結論から言うと6月17日は桐生の誕生日だった。だった、というのは、今や時計の短針は12時を過ぎているからだ。結論から言うと、真島は昨日丸一日桐生の前に姿を現さなかった。一歩歩けばどこまじに当たる、そんな桐生の神室町の日常は、己が生まれた日に限ってなかなか静かな(当然チンピラには絡まれたが)ものだったのだ。これには流石に、エリート・鈍感の桐生も頭を捻った。元より祝ってもらえるなどと思っていなかったが、『祝ってもらって嬉しいやろ?その気持ちを返す筋があるよな』といった具合に喧嘩に持ち込むことは予想していたのだ。ところがどこに向かえど、桐生を祝う知り合いをよそに、真島はどこにも現れなかったのである。一体どこに行ってしまったのか、また事件に巻き込まれたのか、だとしても俺には関係ないが、いやに気味が悪いような。そんなことをぐるぐる考えて、眠りについた時には日が上りそうだった。
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真島吾朗は桐生一馬に執着している。それは彼の強さだけでない。その目が、生き様が、全てが好きでたまらなかった。だからこそ、桐生の誕生日をただ喧嘩で消費するのは心底勿体無い気がしていたのだ。「(誕生日プレゼントと称してどこまじフルコースしたってもええんやけどな…)」桐生チャンもまんざらやなかったし。ゴロ美で特別SHINE貸切招待しても良かった。だがそんな、一過性の感情を振り乱す行為だけじゃ物足りない。こうやって自分が桐生のことばかり考えて、頭が痛くなるほど悩んでるみたいに、沢山の人に愛されている桐生が、わざわざ自分のことで悩み続けて欲しいと思った。そうだ、それなら、いつもどこにでもいる自分が、どこにも居なくなってしまったらどうか?桐生はどう思うだろうか。安堵する?不思議に思う?どうでも良いって思うだろうか?「(桐生チャン、誕生日はワシのことで頭いっぱいにしてな♩)」
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「あっおい…真島の兄さん!」聞き慣れた耳心地の良い低い声が神室町を蠢く群衆の中から飛び込んできた。立ち止まってその方向に目をやると、射るような視線とぶつかった。そして、目を逸らすことなく近づいてきた桐生は真島の前に立ち塞がった。
「どこ行ってたんだ?…1ヶ月はいなかったな?」
「何でそう思うんや?会ってへんかっただけやろ」
「兄さんがこんなに長い間俺との喧嘩を我慢できるわけないだろう」
「…なぁ桐生チャン、ワシと会えなくなったのいつからか覚えとるか?」
「…俺の誕生日からだ」
「よう覚えとるやんけ」
「プレゼントだって言って喧嘩を仕掛けてくるもんだと思ってたからな」
「…」
「だがあんたは現れなかった」
「…なあ桐生チャン、俺はず〜っと会いたかったんやで」
「なに?」
「1ヶ月、どっこにも行っとらん。組の事務所におったで」
「そう、なのか」
「せやで。桐生チャン会いに来んかな〜って思ってたんに」
そう言ってわざとらしく口を尖らせる。どうやら桐生の様子を見るに、「俺のことで頭をいっぱいにしてやろう」大作戦は成功したようだった。だが釈然としない気持ちなのは、桐生がめちゃくちゃ嫌な顔したり、ため息をついたりするものだと思ってたのに、俯いて黙り込んでしまったからだ。
しばらく続いた沈黙ののち、「ほな、明日から喧嘩仕掛けたるから覚悟しとけ」と声をかけて立ち去ろうとしたところで、桐生が口を開いた。
「1ヶ月、」
「おん?」
「俺はたった1ヶ月待たされただけで、こんな気持ちになるのか」
その言葉の裏には、確かに“兄弟”の影があった。25年。10年。檻の中で、塀の中で長い時間を過ごす兄弟分を、待つ人と待たせる人がいる。
「なあ桐生チャン」
「…」
「待ち続けてたら、待たせ続けてたら、お互い変わってしまって、気持ちを忘れてまうとか言うやん?…あれな、嘘やんな?」
俺はな、待てば待つほど、ずっと欲しくてたまらない気持ちが溜まっていくと思う。
ほんで、気持ちの根底は変わらんに決まっとる。それが筋っちゅうもんや。
10年間、桐生の心にあったのは兄弟の姿だけだった。一方的に待ち続けてたのは真島だけだった。それでも、10年間変わらない気持ちで待ってくれていたと知った時は、心が知らない感情で満たされたものだった。
「…真島の兄さん」
「なんや?桐生チャン」
「俺も…ずっと会いたかったのかもしれない」
「な…」
「毒されちまったみたいだな」
「お、押してダメなら引いてみろ、てやつか!?」
「癪だが、」
結論から言うと、そうだな。ところで誕生日プレゼントはくれないのか?
1ヶ月遅れのプレゼントをねだるかわいい弟分の腕を引いて、神室町の喧騒に身を投じる。