夏
キラキラ金曜日。
長谷部はコンビニの高級レジ袋を引っ提げいつも通りの遅い帰宅。昼間にたっぷり熱を溜め込んだアスファルトのおかげで茹だった体に補充した先から昨夏奮発して購入した店員おすすめ特殊二重構造羽根パワフルサーキュレーター。今夏もその実力を遺憾無く発揮し 真夏日の今夜も快適室温を保つ。ネクタイを緩めながらキッチンへ。冷凍枝豆を袋のままレンジに突っ込み、水滴が滴る缶ビールを爽快にプシュっと開け喉を鳴らし一気に飲み干した。空になったビール缶を逆さまにシンクに置くと同時に枝豆の出来上がりを知らせる電子音にパンパンに膨らんだ袋を指先でつまんで 開く。軽く火傷した指先は水滴が浮かび始めた新しい缶ビールに添えて事なきをえた。袋を皿に熱々の枝豆を口に上機嫌で2本目のビールで喉を潤す。
昨夏奮発して購入した店員おすすめ特殊二重構造羽根パワフルサーキュレーター。今夏もその実力を遺憾無く発揮したリビングは真夏日の今夜も快適室温を保つ。
肩にかかる栗毛をさやさやと踊らせソファーに埋もれた甥っ子。だらりと伸びた褐色の腕の先のサイドテーブルにはタウン誌が積み上げられている。からはみでたブルーの付箋たちは歌うようにはためいている。
ソファーに埋まる甥っ子と積み上げられたタウン誌をカウンター越しに発見した長谷部は
そういえば春休みに免許取ったとか言ってたな、友人たちと旅行でも行く計画を立てているのか。ソファーに埋まる甥っ子を眺めて、まるでどこぞの王子様だななんてほくそ笑みつ
「…ぉかえり」
冷蔵庫前でビールを缶から直飲みする俺へ少し掠れた出迎えの声。
「ただいま」
「…飯」
「食ってきた」
時計の短針は11の位置
「…明日」
「ん?」
「明日は休みか?」
「ああ」
「8時」
「ん?」
「8時に出かける」
「そうか」
「ちゃんと起きて用意しとけ」
「は?」
「も、寝る」
「は?」
「おやすみ」
「は?」
両腕を天井に向けて伸ばしながら大欠伸してリビングを出ていく甥っ子。
は?8時?何?
土曜日 快晴 完璧なエスコートの海辺ドライブ。車窓からは眩しい景色と爽やかな風。絶品ランチはもちろん喉が渇く頃にオシャレなカフェタイム。観光スポットへ立ち寄る際の駐車場確保も完璧。トイレだって困らなかった。ホントはやっぱりどこぞの王子様だっのか?!お前俺の甥っ子だよな?いや、そうだ、広光はいつもかっこよかったか。
そして、完璧ドライブの帰りはまさかの大渋滞。
ぐーーーー。
お腹の音が車内に響いた。出所は運転席。チラリと隣を見やる。
広光は素知らぬ顔でハンドルを握り正面を向いているが耳朶は赤い。
ふふ。
「飴いるか」
前を向いたままパカリと口が開く。
「ふふ若葉マーク広光くんだな」
笑いながら飴を甥っ子の口元へ持っていく。
そのままパカリと開いた口に放り込もうとした指先が唇に触れた。
ちゅ、
飴と一緒に口の中へ仕舞われる俺の指。
コロン、右頬に飴をしまってから指先が解放される。
「若葉マークドライバーは緊張している」
ポカンとする俺にしれっと言い放つ横顔。
そうだな、すました横顔が悔しかったんだ。
広光がドリンクホルダーのペットボトルに手をかけたタイミングを見計らい、掴む。
「仕方ないな」
運転席と助手席の間に手を広げさせ重ねる。
「緊張しいの若葉マーク広光くんのお手手を叔父さんが繋いでてやる」
指と指を絡ませてなんちゃって恋人繋ぎだ。
広光は相変わらずしれっと正面を向いてるけれど、ポーカーフェイスが上手いけれど、ふふ、耳朶は赤いぞ。甥っ子の横顔を確認してニンマリ微笑む。
ドライブデート、渋滞も悪くない。