回転木馬 そこは探索中に偶然見つけた場所だった。
「わあっ!ねえ澄野、ここってさ」
本日の探索メンバーの一人である川奈が、はしゃいだ声をだしながら眼の前を指さした。
「遊園地じゃない?!ジェットコースターに観覧車…あ、コーヒーカップもあるよ!」
澄野たちの前には遊園地────の廃墟が広がっていた。
本日の探索メンバー(澄野、面影、川奈、凶鳥)は偶然見つけた廃園となった遊園地へと足を踏み入れた。廃園となってまだそんなに日がたっていないのか、施設そのものはまだ真新しく綺麗だった。
「こ、ここここここれがゆうえんちというところでござるか?!」
遊園地自体が珍しいのか、凶鳥はキラキラとした目で周りのアトラクションを見渡している。
「凶鳥さん、もしかして遊園地初めて?」
「拙者、初めてでござる!回るベッドはあるでござるか?!」
「そ、そんなのないよっ!!」
何処か興奮気味に先を歩く凶鳥と川奈たちをよそに、面影はどこかぼんやりとした様子で園内を眺めていた。
「面影?どうかしたか?」
「い殺、実は私も遊園地に来たのは初めてなんだ」
「え、そうだったのか?」
「仕事以外では、ね……あの依頼は大変だったなあ」
殺れ殺れ、とこちらに笑いかける面影の様子は、澄野にはどこか少し淋しげに見えた。
「なあ、面影。試しに何か乗ってみるか?動かないけど雰囲気だけでもさ」
「え、でも探索はいいのかい?」
「さっきまでの探索で十分資源は集まったし、たまにはいいんじゃないか?」
澄野は面影の手をひき園内を歩き始める。
「……今日はなんだか積極的だね、澄野くん」
「いやか?」
「嫌なわけ、ないじゃないか……」
いつも流暢に喋る面影が珍しく言い淀む。俯いた面影はどこか落ち着かない様子で耳まで顔を赤く染めていた。
普段とは違う面影の様子に、澄野の心に熱い感情が込み上げてくる。
澄野は掴んでいた手をそっと密かにつなぎなおす。互いの指と指を交互に絡ませ、お互いの存在を確かめ合うように強く握りしめた。
「澄野殿ーーーーー!こっち!こっちに三角木馬があるでござるー!!!」
「それを言うなら回転木馬だってばっ!メリーゴーランドだよ凶鳥さん!!」
メリーゴーランドを見つけたと凶鳥と川奈がこちらへ叫んでいる。
「一緒に乗るか、面影」
「……うん」
控えめに返事をした面影と共に澄野は二人の元へと向かった。凶鳥と川奈に繋いだ手を見られるのが少し恥ずかしくてそっとその手を自身の背に隠す。
「みんなに朗報だよ!メリーゴーランドの電子回路、生きてたみたいでちょっとだけなら動かせそう!……乗ってみちゃう?」
メリーゴーランドを直せたのが嬉しかったのか、川奈が満面の笑みを浮かべて提案してきた。
「えっ、乗れるでござるか!?乗りたい乗りたい乗りたい!拙者、乗りたいでござるーーー!!」
子供のように目を輝かせながら乗り場の中へと凶鳥が一目散に駆けていく。
「私が動かすからさ、澄野たちも乗ってきなよ」
「いいのか?」
「うん。私は乗るより動かすほうが楽しいし!」
ニコッと笑いながら川奈は制御室に入っていった。動かすのが楽しみ、というのがこちらに伝わってくるほど満面の笑みを浮かべている。
「行こうか、面影」
澄野に手を引かれながら二人で乗り物を選んでいく。
「武士としてはやっぱり黒馬……でも、白馬も捨てがたいでござる〜」
どれに乗るか悩んでいる凶鳥から見えぬように、反対側へと澄野は面影を密かに連れて行く。
「ここならきっと凶鳥からは見えないから……どれに乗りたい?」
「ふふ、沢山あって悩んじゃうね。こんなの…初めてだよぉっ♡」
面影が顔を近づけ澄野に囁く。熱い吐息に一瞬ドキッとしてしまった。
「ンンっ…!初めてなら、やっぱ白馬かな!!」
「白馬、か。じゃあこれなんてどうかな?」
面影が指をさしたのは白い木馬に豊かな赤い立髪がふわりと生えた木馬だった。前髪部分が少しクルンと丸まっているのがとても愛らしい。
「ちょっと澄野くんみたいでカワイイなって……なんてね♡」
「お、お前はまたそういうっ!!!」
そんなやりとりをしていると無線を通して川奈が話しかけてきた。
『みんな、もう何乗るか決めたー?』
「決めたでござる!!やっぱり黒馬にするでござるー!!!」
『オッケー!澄野たちは?』
「俺達も決めた!今、乗るからちょっと待っててくれ」
『はーい、了解』
澄野は川奈へと返事をすると面影へと向き直る。
「面影、先に乗ってくれ」
「?澄野くんはどうするんだい?」
「俺はお前の後ろに乗る」
「え、一緒に?」
「ダメか…?」
「い殺、いいけどさ……」
面影は小さく返事を返すと照れているのを誤魔化すようにそそくさと白馬へと乗っていく。いつもなら澄野を揶揄うような言葉を羅列していくだろうに、今日はそんな姿は鳴りを潜めている。
そんなしおらしい面影の姿を噛み締めながら、澄野も白馬へと乗り身体を面影へと密着させた。木馬に設置された棒にしがみつく面影の手を、包むようにしながら澄野は手を重ねる。
「……………っ!」
「……川奈、準備出来た」
「拙者も乗れたでござるー!」
『オッケー!念の為木馬の安全バーはしっかりと握っててね!』
川奈のアナウンスに合わせ、澄野はさらに強く面影の手を握りしめた。……ああ、学生鎧越しだというのに面影の体温が熱い気がする。
『それじゃあ、スタート!!』
川奈の掛け声と共にジリリリリ、とベルが鳴ると間もなくメリーゴーランドが動き始めた。軽快な音楽と共にゆっくりと上下に動きながらメリーゴーランドが回っていく。
子供の頃に乗った時とはまるで違うな、と澄野は思った。
感じるのは、木馬が静かに揺れる振動、反対側から聞こえてくる凶鳥のはしゃいだ声、そして────面影の体温
ただはしゃいでいたあの頃とは、全く違う感情が込み上げてくる。
澄野と面影の間には会話はなくただ静かに木馬に揺られていた。一言も会話を交わしていないのに、どこか心の中が甘く蕩けるようなもので満たされていくのは何故だろう。
面影とこうして密着しながらゆっくりと木馬に揺られているこの時間が楽しくて嬉しくて──…とても愛おしい。
堪らず澄野が面影の首筋に顔を埋めると、同じように面影も頬を寄せてきた。柔らかな頬の感触と面影の匂いを澄野は堪能していく。
帰りたくないな、とついそんなことを澄野は思ってしまう。こうして面影とくっつきながらもっともっと二人の時間を過ごしたい。
メリーゴーランドがそれぞれの想いを乗せながらゆっくりと回っていく。
ゆっくり…ゆっくりと……
だが、どんなに楽しくてもやがて終わりはやってくる。メリーゴーランドの曲調が変わり、回転が遅くなっていった。
「終わっちゃう。まだ澄野くんといたいのに……」
「面影……」
淋しげな面影の言葉とは裏腹に、無常にもメリーゴーランドは動きを止めていく。ゆっくり、ゆっくりと。
そして完全に動きを止めたあと、終わりを告げるベルがジリリリリと鳴った。
「止まっちゃったでござる……」
残念そうな凶鳥の声に応えるように川奈からの無線が流れた。
『みんな、お疲れ様。これで終わりだよ』
「えー!?まだ乗りたいでござるよ〜!」
ダダを捏ねる子供のような凶鳥の声が聞こえてきた。澄野も、今は凶鳥と同じ気持ちだ。
「俺も…まだ乗ってたい、なんて……」
『それはごめん、無理かなあ。電力がもう残って無いんだよね』
「むう……もっと乗りたかったでござる………」
渋々、といった感じで凶鳥が応えた。
「殺れ殺れ、楽しい時間はあっという間だね」
「面影、楽しかったか?」
「うん、とても」
「俺も、楽しかった」
二人で笑い合いながら白い木馬から降りる。
『やっぱり最後はこうかな。──皆様、ご乗車ありがとうございました。お帰りの際はどうぞ足元にお気をつけてお帰りください。……なんてねっ!』
川奈の淀み無いアナウンスが楽しい時間を締めくくる。
「楽しかったでござる〜♪川奈殿に感謝致す!!」
ご機嫌の凶鳥が大きな声で叫びながら出入り口へと駆けていった。澄野も出入り口に向かおうとしたところ、面影が袖を軽く引っ張って引き止める。
「ん?どうした面影」
「澄野くん、いつかまた…その……」
目を伏せながら言い淀む面影を、澄野は優しく抱き寄せた。
「ああ、いつか…いつか一緒に遊園地に行こう。その時は朝から夜まで二人で遊び倒そうな!」
「うん…約束だよ、澄野くん」
木馬の影で密かに約束を交わした二人。約束の証のように二人はキスをそっと交わしたのだった。