告白の花束 いつだったか、誰かに聞いた話がある。
愛する人に告白するには、花束が必要だと。
(オレは……今日!)
小さな手のひらいっぱいに野花を寄せ集める。茎が潰れるほど強く握り締めた少年は、トレードマークのゴーグルを額に上げて空に誓った。
(リンに……す、好き、って言うぞ!)
花畑の中心で、彼女への想いを馳せる。
それは通算n回目となる──オビトの決意だった。
その想いを自覚したのは、アカデミー入学後のことだった。リンとの交友は入学式の日──遅刻したオビトが受け取れなかった入学書類を、手渡されたことから始まった。
「ないと困ると思って。代わりにもらっておいたよ」
心優しいリンに、オビトは少しずつ惹かれていった。そのきっかけが何だったかは覚えていない。気付けば彼女を目で追い、恋に落ちていた。
好きだと理解ったならば、目指すは恋の成就。
その過程に存在するのは『告白』という一大イベントである。
幸いにも、二人の仲は良好だった。
相性が良いと言った方がいいかもしれない。やんちゃなオビトは怪我をすることが多く、医療忍者を目指すリンは、オビトが怪我をするたびに手当てをしてくれた。
何かと触れ合う機会の多い二人は、会話も自然と多くなっていった。
「リン、あのさ……」
「ん?」
「あ……いや……な、なんでもないっ」
なのにオビトは、告白できない。
あたり前だ。リンに想いを伝えれば、良くも悪くも今の関係が大きく変わってしまう。
もちろん良い方に持っていきたいオビトだったが、彼女の存在が本当に大切だったため、いつもあと少しのところで踏みとどまってしまっていた。
そうして今日も、元気を失くした花達を持ち帰る。
力み過ぎて萎れたそれは、まるで自分の恋心のようで。そんな花達を、すぐに捨ててしまうには悲しすぎて。
仕方なく、オビトはその花達を部屋に置くことにした。
年を追うごとに、色褪せた花が束を重ねる。それを目にするたびに、オビトは(次こそは……)と意気込んだ。
そして。告白できない間に、リンが恋に落ちた。
彼女の恋する瞳に一番早く気が付いたのはオビトだというのに、その相手はオビトではない。
リンが想いを寄せる相手は、同期の中でも真っ先に中忍になった、オビトの一つ下の少年だった。
悔しかった。オビトは昇格試験に落ちてしまった。まだ下忍だ。けれど、(ならば…)と思った。
(オレもあいつと同じ、中忍になれば──!)
きっと振り向いてもらえる。その時こそ。
(今度こそ、告白しよう……!)
月日を重ね、努力して。
オビトはようやく中忍になった。
「オビト、少しいい?」
そしたらどうした。彼女の方からお呼びが掛かった。これはもしや、と胸が踊る。
「ああ!」
二つ返事で了承すると、オビトは急いで花束を仕立てに駆け出した。
桜舞い散る樹の下で、茎束握って彼女を待つ。
色鮮やかな花達を後ろ手に、笑顔で駆け寄るリンを見つけた。
(───いざ!)
勢いつけて差し出そうとした花束は、オビトの背中で留まった。
現れたのは同期の面々。
リンから渡された用紙には、彼女の想い人が上忍になったという知らせが載っていた。
「お祝いに、皆でプレゼントを贈ろうよ」
花が開いたような表情を前にして、オビトの顔が引き攣る。オビトの中忍昇格など、誰の目にも止まっていなかった。
美しかった花達はまた、オビトの部屋で色を失った。
時は過ぎゆく。
それから幾日経ったのか。
持ち主を失った花達のもとに、リンは一人でやってきた。
「オビト……」
埃の被った部屋を見渡して呟く。
日影に干され、すっかり軽くなった花達に、いくつもの雫が落ちてきた。
「すぐに気づかなくて……ごめんね」
行き場の消えた恋心を、彼女が優しくすくい上げた。