの出来事が過った。強力な敵である筈の魔神がいとも容易く崩れ落ち、その影にはもっと恐ろしい獣が潜んでいた。
    リツカはごくりを飲んだ。
    雷光が走り、魔神を貫く。苦悶の声が教会に嫌に響いた。あと少しで彼の命運は尽きる。
    ファルケンシュタインが銃口を魔神の胸に押し当てた。
    「待て!」
    銃声。
    魔神が床に倒れ伏した。
    撃たれた、のではない。人影が彼を押し倒したのだ。
    人影は、年老いた男だった。彼は魔神を背に庇って声を張り上げた。
    「止めてください!どうしてあなた方が我々と戦う理由があるのか!話し合いを、弁明をさせて頂けませんか!どうか、どうか!」
    燃えるような黄金の瞳がリツカを捉える。その眼に、熱に、リツカは既視感を覚えた。老人の金眼が、燎原の炎にくべられ煌々と輝く赤眼とダブる。
    リツカは仲間の攻撃を静止した。
    懇願する老人の後ろで、魔神が呻き声をあげる。
    「ぐっ……アント、ニオ!邪魔です……アレは仇敵、必ず……殺す!!」
    「困った子ですね。落ち着きなさい……我々には協力者が必要だと、きみも言っていたでしょうに」
    魔神を助け起こす老人に、ファルケンシュタインが歩み寄った。
    「話を聞かせてくれるだろうか、[[rb:サリエリ>・・・・]]君。カルデアと余を納得させられるだけの事情があるのだろう?」
    サリエリと呼ばれた老人はゆったりと笑った。
    「当然です、陛下。さあ、どうぞ奥の部屋へお入り下さい。カルデアの皆さまも」



    「それでは、ただ今より≪人理保存プロジェクト≫説明会を始めさせていただきます。お手持ちの資料の1ページ目をお開き下さい」
    「なんかぐだぐだしてきたな……」
    「し、しっかりしてください、マスター!」
    リツカたちはサリエリ──サーヴァントではなくこの時代に生きるアントニオ・サリエリだ──の案内で教会の小部屋に通された。ひとまず腰を落ち着けて魔神とサリエリの目的やらを聞こうということになったのだが……。
    先までの緊迫感はどこへやら、サリエリがマイペースに事を進めるのでリツカは気が抜けてしまった。なんたって魔神が(舌打ち付きで)レジュメを配ったりするのだ。リツカとマシュは力なく笑うしかなかった。
    「ではプロジェクト概要を簡潔に説明させていただきますと──」
    「その前に、確認したいことがあるのだけれど?」
    メディアが険のある表情で魔神の方を見た。
    「特異点の発生には聖杯が必須。聖杯は貴方が持っているのでしょう?見せていただけるかしら」
    「ふん、何故カルデアの命令など」
    「アムドゥシアス」
    サリエリが諭すように魔神の名を呼ぶ。魔神はしばらくサリエリを睨んでいたが、観念したように口を開いた。
    「……聖杯はこの教会の聖遺物保管室にあります。好きに見ればよいでしょう」
    そう吐き捨てると魔神は再び盛大な舌打ちをした。獣の強固な態度に、サリエリは苦笑いをするだけだ。二人のやり取りはまるで父子のようにも見える。
    マシュがおずおずと要求を投げた。
    「その聖杯を回収させていただくことは?」
    「きみたちは聖杯を目当てに来たのですね。ううん、これは困りました。我々のプロジェクトには聖杯がかかせませんから」
    「で、あろうな。まずは人理保存プロジェクトだったか、その説明を聞こうではないか。よろしいだろうマスター?」
    「そうだね、聞かせてほしい」
    リツカはパラパラと資料を捲った。正直リツカには書かれていることの半分も意味が分からないが、人理を守るという目的だけは一致しているようだ。平和に特異点を解決できるのであればそれに越したことはないし、もし協力関係を結べるのなら万々歳だ。
    話し合いに乗り気のリツカの様子を見て、サリエリはホッとしたように息を吐いた。それからすぐ居住まいをただして、説明を始めた。
    「≪人理保存プロジェクト≫はきたる2018年の災害に向けて企画されました」
    2018年、1月1日。異星の神により地球が漂白された。これと同時、カルデアはクリプターに制圧された。リツカら生き残ったカルデア職員は新たにノウム・カルデアを立ち上げこれに対抗するべく戦っているのだが、それは別のお話だ。
    この災害のせいか、未来を見通す眼を持つ魔神柱でさえ2018年以降の人類史が観測不能に陥ったらしい。結果として彼らは2018年以降の「未来」を諦めた。
    サリエリたちはこの災害に対抗するために、人理を"保存"すると言う。
    「我々の手で世界を──人々や街や動植物など全てを──『採譜』し、この世界の外で保管する。そして人類が外敵に滅ぼされた際には、『譜面』を元に歴史の再演をしよう、というわけです」
    「ええと、地球のコピーをつくるってこと?」
    「そんなことが可能なのですか?」
    「フン。当然です」
    サリエリと魔神の計画はこうだ。
    まず1824年時点の地球の設計図をつくる。その後、魔神が設計図と聖杯と共に異界に移動、これを管理する。そして人理が破壊された際には聖杯を使い星の地表に「1824年の地球」を[[rb:再装填>リロード]]し、人類史の"やり直し"を図る。リロードには相当なコストがかかるが、その後の維持には地球に既にある燃料を利用できる。
    説明を終えたサリエリの隣で、魔神がふんぞり返ってみせた。メディアは資料に目を落として、成る程と独りごちた。その他のメンバーは見るからにちんぷんかんぷんという顔だ。
    「ええと、どういうこと?」
    「つまり、その……異聞帯と同じことを汎人類史の過去の記録で行うということでしょうか?」
    「イブンタイ?」
    きょとんとしたサリエリに、リツカはカルデアが直面した2018年の危機──異聞史による汎人類史の侵略──を語った。異聞帯についてはリツカにも分からないことばかりだが、彼女の断片的な情報だけでもサリエリはなんとなく事情を飲み込んだようだ。宮廷楽長らしい頭の回転である。
    「有り得ざる歴史同士の生存競争、ですか……その年で、大変な戦いをしているのですね」
    サリエリは眉をひそめて言った。かと思うと、ぐいとリツカに詰めよる。こがねの瞳がリツカを映してキラキラと輝いている。
    「ところで、異聞帯での音楽体験について聞いてもよろしいですか?特にヤガの発声など、とても興味があるのですが」
    「食いつきがすごい!」
    サリエリの喜びようたるや、ワクワクと擬音が見えるほどだ。世界の危機よりも未知の音楽の方がよほど興味をひかれるらしい。リツカはアマデウスが話した芸術家の全盛期論──芸術家サーヴァントは子供姿なら『大人になってまともになったヤツ』で大人姿なら『死ぬまで変人だったクズ』──を思い出した。サリエリはおそらく「死ぬまで変人だったクズ」の方だろう。
    突然、ぐっとサリエリが後ろに仰け反った。魔神に襟首を引っ張られたのだ。
    「アントニオ、カルデアと馴れ馴れしくしないでください」
    魔神がサリエリとリツカを順にねめつけた。苛立つ魔神に対してメディアが杖を構える。まさに一触即発だ。
    緊張が走る部屋に、ひとつ咳払いが響いた。ファルケンシュタインがはつらつと笑う。
    「失礼、ひとつ質問をしても?」
    「ええ!勿論です」
    「あの奏者の魔力を奪う楽器についてだ。聖杯でさえ不足する魔力を回収したいのだろうが……なぜ魔楽器を使う?」
    「それは──」
    サリエリが胸を張って答えた。
    「音楽振興のためです!」
    その回答は『死ぬまで変人だったクズ』として百点満点であった。
    「『楽器』貸与事業は二つの目的があります。一にプロジェクトに必要な魔力の確保、二に市民、特に中産層への音楽の普及。近年は世相の後押しもあり市民楽団が活気づいています。この機に音楽に触れる者が増えれば、芸術の更なる発展が期待できましょう。無論、『楽器』による健康被害などないよう十分管理しております」
    努力の方向音痴──そんな失礼な単語がリツカの脳裏を過った。仮にも地球の存亡に関わる作戦と音楽振興を同時に行おうとする人間は、はたしてどれほど存在するだろう。少なくともリツカにはそんな経験はなかった。
    老人の芸術家的発想に、ファルケンシュタインは大変満足したようだ。うんうんと安心したように頷いている。
    「うむ、大変結構!相変わらず民の為に良く働いているようだな!」
    伯爵は部下の仕事に感嘆ような、旧友の態度を懐かしむような声音でサリエリを労った。サリエリは頬を高揚させて謙遜した。
    「おそれ多いお言葉です、陛下」
    「オホンオホン今は伯爵オホン」
    (やっぱり皇帝陛下なんだな…)
    ファルケンシュタインのお陰で和気藹々とした空気に、何度目かの舌打ちが水を差す。ひとり不機嫌な魔神がサリエリの腕を引っ張った。
    「説明は十分でしょう。もう言葉を交わす必要はありません」
    「アムドゥシアス、またそんなことを」
    「アントニオ、口を閉じてください。人類最後のマスター、貴方は私たちの説明を理解していないと推測します。どうです、あの鼻持ちならない万能人にご教授願っては?どうせ協力など反対されるでしょうが」
    「こら、そんな言い方」
    「確かに理解は出来てないけど……」
    魔神はさらに舌打ちをすると、サリエリを連れて部屋を出ようとした。サリエリは不機嫌な魔神に引っ張られながら部屋の面々に笑いかけた。
    「やれやれ、アムドゥシアスがすみません。きみたちが望むなら、また調整の機会を設けましょう。……それでは。伯爵閣下、また会えて本当に光栄でした」
    魔神とサリエリが講堂の方へ消えていく。
    残された面々は顔を見合わせた。



    さて、部屋に残されたカルデアメンバーとファルケンシュタインはひとまずノウムカルデアに現状の報告をすることにしたのだが……。
    「通信機が使えない、ですって?」
    早く言いなさいよそういう大事なことは云々、メディアはぶつぶつとお小言を並べながらリツカの通信機に細工をする。
    「ごめん、忘れてた」
    「もう、そんなにしょげた顔しないの。私が意地悪してるみたいじゃない。ほら、通じるわ」
    『ジッ……ツツー……おっ!マスターくん、みんな無事かな?』
    「ダヴィンチちゃん!」
    『今までノイズがどうにもならなくてさ、ジャミングされてるみたいだ。そちらは何かあったかい?』
    「それが、」
    リツカは事の経緯をざっくりと説明した。ダヴィンチちゃんが興味を持ったのはやはり魔神とサリエリの計画だ。
    『世界の設計図ねぇ……聖杯とソロモンの魔術が揃っているんだ、十分可能だろう。というか、ロンドン辺りで似たような話がゴロゴロ転がってそうな"普通"の発想で逆にびっくりしてるよ。ともあれ最終的に異界に移動するなら特異点は自然修正されるはずだ。問題は大きく二つかな。異聞帯という脅威をどう排除するか、それから』
    「彼らが設計図を書き換えないか、だね」
    ひとつめの問題については、現在(2018年)カルデアが異聞帯──ひいては異星の神と対決していることで半ば解決している。カルデアにとって、人類の存続が打倒異聞帯に掛かっている状況は、人理保存プロジェクトの成否に関わらない。むしろ異聞帯を排した後の、地球を復帰する手段が増えることは単純に喜ばしい。たとえそれが19世紀からのやり直しであってもだ。
    という訳で問題は、実質ひとつだ。
    『ぶっちゃけ術師を信頼できるかどうかだよね~。君たちの所感はどうかな?』
    マシュはサリエリたちとのやり取りを反芻しながら素直な所感を述べた。
    「魔神は私たちに明確に敵意を表していました。ですが、サリエリさんは非常に友好的で、嘘を吐いているようには見えませんでした」
    「うむ、サリエリ君の既知として進言するが、此度も彼はとても真摯であった。それに彼もまた宮廷人、悪魔が相手でも簡単に丸めこまれるような男ではない。なにせ魑魅魍魎跋扈する宮廷で音楽のために外交し続けた楽壇の長だ。並の人物ではないぞ」
    ファルケンシュタインはサリエリと親しくしていたことを隠しもしない。それほど厚い信頼を寄せているのだ。
    リツカは何か考え込むそぶりをして、信頼する魔術師に視線を送った。
    「メディアさんはどう思う?」
    「特に言うことはないわ。人間の方はズブの素人に間違いありませんけど、それこそ聖杯でどうとでもできるのですしね。ただ、」
    「ただ?」
    「世界に外から手を加えることが如何に難しいか、いつか話したでしょう?設計図でさえ微妙な調和の上に成り立つことは変わらない。要素を加えるならまだしも、要素をひとつ取り除けば、それだけで世界の様相は劇的に変化してしまう。あの魔神が仮にも魔術を修めているのなら、そうした心得くらいはあるでしょう」
    『確かにそうだね、世界の改変は手間もリスクも膨大だ。ちょっとコーヒーの温度を弄っただけで町ひとつ壊滅、なんてことさえありえる。レイシフトだって特異点という特殊な状況で成り立つ技術だからね、自由自在に歴史改変とはいかない』
    メディアは目を伏せてうんうんと頷く。世界の仕組みを知る者にとっては当然の知識らしい。
    一通りサリエリと魔神の印象を聞いて、ダ・ヴィンチは悩ましげに唸った。
    『それでも、やっぱり止めといた方がいいと思うなぁ。世界の設計図は奥の手に加えるのに非常に魅力的ではあるけど、獣が絡んでいるとなると』
    「魔神に関しては大丈夫だと思う」
    リツカは断言した。
    魔神はこれまでの魔神柱と比較してかなり弱かった。その上、[[rb:手加減していた>・・・・・・・]]。リツカが感じた妙な弱さの原因はそれだ。魔神はトドメを刺される直前ですら聖杯の力を利用しようとしなかった。聖杯をとりに行く素振りすら見せなかったのだ。
    確かにカルデアのことを相当恨んではいるが、本気で殺すことができなかった。人に危害を加えることを本心では恐れているとすら、リツカは感じた。
    「うん、だから信じてみたい。私たちを殺さなかった彼らのことを」
    『ううん。よし、他ならぬマスター君の判断だ、やってみようじゃないか!ただし、脅威と分かったら速やかに手を切ること!』
    「ありがとうダ・ヴィンチちゃん。でも一つだけ、メディアさんに頼み事があるんだけど…」

    数分後。
    「サリエリさん!」
    サリエリと魔神は講堂の椅子に座って楽器の点検をしているところだった。リツカたちをみとめるとサリエリは笑顔で歩み寄った。
    「ふん、私たちを始末する算段でもつきましたか?」
    「こらこら。して、用件はなんだろうか?」
    「あなたたちに協力させて欲しい!」
    リツカの申し出に、サリエリは大袈裟に喜んだ。魔神の因縁を隠しもしない態度から、難しい交渉だと踏んでいたのだろう。サリエリがリツカの手を取ってぶんぶんと振る。
    「おお、なんと!ありがとう、恩に着ます。実のところ二人だけでは手が足りなくて、本当にありがたい」
    そう言いながら、握手だけでは喜びを表しきれなかったのかリツカたちひとりひとりの頬にベーゼをしようとした。(これはメディアが拒否した)
    サリエリはひとしきり喜びを表したあとで、おもむろに懐中時計を確認した。
    「今日はもうこんな時間ですね。明日、またここへ来ていただけますか?それまでに作業リストをまとめておきます」
    サリエリの言葉に、リツカは教会の窓を見上げた。確かに日はとうに暮れて星が出ている。話し合いのあいだに随分時間が経っていたらしい。
    「うん、わかった」
    「明日からよろしくお願いします。ところで聞き忘れていたことがあるのですが、」
    「なんでしょう?」
    「音楽家を拐う亡霊について、知っていることがあれば教えて頂きたいのです。楽器と何か関係があると思っていたのですが、違うのでしょうか」
    サリエリと魔神がキョトンとしてマシュを見返す。彼らにとっては予期しない質問だったらしい。サリエリは言葉を慎重に選んだ。
    「関係があるといえばそうかもしれません。彼らは私たちの楽器を持つ人を特に狙っているようですから。しかし、彼らの正体や目的については私たちにも分かりません」
    分からない、という言葉にマシュはかすかに肩を落とした。ベートーヴェンを元気付けられるような情報は得られなかったのだ。時間をかけて調査を続けるしかない状況を、ベートーヴェンはどう感じるだろう。
    少し気落ちしたマシュに、リツカは努めて元気に提案した。
    「じゃあ、私たちで楽器を持つ人を守ろう!もしかしたら相手の正体も分かるかもしれない」
    リツカの言葉にマシュも、ファルケンシュタインも頷く。サリエリもリツカとマシュを励ますように言った。
    「ありがとう、私たちも亡霊について調べてみましょう。彼らの目的が分かれば、アムドゥシアスも市民を守りやすいでしょう」
    「ふん、好きにしてください。事業に支障が出なければ構いません」
    「ありがとう二人とも!よろしくお願いします!」
    リツカは最後にもう一度サリエリと握手して教会を後にした。

    «3節
    翌朝
    「というわけで、魔楽器回収にいくぞー!」
    「応とも!」
    「不肖マシュ・キリエライト、精一杯がんばります!」
    「どうして……」
    前夜の約束通りサリエリたちのお手伝いをすることになったリツカたち。今日は魔楽器を集めながら情報収集することになった。
    「ふふ良い発声ですね。期待しています。それにしても、本当に荷車に人をつけなくてよろしいのですか?」
    サリエリが心配そうにマシュに問うた。マシュは元気に力こぶのポーズをしてみせる。
    「はい。パワーには自信あり、です!」
    「いざとなれば助っ人も呼べるから心配いらないですよ。人手が足りないんですよね?」
    「お気遣い、痛み入ります。では、よろしくお願いいたしますね」
    「うむ、余にどーんと!任せるがよいぞ!そら、出発だ」
    ファルケンシュタインが意気揚々と荷車の尻を押していく。荷車の前についていたマシュは慌ててハンドルにしがみついた。その後ろをとぼとぼとベートーヴェンが付いていく。
    リツカは一人離れた所にいたメディアを振り返った。メディアはリツカを手招きし、声のトーンを落として耳打ちした。
    「では、ここでお別れね。私は坊主の部屋を工房にして"敵の巣"を探る、それでいいのでしょ?」
    「うん、よろしくメディアさん。頼りにしてるよ」
    「はいはい、アナタも頑張んなさい。あ、そうだわ」
    メディアが指を振るとリツカの手に何かが現れた。それはお守り、リツカが作ったあの赤点回避のお守りだ。
    「手直ししておきました。ほら、通信が邪魔されているでしょう?それがあればある程度、緩和されるはずよ」
    「ありがとう!」
    「さ、早くいきなさいな。アナタのお嬢さんがお待ちよ」
    リツカが振り返ると、道の先でマシュが手を振っている。リツカは急いで駆け出した。

    やる気十分のリツカとマシュは、荷車をひいてずんずん町を歩き回った。伯爵も道行く人に話しかけたり、店番と談笑したりと情報収集に余念がない。
    どこからか湧いてくる亡霊たちも三人の手で速やかに一掃された。
    忙しく動き回る三人に対し、ベートーヴェンだけは気もそぞろという風だった。楽器を受けとる手もほんの少し固い。リツカとマシュはそれを知人たちへの心配と感じ取って、いくぶん気遣わしげな目を向けていた。
    「そろそろ休憩にしよっか」
    そう言ったリツカの後ろ、荷車には山ほどの楽器が積まれている。
    「ちょうどお昼の時間ですね」
    「ゆっくり情報も共有したいところだ。どこか食堂にでも入ろう」
    「食堂、ですか。近くの店にご案内いたしましょう」
    ベートーヴェンが案内したのはバグパイプの看板が印象的なレストランだ。洞穴のような石つくりの天井の下に客がぎっしり詰めている。わいわいがやがや。会話で賑やかな店内にも、やはり魔楽器の音色が流れていた。
    リツカたちは入り口近くに陣取って、食事を始めた。
    「カツレツでっか!私の顔くらいある!」
    「クレープのスープ、すごくホクホクです!」
    「オホン。マスター様?お食事もよいのですが…」
    「むぐ、聞き込みの成果だな。よいよい、まずは余から報告しよう。そなたらは食べながら聞いてくれ」
    伯爵がお行儀よくフォークを置いて、話し始めた。
    「まずは亡霊の話だ。目撃されたのは一昨日から今日までで7件。そのうち3件は我々が交戦したもの、どれも魔楽器の演奏中に出現し奏者を拐かそうとしていた。他、2件は同様に市内で演奏中の奏者を誘拐したとの証言、1件は墓地で人を襲っていたとの証言」
    「墓地については行商や御者の間でも噂が広がっているようです。"近づけば終わりだ"とわざわざ迂回路を使うものもいるとか。霊柩車など仕事の押し付けあいだと聞きましたよ。何かあるに違いありません」
    ベートーヴェンは強い口調で調査を進言した。対面のリツカはそれにうんうんと頷く。
    「うむ、墓地は一度調べる必要があろうな。目撃証言があと1件、北の城壁近く。これが妙なのだが」
    「?何か変なの?」
    「亡霊の行動は同じだ。公園でチェロを引いていた老人の前に、何処からともなく亡霊が現れた。老人が必死で抵抗していると、ここからが問題だ、"赤い悪魔"がやってきて亡霊を追い払ったという。老人が亡霊と悪魔の対決に腰を抜かしていると、今度は悪魔が恐ろしい声で老人を煉獄に引きずり込もうと──」
    「赤い、悪魔ですか?」
    「どう聞いてもエリちゃん……」
    「知り合いなのか?」
    知り合いも何も、エリザベートは本来はリツカの同行者である。そういえばまだ合流していなかったな、とリツカは[[rb:・・・・・>思い出した]]。エリザベートはリツカと離れている間も特大空回りとトラブルメイカーぶりを遺憾なく発揮しているようだ。リツカは安堵の息をついた。
    「あ!そういえば、先輩。あるサロンに竜の娘が現れて恐ろしい歌声を披露したという噂を耳にしたのですが、もしかしてこれは」
    訂正、リツカははやくエリザベートと合流しようと決意した。
    「余からの報告は以上。何か気になることはあるか」
    「やはり、亡霊は演奏中に現れるようですね。目的は何なのでしょうか?」
    「そういえば、楽器を運んでる間は襲われなかったね」
    「確かにそうだな。はじめは音楽家を片っ端から拐っていたと記憶しているが、ここ最近は魔楽器の演奏者に限定されているようだ。しかし、魔楽器やサリエリ君を襲うことはない……何故、演奏者だけなのだ?」
    ふと沸き上がった疑問に、一同は口を閉ざした。亡霊は演奏者を拐うことで目的が完結するのか、あるいは、老サリエリや楽器そのものを攻撃できない理由があるのだろうか。
    沈黙したテーブルに、嘲笑が落ちた。
    「悪魔に唆されて悪魔の楽器など使うからですよ」
    「ベートーヴェン?」
    ベートーヴェンは眼鏡の奥で目を細めると、意味ありげな笑みを浮かべた。
    「おお、マスター様はご存知ないかもしれませんが……。アントニオ・サリエリという男は、決して清廉なだけの音楽家ではないともっぱらの噂ですよ。火のない所に煙は立たない……まして彼は、[[rb:あの>・・]]宮廷に出入りしているのですから後ろ暗いことの一つもあるでしょう?それに魔神まで侍らせて、恐ろしいことこの上ない」
    おお、恐ろしい暗殺者、とベートーヴェンは大袈裟に身震いしてみせた。不安だけではない敵意が、その口調には滲んでいた。
    対面で、ファルケンシュタインが眉を潜めた。
    「するとどうだ。君は、サリエリ君が黒幕と言いたいのか?人を拐うのも彼の狂言だと」
    「そうでなければおかしいでしょう?他に誰があのようなことをできると言うのですか」
    「それは、分からないけど」
    「私たちの知らない敵がいる可能性もありますし」
    「そんなものは居ない、やもしれませんよね」
    にこりと笑う、眼鏡の奥で黒い瞳は冷えきっている。リツカはそうだけど、とだけ呟いて押し黙った。ベートーヴェンの話を聞くうち、判断を誤ってしまったようにも感じ始めたのだ。
    この特異点は何が正解で、何を為すべきか、よく見えてこない。
    迷うリツカの隣、ファルケンシュタインは毅然と言いはなった。
    「そうだ、君の警戒は正しい。しかし、サリエリ君とは疑念も疑心も双方折り込み済みの盟約でもある。仮に我らがサリエリ君の掌上であるならば、我らは敵の懐に潜ったも同然であろう。あとは喉元に噛みつくのみだ」
    ファルケンシュタインの言葉に、ベートーヴェンはウッと言葉を詰まらせた。苦々しげに口を歪めている。
    ファルケンシュタインは重ねて言った。
    「まずは情報を集めよう。見定めるのだ、誰が敵で誰を味方に引きずり込めるかをな」
    ファルケンシュタインは、皇帝の顔をしていた。大陸を盤にしたパワーゲームの、プレイヤーの顔を。

    それから。
    午後の魔楽器回収も恙無く終了した。ベートーヴェンがいやに遠くから老サリエリとファルケンシュタインを睨んでいる様が、リツカには印象的に映った。
    夕暮れの市街を4人揃って帰る。赤く染まった教会の影が広場に覆い被さっていて、禍々しいほどに幻想的だ。
    ふいに後ろへリツカの腕が引かれた。後ろではベートーヴェンが神妙な表情でリツカの向こう、ファルケンシュタインを眺めていた。
    リツカが「どうしたの?」と視線だけで問うと、ベートーヴェンは恭しくリツカに耳打ちした。
    「彼は本当に信頼できる方ですか?見たでしょう、あの支配者の目を。うかうかしていたら、ああ、あなたも陥れられてしまいますよ」
    ベートーヴェンはそう言うと大袈裟に眉を潜めて心配しているという顔をつくった。リツカは、しかし、彼の黒い瞳が全く凪いでいるのに気づいた。まるで嵐の前の静けさ、煮えたぎる感情が漏れないよう蓋をして黒い蝋で固めたかのような、無機質な仮面の目玉だ。
    リツカはその違和感を無視できなかった。
    「ベートーヴェンのそれは……懸念?それとも憎悪?」
    「憎悪だなんて、そんな。私はただマスター様の身を案じているのですよ。従者として、当然でございましょう?」
    「そう、かな?」
    「ええ、私を信じて下さい。私の言葉だけを信じて」
    信じて。
    ベートーヴェンの声が、リツカの耳から入り込んで脳にぐわんと反響した。頭がぐらぐらと揺れて、足元がふわふわと浮いて、世界が平衡を失ってしまう。
    リツカは冷や汗の浮いた手で、目前のフロックコートを握りしめた。
    「御加減がすぐれませんか?肩をお貸しいたします」
    男の労るような声音はやはり仮面のようだった。
    「……パイ、センパイ!」
    気がつくと、リツカはシーツの掛けられた椅子に座っていた。
    「大丈夫ですか?ボーっとしていたようですが」
    マシュが眉をひそめてリツカの顔を覗き込む。そのスミレの目が潤んだような気がして、リツカは焦って平気だと口にした。
    「そうですか?帰ってきてからずっと心ここにあらず、ですよ。それに少し顔色が悪いような……。」
    「なんだろう、疲れちゃったのかな」
    『魔術がのってる音楽を一日中浴びていたものね。作戦会議はこの辺りにしてゆっくり休もう。朝にはダヴィンチちゃん特製スペシャル耳栓を送るよ!』

    ……今宵はここまで
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