縮める距離 6月の昼下がり、中庭のベンチは昼寝に最適な場所だった。陽射しが葉の隙間からこぼれ落ち、程良い静寂と共に身を包むこの空間を俺は気に入っていた。だがここ最近は文化祭とやらが近いようで、この時間も周りは騒がしくなっていた。
時計が視界に入る。そろそろ来るだろうと思った所で、いつもの足音が聞こえた。
この女は文化祭の実行委員らしく、俺に仕事をさせようとこの時間にやってくる。先生に頼まれでもしたのだろう。ご苦労なこった。最初はめんどくせぇと思ったが、女は別に強制する訳ではなく、少し話をしながら一人で作業を進めていた。紙を切る音、ダンボールの上でペンが走る音、そしてたまに聞こえる声。確かに昼寝の邪魔ではあるが、俺の空間の邪魔にはなっていなかった。よく見ると女が持ってくる仕事は、こんなので参加した事になるのであれば、と思う位の些細なものばかりだったため、気が向いた時に付き合う事が増えた。
この日いつもと違ったのは、女が手に何も持っていない事だった。
「今日は何も持ってねぇのか?」
俺が揶揄うように聞くと、女は今気づいたようにはっとした。そして恥ずかしそうに「忘れてきちゃった」と笑った。
俺がサボるのを阻止しに来ているはずなのに本末転倒だ。考えこむほどの何かがあったのか。一応聞いてやることにした。
「何かあったか」
女は少し逡巡して、ぽつりと話した。
「昨日、平等院くん部活出てたでしょ?」
脈絡がない。
「あぁ」
返事だけして先を促す。
「テニスしてるの初めて見たの。かっこいいなって、思った。それだけ。」
座っていいか聞いておいて、俺が返事をする前に押しのける。座ったら全く違う話をし始める。
先程の言葉は本当にそれだけを言いたかったのか。
女が毎日勝手に喋るから、個人的なことに詳しくなってしまった。妹がいるだとか、猫を2匹飼っているだとか。
今は何の話だったかあまり聞いていなかったが、終わったようで静かな時間が再び訪れた。木々の葉と女の髪が揺れる。時がゆっくりと流れているような感覚がした。女はいつも無理に話題を探している様子がない。ふと思いついた時に喋るようだった。
「見に来るか、試合」
なぜ俺の方が話題を探しているのか。
「え、いいの!?」
「今月末に大会がある」
「行きたい!あ、でもルールまだちゃんとわかんないや。それまでに勉強しておくね」
「いや、いい。」
「俺が教える」
なぜこんな事を言ったのか。
俺も変だ。
変な気分だ。
彼女が目を輝かせて笑う。
あけすけで、そして物好きだ。