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    グルーヴィ

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    グルーヴィ

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    2人を縮める夏車両「なぁリク〜テストどうだった?」

    じめっとした梅雨も明け、僅かに湿気が残る7月上旬。鳴き始めた蝉のけたたましい声を聞きながらリクとソラは帰路に着いていた。もう夏も本番に差し掛かる。
    やっと終わったなと頭の後ろで手を組みながらソラはリクに問う。

    「まあまあってところだな。それよりソラ、お前はどうなんだ」

    普通授業も終わり、後は夏休みを迎えて遊びたい放題!の前にラスボスの様に待ち構えているテスト週間。絶対的存在であるそれは1週間程続き、学生という学生を絶望のドン底へと叩き落とす。
    テスト週間最終日だった2人は正午前に学校から出ることに成功し、たった今最寄りの駅で電車が来るのを待っているところだった。
    2人の周りにも「テストどうだった?」や「夏休みだー!」などなど、テストが終わったことによる解放感を味わっている生徒達で溢れかえっている。

    『間もなく𓏸𓏸行き急行電車が参ります。黄色い線の内側まで──』
    「あ!電車来るみたいだぞ!」
    「お前なぁ…」

    リクに聞き返され一瞬ドキッとしたソラだったが、電車が来ることに乗じて、思わずテストから話題を逸らす。リクの呆れる顔が見えたが気にしないことにした。きっと今のであまり良くない結果になりそうという予想はつかれただろう。
    列の先頭にいた2人は降りてくる人々を先に通し、いなくなったと様子を見てから車内に乗り込む。左右横に1列に並ぶ座席は既に埋まっており通路にも人が立ち並んでいたため、仕方なく入ってきた扉と反対方向の扉側へと移動する。ソラは扉にもたれ掛かり、向かいにリクが立つ。こちらの扉は終点まで開くことがない。そして下車駅は丁度終点。つまり今いる位置がベストポジションという訳だ。しかし学校から家まではかなり距離があるため足の体力温存として座りたかったというのが事実。いつもなら通路の吊革に手を掛け、椅子が空くのを待つのだが今日に限ってやたらと人が多い。特に学生が。

    ホームに並んでいた人全員を収納するとプシューという空気が抜ける音と共に左右に分けられた扉が閉まっていく。
    ソラは邪魔にならないように背中に背負っていたリュックを胸の前に持ってくると大事そうに抱えた。黒を基調とし、王冠のシンボルとポケットの部分に赤のラインでチェック柄が施されているそれは、高校入学と同時に鞄の種類は自由だからとリクとソラ、2人お揃いで選んだ物だ。リクも同じようなリュックを通学に使っている。車内ではいつも足と足の間に挟んで置いているが。

    電車はゆっくりと進み出す。
    車内は冷房が効いているはずなのだが人が増えたことによる熱気でじんわりと汗を掻いていく。

    「そういえばさっきの話だが」
    「え、なんの事?」
    「だから、テスト──」

    またしても話を遮るように急カーブに差し掛かりガタンと大きく揺れる。自身の体幹を信じてポールにも吊革にも掴まっていなかったリクはバランスを崩しソラの方へと倒れかける。

    「…あっぶな」
    「…ッ………」

    間一髪でソラが背にしている扉に勢いよく手を付き、崩れた体勢を支えることが出来たのだが、意図的にではないにしろ壁ドンのように腕と扉で囲われたソラはリクを心配するどころかリクの顔を見たまま肩をすぼめて固まっていた。

    「ソラ、大丈夫……か……」

    その状態に気が付いたリクも手を付いたまま固まってしまう。ビックリしたのだろうか。元より大きな瞳をさらに見開き、ギュッとリュックを抱き締めリクの方を覗き込んでいたのだ。キュッと口を結び、その大きく見開かれたビー玉のようにキラキラと光る空色の瞳から、吸い込まれるように眼が離せなくなる。

    『お待たせ致しました。𓏸𓏸〜、𓏸𓏸〜──』

    いつの間にか次の駅に着いていた様で車内から数人を吐き出した後、それ以上の人を飲み込み始める。人口密度が高くなった車内はそんな2人の状況を知らぬままリクの広い背中を押し始め、ハッと我に返った頃には手を扉から離す隙もなくさらにソラとの距離をグッと近づけていった。
    テスト週間最終日ということもあり、昼食時に帰路に着く学生が多いのだろう。大きな駅にしか止まらないこの車両は、学校が終わった生徒や今から何処かへ出掛けるであろう一般人を次々に飲み込み、その度にリクとソラとの距離を近くしていく。ソラが抱えるリュックを除いてはほぼほぼ0と言えるだろう距離まで。

    「…………」
    「…………」

    2人の間に気まづい沈黙が続く。
    他人から見れば満員電車の中、隅っこで男2人が動けなくなっているように見えるだけだが、当の本人達は今にも心臓の音が外へ漏れ出ているんじゃないかとハラハラしている。
    もしかしたら人によってはリクの背中に隠されソラが見えていないかもしれない。何も後ろめたいことはしていないはずなのに謎の背徳感に駆られ顔が徐々に熱くなっていく。
    どうやらソラはこの状況に耐えられないらしく、いつの間にか俯き、床に張り付くいくつもの靴を見つめていた。リクもそれに習い、一個分違うソラの頭上へと顎を乗せる。窓の外には大きな時計台が見える。ソラの柔らかいツンツンとした髪が掛けられた重さで少し潰れ、ほのかにシャンプーと汗が混ざった匂いがした。





    ーーーーー






    しばらくそんな状態が続き、やっと体を自由に動かせる所まで人口密度は減っていった。リクは手を扉から離し、腕の囲いからソラを解放する。火照る身体を誤魔化すようにグルグルと固定されていた肩を回し、解していく。車内の熱気も減り冷房の冷たい風が心地いい。
    ここまで約30分。その30分間、ソラとリクはずっと密着したままだったのだ。
    周りの目を気にすることなど出来ず、自分と目の前にいる相手の事でいっぱいいっぱいだった30分間。2人にはとてもとても長く感じられた。

    『間もなく終点𓏸𓏸〜、終点𓏸𓏸〜。お忘れ物の御座いませんよう──』

    最後のアナウンスが流れ、しばらくしてからゆっくりと速度を落とし決められたホームへ停車していく。立っている側の扉が開くと湿気が混ざった空気がとっくに冷えた肌を撫でる。しかしその不快感に不満を抱いている場合では無い。気まづい空気は尚も続いている。

    「……なぁリク」
    「なんだ、ソラ」

    外の空気を吸って落ち着いたのか、長い間続いていた沈黙を破ったのはやはりソラの方だった。依然として地面を見つめるソラに対して、リクは海に高々と聳える入道雲を仰ぎ見、答える。

    「アイス食べに行こ」
    「あぁ、そうだな」

    チラりと横目で見たソラの顔はほんのり赤く感じられた。暑さのせいなのか、気のせいなのか、それとも──。
    いや、下手な期待はしないでおこう。
    気を取り直すように髪をわしゃわしゃと掻き回すとリクは歩き出したソラの後を着いて行く。

    テストが返ってきて終業式。ここぞとばかりに待ちに待った夏休みが訪れる。遊んで遊んで遊びまくると宣言しているソラを引っ捕まえて、宿題を先に終わらせる目標を立てているリク。2人で一緒にやる宿題ならきっと楽しいだろう。家に集まり教科書を眺めて唸り、他愛のない話をして難しくなった問題を1問ずつゆっくり解いていく。
    そんなことを考え塩味の効いたアイスを頬張りながら、いい思い出になるように2人でどう過ごすか相談していく。
    今日起こったことも思い出の一部として記憶に残しておこう。

    2人の夏はまだ始まったばかりだった。
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