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    mihyoi_od

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    オリ呂陸妄想文です

    名も知らぬ友俺には名を知らぬ友がいる。

    数年来の付き合いだ。初めて会ったのが孫権様に学問をしろと言われて研鑽を始めた頃のことだから、長年の知己と呼ぶには些か足りないかもしれない。だが、学問を始めたばかりの俺にとっては濃密で意義あるものだったその年月を共にしたことで、彼には深い友情を感じている。
    しかし、俺はその友の名を知らない。
    姓も字も知らない。
    だが、それ以外のことは案外知っている。
    呉の生まれだとか、弟がいるとか、父親はとうに亡くなっているとか。年齢も知っている。俺の5つ下だ。好きな菓子も知っているし、好きな茶葉も知っている。会えるだろうと思った日には持参したりもしている。
    だが、名を知らない。
    彼がとても優秀な男だと言うことは分かる。肌身に感じて分かる。難解な書を読み解き、それを俺のような男にも分かるように教えてくれる。兵法に通じ、おそらく武芸の心得も相当ある。
    であれば城仕えのものだろうかと訪ね歩いてもみたが、彼はいなかった。
    「いずれ、とは思っているんですけど」
    出仕しないのか、と問うたら、友はそう言って品良く微笑んだ。俺より年若いといっても15は過ぎているだろうし、こちらは躍起になって人材を集めている時期、惜しいなあと漏らせば、いずれ、いずれですよとやんわり宥められた。
    あまりこの話はしたくないようだった。

    なんとなく、俺はこの友のことを他人に話さずにいる。
    出会ったばかりの頃、夜の書庫にしか現れない彼のことを幽鬼の類かと思っていて、その誤解が解けるのに時間がかかったせいもあるが、その後もなんとなく言わない方がいいような気がする、という曖昧な理由で彼との交流を周囲に秘密にしてきた。
    それなりの年月が過ぎ、俺は彼の助けなしでも書物を読めるようになり、彼と俺の関係も教師と教え子から同じ学問をする仲間に変化した。
    二人で用兵術について議論することもあるし、これからの孫呉の政策についてああでもないこうでもないと語り合うことも増えた。
    そのうち俺もそれなりの地位を得た。
    有り体に言えば忙しくなった。夜の書庫に籠もる頻度も減った。自宅に書を揃えられるようになったからだ。
    もう、会うこともあまりなくなるのかもしれない。
    そう思うといてもたってもいられなかった。
    「なあ、俺、お前を母上に紹介したいんだ」
    ある夜そう告げると、友は目を丸くして驚いた。可愛い顔をしているんだな、とその時初めて気付いた。彼の瞳は夜の灯りの中でもいつもきらきらしていたのに。
    「それは光栄ですが…私のようなものは」
    丸くなった目はすぐに伏せられた。長い睫毛が頬に影を落として、きらきらが翳ったのを俺は残念に思った。
    「隠したって分かる。お前、ちゃんとした家の出だろ。本当なら俺の方が遠慮される立場だ」
    そう告げると、友は小さくため息をついた。
    「そう、ですよね。あなたはそれが分からないような人じゃない」
    「そしてその才でも出仕するしないを選べる立場だ。相当な名家のものだろうな。その中でもお前の年頃の男がいる家といえば朱家か陸家…」
    「そこまで分かっちゃってるんですか?」
    ほぼ特定されてるじゃないですか、と友は肩を落とす。情報収集は基本だ。
    「いつの間にそんな…いえ、あなたはそういう方でしたね。油断ならないな」
    苦笑いする友の応えを待つ。俺は「そこまで」は辿り着いたが、核心には至っていない。
    おそらく朱家のものではないだろう。彼は孫権様の御学友であると聞いているし、何度か遠目に見かけたことはあるが小柄なことくらいしか共通点は無かった。
    そして陸家には才ある若い男子が何人かいる。流石にそれぞれの人相や年齢までは確認出来なかった。既に出仕している者もいるという。
    陸家の某だろう、くらいまでは絞れた。
    だが、これもまたなんとなくで俺は詮索をここまでとした。
    友は押し黙っている。
    「嫌、なんだな」
    声をかけると、小さく頷く。
    ややあって、口が開かれる。
    「…友が欲しかったのです」
    彼は静かに語り出した。
    「家柄だけは良いものですから、誰もまずは陸家の某と。それが私は嫌だった。そういった損得なしの友が欲しくて」
    最初は面白半分、妙に熱心に学問をしようとしているのに読み書きもままならぬ男がいた。見るからに寒門出身、まずは確かめるだろう相手の家柄も気にせず、それでいて粗野に過ぎない。覚束ないのは読み書きだけで一を知れば十を知るような闊達な才を持ち、年下の男を師として学ぶ謙虚さもある。
    「…あなたは、理想の友でした」
    楽しかった、と友は言った。
    褒め過ぎではないかと思ったが、楽しかった、と言われて心が躍る。
    友もそう思っていてくれたのか。
    「いつしかあなたは私と変わらぬほど学問を修め、幾夜も語り合いましたね。その間、私は何もかも忘れて学問や兵法に没頭出来ました。本当に、楽しかった」
    それももう終わりです、と彼は静かに呟いた。
    「出仕、することになりました。きっと城内でお会いすることになりましょう。その時に私の名も分かるはずです」
    「そうか」
    立場が変わる。
    それは彼も同じことだったようだ。
    「お前が誰であっても俺はお前の友だ。忘れてくれるなよ」
    きちんとした礼をとるのは彼の立場上難しいのかもしれないが、気持ちの上ではそうだと伝える。
    友は顔をくしゃりと歪ませて笑った。綺麗な顔だったんだな、とまた俺は思った。
    彼と離れるのだと思うと何もかもが惜しい。
    俺も本当に、楽しかったのだ。

    「またいつか会おう」
    友の手を取る。
    「ええ、またいつか」




    それからほどなくして、孫権様より直々に紹介されたその男の名前は。

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