ドルパログラビア!? グラビア????
【※】22年富士急コラボのやつ
男のグラビアアイドルなんて存在しないと思っていた。
男の下着姿と女の下着姿は同列ではない。男が下着や水着姿になってもただの半裸でしかないのに対し、女が下着や水着姿になるとたちまち男の性欲をかき立てる。ある人は既に高名なアイドルでないと、男のグラビアは売れないとまで言っていた。
カカシもそれには同意見だった。ジュニアアイドル時代から芸能界にしがみついて早十年、成人してからは脱ぎ仕事も増えたものの、もし無名であれば雑誌の一ページすらもらえないだろう。
今でこそカカシは、知らぬ者はいない国民的ソロアイドルとなったが、全てが順風満帆というわけではなかった。ジュニアアイドル時代、紅一点が一人が学業優先で卒業したかと思えば、デュエットとして活動を共にしたもう一人は事故に遭い行方知れずとなった。暗い場所にいたからこそ、すぐ側の光を見ていた時期がカカシにはあった。
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それぞれ、名をのはらリン、うちはオビトと言う。
当時カカシは尖った性格をしていたが、それを年上の二人(主にリン)が受け止めてくれていた。オビトとの喧嘩は周りからは仲睦まじい一場面に見えたらしく、世間的には有名ではなかったものの次来るジュニアアイドルとしてそこそこの人気を誇っていた。
ダンス指導員のミナトの元、時に喧嘩し時にぶつかり時に煽り合い、二人とリンは成長していった。リンのアイドル卒業決定以降は寂しそうにしていたオビトだったが、カカシと二人きりになってからは「アイドル界一のアイドルになる」という夢を二人分背負ったかのように、いつにも増して精力的にレッスンに取り組むようになっていた。
しかし、十六歳のカカシは当時、母親の他界と父親の病状のために余裕を失っていた。二人を楽させたくて早く金を稼いでやりたかったものの、そのせいで父を孤独にさせてしまうのなら、両親が望んでくれた夢だとしても捨てるべきだと考えていたのだ。
あてどない日々が続いている中で、カカシの心境を知ってから知らずか、導いてくれたのがオビトだった。
ラジカセの停止ボタンを押して、タオルで汗を拭いながら、『二人でリンの居場所を守ろうぜ』『オレはアイドル界の頂点を目指すんだ。もちろんお前と』と鋭い視線を向けてくれた。そのときは、どうせ上手くいかないと思って曖昧に返事をしたカカシだったが、当時気力を失っていたカカシにとって、オビトの言葉は微かな灯火となっていた。
オビトから本気の決意を告げられた日の夜、そして次の日も、その次の日の夜も、オビトの言葉が頭に残っていた。気がつけば父親に『オレ、オビトと一番上に行くから。母さんの代わりに父さんがちゃんと見てて』と告げていた。
だが、デュエット『神威』として活動は、音楽番組五本、ライブツアー初日のホールライブが一回。それだけに終わった。
覚悟を決めてステージに立ったオビトの顔は、カカシが見惚れるほどだった。
オビトのソロ曲では、見る人全てを笑顔にさせてやる、楽しませてやるという溢れんばかりの気概に、ブレていた芯を正された。明るさで殴られた、そんな錯覚を覚えた。
着替えつつステージ全景の映像を見ているだけのカカシでも、画面の奥のオビトから『だからお前も笑えよ!』と促されたと感じた。あの場にいた全ての観客が、オビトの全力のライブに飲まれていたと思う。現実には存在しないと断言できる、喜びと楽しさだけの空間だった。ダンスや歌の全てが完璧に終わったというわけではなかったが、不思議と応援したくなる気持ちを観客に全員に抱かせていた。持ち前の明るさと根性、前向きさに、全力の決意が合わさって成したステージであった。間違いなく、オビトは会場の空気全てを支配していたのだ。
カカシは舞台袖で、マイクを手に取るのも忘れてただ魅入っていた。濁るもの全てに希望を射し込ませる。〝アイドル〟という象徴はオビトにこそ相応しいとさえ思った。
ならば、と。カカシは次のシックなソロ曲を、オビトに負けないくらいの気合いで取り組んだ。オビトに飲まれた観客全てを自分に酔わせてやる、全員オレの歌を聴けと、どこかに座るサクモを想いながら歌唱した。
この日のライブは後に伝説と呼ばれる。だがこれが──うちはオビトが『神威』として立った最初で最後のステージとなった。
翌日、ツアー二日目。ライブ日だった。
うちはオビトは楽屋に来なかったのである。
集合時間を過ぎても、リハ時間を過ぎても、開演時間も過ぎても、オビトは現われなかった。カカシはマネージャーと共にホテルに駆けつけたものの、オビトの部屋は準備して出て行った形跡があるだけだった。荒らされた形跡は特にない。
焦燥に身を焦がしながら途方に暮れたものの、しかしカカシは十六、オビトは十七歳の子どもでしかない。方々に連絡をとるマネージャーの姿を見て、カカシは未成年にできることは何も無いと痛感した。
同時に、オビトの生命に危機感を抱いた。
連絡もつかないみたいだし、もしかしたら変な奴らに掴まって何かされていたり。オビトは容姿も整っているしお人好しだ。困っている人間にすぐに手を差し伸べる性格だから、そこを狙われたに違いない。
カカシの想像は確信に変わっていたが、事実は異様だった。
ライブが中止となり、錯綜する大人たちを前に、混乱していたカカシがミナトから聞いたのは『事故に遭ったらしい』ということだった。カカシはミナトに「今すぐに会いに行かせてください」と訴えたものの、それは叶わないことだった。誰も詳細を知らなかったからだ。
混乱が収まり始め、開けっ放しの楽屋の扉から見えていたスタッフの行き来は減りつつある。
もう観客の声も聞こえない。全員退場した後なのだろう。ミナトが、椅子に座ったままのカカシを心配そうに見つめて言う。
「きっと最悪な事態にはなっていない。だったらもっと騒ぎになってるからね。でも、事故に遭ったのは確からしいけど、それを聞いたのが誰かということがわからないんだ」
「……噂ということですか」
「病院に様子を見に行った子がいるみたいで、ちゃんと生きてることは確認しているようだけど、それも本当かどうかはわからない。話は確からしいのに出処がわからないんだ。オレも、オビトが生きてるっていうことは信じてるけれどね。今日は一緒に帰ろうか。少し待っていてくれるかい」
ミナトが楽屋を出る。一人残されたカカシは、ラックにかけていた私服を見つめた。
一曲目の衣装は既に着ていた。黒いブーツにホワイトのスーツパンツとジャケット、中にはミントグリーンのベストのきっちりしたコーディネートである。【※】。落ち着くために深呼吸をすると肩章がシャラと鳴った。私服の隣に、楽屋着にしていたTシャツが見える。白地に茄子の描いてあるデザイン性の無いTシャツだ。何年も前にミナトからもらった、リンとオビトと揃いのシャツである。
立ち上がり、Tシャツを手に取る。カカシのこれを気に入って使い古しているので生地自体が柔らかくなっており、カカシの手の中でシャツがふんわりと皺を作った。オビトはリンとお揃いだから汚せないと言って、このシャツを着ることは滅多に無かったんだっけ。着ていないならお揃いも何もないのに。
もう少し待っていれば、オビトが来るかもしれない。
それは有り得ない希望だとわかっていた。けれども、カカシはまだ衣装を脱ぐ気にはなれなかった。ただシャツの白地を指先ですりと撫でながら。過去のことを思い出していた。
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二十六歳となったカカシはソロアイドルとして活動していた。今や知らぬ人はいない国民的アイドルである。
表紙を飾れば店頭から雑誌が消え、重版が決まる。懸念してはいたものの俳優デビューも上手くいき、オーディション番組に出て後継を育てないかという話も来ている。漸く軌道に乗り始めた。カカシもそんな感触を得ていた。
「おつかれさまでした」
乱れた白いシーツ。何百回ものシャッター音が静まり、ベッドから下着姿のカカシが立ち上がる。雑誌表紙の撮影を終え、楽屋に戻ったカカシは肌の濡れを拭き上げていた。
男のグラビアアイドルなんて存在しない。が、アイドルにそういう仕事がないわけではない。
このセクシー寄りの雑誌は重版が決まることがステータスの一種にもなる。カカシはそれを達成するつもりで、本気で撮影に挑んでいた。肌を見せてもいいように、それでいてパブリックイメージの細身を崩さない程度に筋肉を増やした。元から線が細いので、全力でやるくらいが丁度良かったのか、予定通りに身体は引き絞ることができた。
写真のチェックをしたときにはそれなり。自分でも、まぁ、夜を思わせるショットができたように思う。
本日の撮影は終了だ。
カカシは、地味な普段着に着替えた上に、茶髪のウィッグを被り楽屋を出た。自分の中ではスケアモードと呼称している変装である。最後に、帰宅することをマネージャーに伝えるために撮影現場に戻ったとき。カカシは目前の光景に目を奪われた。
先程までカカシが横たわっていたベッドは真っ黒なシルクシーツに張り替えられていた。艶めく黒色と、ライトを反射した白色の部分が混ざり合い、水面のように波打っている。その上に一人の男が寝そべっていて、彼に釘付けになった。
「トビさんの顔は撮った後でトリミングするんじゃなくて、そもそも画角に入れるのがダメだからな。新人、覚えとけよ」
カメラマンの一人がアシスタントに告げる。それをカカシは聞き流した。撮影スタジオの入口にいるカカシには、部屋奥のベッドにいる男の顔が見えない。
男は腰を黒いシーツで隠しているだけで、他に何も身につけていなかった。仰向けで寝そべり、片膝を立て、顔を片方の手背で覆い隠している。見ただけで自分とは体質が根本から異なるのだとわかるくらいに、男は筋肉質で体格も良く、それでいて背丈もあった。身長も変わらなく見えるのに、何もかもが自分と違う。先程までカメラの前で醸し出していた自分のセクシーの答えが覆されるかのようだった。
セックスシンボル。性の金字塔。男が醸し出せるエロティックの限界。カカシは男を見つめている中で、純粋に『理想だ』『綺麗だ』と思った。
黒いシーツから覗く足は長かった。無駄の無い筋肉に覆われている、御御足は計算し尽くされている。膝を立てている方の太腿のつけ根は、垂れ落ちるシーツの奥に消えている。その更に上、トビと呼ばれた男の腰はシーツによって隠されていた。
もしかしたら下着さえ履いていないのではないかと。彼のポーズはカカシの想像をかき立てる程の優美さを備えてた。
もう、マネージャーに声をかけるなんてことは忘れていた。
「これはまたアッチの方から売れるわ……エロすぎて表紙にできないって彼が初じゃないか?」
カカシの近くでスタッフの誰かが小声で呟いた。部屋中央で撮影しているクルーたちには届いていないくらいの小さな声だった。だが。カカシはその言葉に思考を止めた。
あんなに最高な人材が、皆に知られているのか。
カカシはすぐさまスマホを開き、『トビ』を調べた。出てきた画像は全て極限のエロの様相をしていた。顔はどれも手で隠しているか、小道具で隠されている。だがそれが魅力となって、見る側の欲を煽っていく。
カカシはトビに見惚れていた。
パシャパシャとシャッターが切られ、トビはこまめにポーズを変えた。肘を上げたり、膝の角度を変えたり、手で顔を覆うのをやめてクッションで隠してみたり。撮影データがカカシの近くのモニターに飛んで、パッパッと画像が切り替わっていく。食い入るように見つめていて、カカシはやっと、この場にいる全員かトビに夢中になっていることに気がついた。カカシの近くのスタッフたちは、カカシと同じように画面に見入っているし、ベッド近くのカメラマンやアシスタント、メイクたちもそうだった。
女性のメイク担当のスタッフの耳が赤くなったので、カカシも自分の頬に手を沿わせてみたが、後悔するだけだった。彼女と変わらないくらい、いやそれ以上にカカシは赤面していた。
ただ撮影を見ているだけなのに、まるで、今からトビと寝ることになると錯覚しているような。それくらい恥ずかしくて、でも見ていたくて、禁止された天上の何かを享受している気分だった。
何より、ここまでの空間を支配する力を見たのは、オビトの初ライブ以来だった。久方振りの高揚感に、カカシは溺れていたのである。
「んーこれでも最高なんだけど、ここに花を置いても前回と同じことになるし……何かひと味……ってあれ、カカ──」
近くにいたプロデューサーが、カカシの姿を見るやいなやハッと目を見開く。カカシは急いで彼の口を止め〝提案〟をした。
トビをネットで軽く調べた限りでは、素性が謎のクラビアアイドル?の男ということしかわからなかった。場を支配する力に、オビトの面影を感じなかったと言えば嘘になるが、オビトが今もどこかで生きているということは頭の片隅に置いていた。
僅かな可能性を手放すわけにはいかない。まずは確認。どうせ違うだろうから。
カカシは軽い気持ちで、同時に腹の底に一抹の不安と高揚を抱きながら、もう一度控え室へと戻った。
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「トビさん。突然で本当に申し訳ないんですが、背後に別の俳優さんがいるショットも撮っていいですか」
プロデューサーが驚くほど低姿勢でトビの元へ向かったものだから、ウィッグに加えて紫のペイントシールを目元につけた完全スケアモードのカカシはひんやりとした汗を背筋に垂らした。カカシの格好は、下着の上に腰隠しのタオルを巻いているだけだ。
トビはカカシの五、六メートル先のベッドに横になっている。カカシの場所からはトビの持つクッションが盾となって、顔を見ることは叶わない。初めて聞くトビの声は、想像の何倍も暗くしゃがれた色をしていた。
「あ゙ぁ……?」
「すみません! 〝エキストラ〟の方に来てもらっていますが、絶対顔を見られないように配慮しますんで、何卒……!」
「……エキストラくらいならいいが、条件がある。オレはうつ伏せになっておく。構わないな」
「勿論です、ありがとうございます!」
カカシは促されるままにベッドの端に座った。トビは既に枕に顔を埋めている。別のスタッフがシーツの流れを整えていて──気がついた。腰部分を隠していたシーツは今、するりとトビの足下を落ちて水面を漂うばかりだった。足先から背中まで、トビの全ての肌が丸見えになっている。見ちゃいけねーだろバカカシがッ! と脳内のオビト青年に怒られるものの、黒いシーツに泳ぐ健康的な色の足と尻を見るなというのは無理な話だった。
トビは下着を着ていなかった。おそらく前張りか何かで対応しているのだろう。スタッフによってすぐに隠されてしまった殿部が、カカシの脳裏に焼き付く。サッと顔を逸らしたおかげで、トビには気がつかれていない様子だった。危機は脱した。別のスタッフがトビの髪型を整え始めたとき、カカシも目前を掠めるウィッグの茶色に手を伸ばした。
そして、下方に違和感を抱いた。
タオルに隠された己が、少し、勃っていた。
──!? 巷でED疑いとまで疑われているオレが!?
とりあえずここまで
顔がだめになったから死んだことにしてほしかったオビトくん、マダラに頼んだ、
いやお前芸能界にいろ、グラビるか……