子虎たちのまどろみ 孫尚香はうんと伸びをしながら、人気のない庭に来ていた。武芸の稽古ならばまだ楽しんでいられるものの、裁縫やら料理やらと望まれるのは少し窮屈だった。少し息抜きをしよう、と踏み入れた先には、先客の姿があった。庭の木によりかかって座っているのは、自分の二番目の兄の姿だった。片膝を曲げて、その上に書簡を立てかけている。
「権兄様」
と、声をかけようとして尚香は足を止めた。孫権はこくりこくりと船を漕いで眠っていた。尚香はくすりとして、その隣に座り込んだ。書簡を覗き込むと、何やら難しそうな書を読んでいたのが伺える。なんだ、権兄様もきっと気分転換に来ていたのね。風がさらさらと木の葉を揺らす音を聞き、尚香は欠伸をした。そろそろ戻らなきゃ、探しに来られたら兄様も一緒に小言を言われてしまうかも。そんなことを思いながらも、尚香は兄の肩に頭を寄りかからせた。
それから間も無く、孫策は苦い顔をなんとか誤魔化しながら頭を掻いていた。周瑜たちと父の仕事を手伝おうとしたものの、向き合っていた書類仕事に行き詰まっていた。少し動いてくればと大股で歩いていると、庭先の方で弟妹たちが並んで座っているのが見えた。孫策はにかっと笑って、「おーい」と声をかけてから返事がないことに首を傾げた。近付き、二人が眠っていることに気付くと、にこにこしてしゃがみこんで弟妹の顔を覗き込んだ。すっかり成長して頼もしくなったが、まだまだあどけなく、彼にとってはかわいいきょうだいだ。頭を撫で回したくなる気持ちを抑えて、孫策も隣に並んでその場にごろんと寝転んだ。適当な頃合いになったら起こしてやろう、きっと二人もどこかから抜け出して来たんだろうから。そう思ったのも束の間、孫策は大きく欠伸をした。
「あぁ、君、孫策を見かけなかったか? 先ほど少し息抜きをと言って、なかなか戻ってこなくてな」
「どなたか姫様をお見かけになりませんでしたか? お稽古の時間だというのにお戻りになっていないんです」
「頼まれていた書物をお持ちしたのですが、孫権様の姿がお部屋になく……」
あちこちで聞こえてくる声に、紫鸞は首を傾げた。
「どうかしたのか?」
あたりを見渡していると、通りかかった孫堅が彼に声をかけた。事情を話すと、孫堅は声をあげて笑い始めた。
「それなら、きっとこっちだ」
ついてこいと言われた先にいたのは、眠っている三人の姿。孫堅は声をひそめて、「まだまだ子虎だな」と笑って言うと、紫鸞の背を叩いた。草を踏む音に、ようやく孫権が目を開け、それから左右にいる兄と妹を、そして自分たちにあたたかい視線を向けている父と友に驚き、少し首をすくめて照れくさそうに微笑んだ。