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    これ→【世界は一虎を中心に回っている | りょうおん https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15980738 】の続きのようなものです。
    ※モブ女性注意

    #ばじふゆ
    bajifuyu
    #とらふゆ

    一虎は世界の中心から脱却したい 千冬は悩んでいた。未だかつてないほどに。だって、初めてなのだ。まさか自分がこんな体験をするなんて思ってもいなかった。だってだって、それって所詮は物語の中の話で、もしくはテレビの中の自分とは決して関係のない出来事で。そう思っていたんだ。
     まさか、俺が……?いやいやいやいや、あり得ない。あり得な過ぎて、もしかすると…と口にするのも憚られる。ていうかはずい。え?勘違い野郎じゃんウケるとか言われた日には地下深く穴を掘って俺は生涯そこに住む。
     て、ぐらいにはあり得ない事態に直面している千冬であった。
    「分かったから、ぜってぇウケるとか言わねぇでやっから、ほら言ってみ?いい加減飽きてきたから」
    「酷いです、一虎君。追い出しますよ」
    「千冬どうしたの?俺にできることはなんだって力になるから、ねぇ俺を頼って?」
    「変わり身がすごすぎて、もはや笑えないです。こうやって世の女性は一虎君の顔と巧みな話術にハマって身を滅ぼして行くんですね」
    「おいコラ、人をろくでもねぇ女好きみたいに言ってんじゃねぇよ」
     一虎は、千冬を睨みながらやきめしを一口頬張った。米と卵と塩コショウだけの黄金焼き飯。千冬は「また、べちょべちょなった!チャーハンじゃなくてやきめしじゃん!!」と、肩を落としていたが、一虎はこのしっとりした焼き飯が気に入っていた。あと、千冬の中ではパラパラはチャーハンでべちょべちょ焼き飯なんだなってことも知った。正直どうでもいい一虎であった。
    「なぁ、それで?一体何に悩んでんの?場地関係?」
    「場地さんは関係ねぇっす」
    「うっそマジかよ?!千冬が場地以外のことで悩むとか、え?槍降る?」
     ム、と口を曲げて不貞腐れる千冬。一虎は送られるジトっとした視線をサラッと流して、「で?どしたん?」と会話の流れを戻す。
    「……お、おれ、その、」
    「うん」
    「えっと、確信があるわけじゃないんすけど……、なんというか、そんな気がするというか、」
    「うんうん」
    「……聞いてます?」
    「うんうんうん」
    「もういい!一虎君なんて追い出してやる!!そんでクビにしてやる!!」
    「千冬。なにも恥ずかしいことなんてないよ。勘違いなら勘違いでよかった、で済む話だろ?大丈夫。俺になんでも話してみてよ」
    「俺、ストーカーに合ってるっぽいっす」
    「………すとーかぁ?」
    「ストーカー」
    「すとーかぁ?」
    「ストーカー!!」
    「……お前、どこでそんなメンヘラ捕まえてきたの?」
    「現在進行形でメンヘラ代表と一緒住んでるんで、俺ってそっち系を引き寄せるオーラあんのかもしれねぇっす」
    「よっしゃ、表出ろやコラ」

     事の発端は、と話し始めることが出来ないのは、千冬にはなんの心当たりもないからである。
     Q.最近、新たな交友関係が出来ましたか?
     A.いいえ。てか、そんな新しい出会いとかねぇし。
     Q.外出先で誰かを助けたりしましたか?
     A.いいえ。あ、そいえばこの前場地さんとツーリング行った時、男に絡まれてる女の人を助けましたよ。場地さんが!わりぃ待った?って彼氏風に颯爽と助けるヤツ!!少女漫画のワンシーンかと思って俺ドキドキしちゃって!!
     Q.いや、場地が助けてんじゃん。これ、千冬がストーカーに合ってるかどうかの診断だから。……んじゃ、次な。最近誰かに恨まれるようなことをしましたか?
     A.え、俺恨まれるようなことしてるなぁって自覚しながらするやつ性悪すぎません?
     Q.確かに。つかこれ、本当に診断できてんの?まぁいいや。ラストな。最近、視線を感じたりしますか?
    「します!!なんかめちゃくちゃ感じるんですよね。なんかつけられてるような気がして……。だから逆に追っかけてやろうって振り返って走ってみたんですけどそれらしいヤツいなかったんですよね」
    「うわぁ、逞しすぎね?じゃあ、千冬が自意識過剰だったか、相手がプロだったかのどっちかだ」
    「ストーカーにプロとかあるんすか?」
    「や、知らねぇけど」
     他人事だと思いやがって。千冬はまた、ジトっとした視線を一虎に投げた。
    「んー。とりあえず一人で外歩くのやめれば?」
    「じゃあ一虎君がずっと一緒にいてください。夜のコンビニとか」
    「なぁずっと思ってたんだけどさ、なんでわざわざ夜中にコンビニ行くわけ?欲しいもんあんなら帰りに買って来いよ」
    「一虎君は分かってねぇなぁー」
     これだから一虎君は、と千冬がやれやれを体現すれば、ゲシっと足を蹴られた。なんて足癖が悪いんだ、と倍の力で蹴り返してやった。
    「アイスはその時の気分で選ぶからいいんじゃん!」
    「家にストックあんだろ」
    「ストックされてないヤツの気分なんですー」
    「えぇ、それに俺付き合わされんの?ぜってぇヤなんだけど」
    「え、いいの?俺がストーカーにいいようにされても」
    「お前をいいように出来るストーカーがいるなら是非ともその面拝んでみたいね」
    「一虎君の薄情者!!」
     フンッとそっぽ剥いた千冬が立ち上がる。必要なものはスマホだけ。これ一つで買い物も済ませられるなんて便利な世の中になったもんだ。
    「え、いまから?!今日も行くの?!」
    「俺は今、猛烈にクッキークリームの気分です」
    「えぇーくっそめんどい」
    「今なら一虎君の分も買ってあげます」
    「千冬早く行こ?そのままじゃさみぃだろ?上着持ってきてやるよ」
     シュタッと立ち上がった一虎がクローゼットから千冬と自分の分の上着を引っ掴んで、秒で帰ってくる。そうして二人は夜のお散歩へとレッツゴーした。

    「俺はさぁ、てっきり場地が告られたことが原因だと思ってたわ」
    「え?」
     満天の、とは言い難いがよく晴れた夜空の下を二人並んで歩く。一虎は、「場地告られたんだろ?」と、千冬に問いかける。「らしいっすね」と千冬が返せば、一虎は「ヤじゃねぇの?」と、返してくる。
    「場地さんはカッケェからモテるのは当然のことっすよ」
    「いや俺のがカッケェし俺のがモテてる」
    「そうして世の女性が身を滅ぼして行ったんですねぇ」
    「俺は素直ないい子だからさ、お前にカッケェとモテてるってのを否定されなかったことだけを胸に抱いて生きて行こうと思うよ」
     一虎の言葉はスルーして、千冬は脳内で数週間ほど前の場地との会話を再生していた。
     『千冬、あーあのさ、俺この前告られたんだわ』と場地は苦い顔をして言った。『もちろん断ったけどよォ、一応お前には言っとこうと思って』と、場地は何故か申し訳なさそうに千冬に告げた。だから千冬は、それはもう高らかに返したのだ。
     『その人見る目ありますね!場地さんはカッケェし優しいし強ぇし男の中の男っすから!……俺は、そんな最高にカッケェ場地さんと恋人になれて幸せもんです!!』と。『お前なぁ』とため息を吐いた場地がギュッと千冬を抱きしめた。そうして耳元で『俺も幸せ』と甘く囁いた。
     そう甘く囁かれてしまったのだ。お付き合いを初めて早三ヶ月。未だ場地耐性が備わってない千冬。案の定、鼻からの大量出血。朦朧とする意識。千冬が縋りついたのはやっぱり一虎のシャツだった。
     あの後、場地さんからも一虎君からも怒られたんだよなぁ、と千冬の脳内再生が終了したと同時に、いつの間にか目的地にたどり着いていたのだった。

    「信じらんねぇ、普通俺より高いの選びます?」
    「ダッツはサンドが一番旨いんだよ。人の金で食うサンドがな」
     アイスの入った袋をプラプラぶら下げて数分前に通った道を戻る。季節は一気に進んで秋の紅葉を楽しむ間もなく冬が訪れた。「ねぇちふゆさみぃ」と、一虎が千冬に身を寄せる。場地といい一虎といい、千冬と一番近しい人はなんでこうも寒がりなんだろう。千冬だって別に寒さに特別強いわけでもないけれど、どうにもこの二人には湯たんぽかなんかだと思われているらしい。
    「あぁ千冬あったか、子供体温じゃん」
    「いや俺あんたといっこしか変わんねぇし」
     背の高い一虎が後ろから覆いかぶさるように千冬に抱き着いてくる。プラプラぶら下げた袋をぶち当てて地味に攻撃してやる。
     三回目の攻撃をヒットさせたところで一虎が急に立ち止まった。抱き着かれている千冬も自ずと立ち止まる。心なしか、千冬の首に回った腕に力がこもっている。
    「一虎君?」
    「………お前の自意識過剰ではなさそう」
    「え、なにが?」
    「すっげぇ見られてる気がする」
    「え?!じゃあマジでストーカーっすか?」
    「意図は分かんねぇけど……、どうする?捕まえる?」
     一虎が千冬の耳に唇を寄せてヒソヒソと言葉を吹き込む。千冬は振り返った。触れてしまいそうなほど近い顔。千冬は真剣な眼差しで一虎を見つめた。
    「いや、アイス溶けるんでいいっす」
    「………まぁ、溶けたら勿体ねぇしな」
     んじゃさっさと帰っか。と、二人仲良く足早に帰宅したのだった。

     この時、ダッツを犠牲にしてでも捕まえときゃよかったなぁーと一虎は、後に深々と反省することになるのだった。


     千冬にはなんの心当たりもなかった“事の発端”とやらから説明しよう。
     そう、正真正銘の事の発端は丁度ひと月ほど前まで遡る。場地が千冬と共にツーリングへ出かけた日だ。正確には、その時見るからに遊んでそうな男に絡まれている、ある女性を助けたことから全ては始まっていたのだ。
     助けた、と言っても大袈裟な話で、場地としては助けたつもりすらなかったのだ。海の見える有名なツーリングスポットを走って、事前に決めていた店で昼食を取った。無駄に土産売り場なんて見て、千冬が喉が渇いたというから有名なコーヒーショップでテイクアウトをした。見ただけで胸焼けがしそうな生クリームが大量に乗っかった甘い飲み物をにこにこ嬉しそうに飲む千冬を連れ立って歩いている時だった。
     ねぇひとり?可愛いね。このあとどっか行かない?え、いいじゃん行こうよ。なんて、ザ・ナンパ野郎の台詞を次から次に吐く男と、如何にも守ってあげたいなんて思われそうなひ弱そうな女性。千冬が読んでる漫画でこんなシーンあったなぁ、なんて思っていたら「場地さんちょっとこれ持っててください」と千冬が激甘ドリンクを場地に差し出してくる。
    「……なんで?」
    「あいつムカつくんで」
     おぉ、さすが愛読書は少女漫画の男。可愛い顔をして、千冬の中身は実に男らしい。きっと困っている女性を見て、居ても立っても居られなくなったのだろう。
    「あいつさっき場地さんのこと見て、なんだ男かよって言いやがったヤツっす。場地さんの美しい後ろ姿見て、ナンパしようとしてたんすよ。場地さんのこと不埒な目で見るなんて許せねぇ。ちょっと行ってきます!!」
    「待て待て待て、ちょっと待て」
    「止めないでください!!大丈夫っす!手は上げないんで!!」
     今にも駆けだしそうな千冬の肩を掴んで引き戻す。千冬お前ってやつは……、お前ってやつは!!
    「待て、俺が行く」
    「え?!」
    「不埒な目で見てたやつに恥かかされるなんて最高に傑作だろ?」
    「ば、場地さん!!」
     まず、不埒な目ってなんだ?と思った場地だが、持ち前のポーカーフェイスではいはいあれな。不埒な。と、流れるようにコーヒーを千冬に手渡しいざ出陣。あーなんだっけ?確か漫画では彼女の背後からヌッと現れて、「ごめん待った?」なんて言ってたなぁ。と、場地は女性の背後に立った。
    「わりぃ、待った?」
    「え、」
    「は?テメェ誰だよ」
    「テメェこそ誰だよ。つかこいつに用があんなら俺が聞くけど」
     何?と、場地は低い声で言い放ちながら男を見下ろした。チッと舌打ちを鳴らした男が「なんもねーよ」と情けない台詞を吐き捨てて去って行く。
    「あ、あの……」
    「もう大丈夫だとは思うけど、一応気をつけてな」
    「あの!あ、ありがとうございます!!」
    「いいよ。じゃあな」
     待ってお名前でも……、と彼女の言葉を背中で浴びながら千冬の元へ戻る。きらっきらに瞳を輝かせて場地を見上げる千冬。おぉ久々見たわその顔。
    「ば、場地さん!場地さん!」
    「なんだよ」
    「め、めちゃくちゃのはちゃめちゃの超絶カッケェっす!!」
    「おー分かったから落ち着けよ。鼻血出すんじゃねーぞ」
    「あぁぁムリっす!!一虎くんなんでいねぇーの?!」
     いい加減一虎離れしてほしい場地であった。
     以上がひと月前の出来事であり、すべての始まりであった。

     次のフェーズに移ろう。時は流れて一週間後、仕事を終えた場地が帰宅すれば、団地の駐輪場に一人の女性が立っていたのである。場地は気にも留めないでバイクを止めて彼女の前を横切ったときだった。
    「場地圭介さん、ですよね」
    「あ……、そーっすけど」
     呼び止められて、立ち止まる。瞬間、胸に飛び込む小さくてやわっこい物体。彼女は場地に抱き着いていた。「は?」と、思わず漏らした声。咄嗟にそのちっこい身体をぶん投げなかった自分を褒めてやりたいくらいだった。
    「やっと会えた!」
    「は?つか誰?」
     とりあえずそのちっこい身体を引き剥がす。私は、から始まる背中がかゆくなりそうな言葉と共に告げられた話を要約すると、どうにも彼女は先週場地が助けた女性だったらしい。確かにこんな見た目だったような気もするようなしないような……。
    「で、俺になんの用?つかなんで名前も家も知ってんの?」
    「私たちが出会ったことは運命なんだと思うんです」
    「いや、だからなんで名前と家、」
    「圭介さんと私はきっと前世に引き裂かれた恋人同士で、生まれ変わって、いまやっと再会できたんです!」
    「いや答えになってねぇから。なんで名前と家知ってんだよ」
    「私たちを阻むものはもう何もないもの。ねぇ圭介さん、私やっぱり貴方が好き。あんな運命的な出会いをして、私たちが結ばれないなんてあり得ないわ」
     ダメだ会話が成り立ってない。古い作りの団地は壁も薄い。こんな公共の場で騒げば体裁が悪い。しかもこの状況、確実に場地が悪役になるのだろう。場地ははぁ、と深い溜息を吐いた。
    「もう名前と家はいいわ。俺、恋人いるんで。あんたとは付き合えないし結ばれないし運命でもねぇーんで。じゃ」
    「恋人って誰?一緒にいたあの黒髪の子?」
    「だったら何?関係ねぇだろ」
     場地はそう言い捨てて踵を返して帰宅した。翌日も、その次も彼女が場地の前に現れることはなかった。なんとなくしつこそうなイメージがあったが杞憂で終わったらしい。
     場地は告白を受けたことを千冬に話した。隠し事はしたくなかった。あと、ほんの少しヤキモチなんて妬いてくれねぇかな、と下心があったのも事実だ。まぁ千冬は安定の千冬だったわけだが。
     こうして一連の事件のような出来事は場地の中では完全に終わったものとなっていた。思い出しもしなかった。何故なら場地にはもっと他に頭を悩ませる重大案件があったからだ。
     ここ最近、出勤時や退勤時だけでなく、昼食の買い出しや銀行に行くにも千冬は一虎を同行させる。ひな鳥が親鳥のあとを追っかけるように。この場合どっちがひな鳥で親鳥なのか。
     なぁ、もしかして。なんて疑っているわけではない。千冬と場地が互いの想いを知れたのは一虎のおかげでもあるからだ。拗れたのも一虎のせいではあるが。
     かつては二人の仲を疑ってしまった場地。あり得ない、と互いの口から聞きはしたものの、現在進行形で外出時は常に一緒。なんなら帰る場所も一緒。そんでもって寝るときも一緒。……これは俺、嫉妬してもいいよな?
     と、いうことで場地は今朝ようやく「なんでお前ら最近四六時中ずっと一緒なん?」と純粋な疑問を千冬に投げかけた。あくまで純粋な疑問として。そこにドロドロとした感情や疑いなどはこれっぽっちも含んでませんよーと、これ見よがしにアピールしながら。
    「俺多分ストーカーされてるっぽいんすよね」
     千冬の返事に場地は唖然とした。は?の一言すら出なかった。一虎は「千冬の自意識過剰の線は薄れたもんなぁ」と千冬のストーカー被害が公然の事実のように続ける。
     は?は?は?………は?
    「なんで俺だけ知らねぇの?」
    「え?」
    「ん?」
    「いや、え?でも、ん?でもなくて!なんで千冬がストーカー被害に合ってること俺だけ知らねぇんだよ!!」
    「え?場地さんだけじゃねぇっすよ!一虎君にしか言ってないっす!!」
    「千冬、それ違う。全然言い訳になってないやつだから。むしろ火に油注いでっから。んでもって当然のように巻き込まれた俺な」
     一虎が傍らの子猫に「俺ってそうゆう星の下に生まれたの?」と問いかける。シャーッと子猫の初めての威嚇相手は一虎だった。一虎は静かに目を閉じた。泣いてなんかないもん。
     そんな一虎の小さな悲しみなんて目にも入っていない場地は千冬に詰め寄った。
    「なぁ、普通さ一番に俺に言わね?お前がそんな辛い目に合ってたなんて、俺知らねぇで、」
    「いや全然辛くないっす!!なんか外居るとき視線感じんなぁーって程度っす!だからマジでストーカーなのかも怪しいってか」
    「まぁまだ実害は出てないしな。つか、俺からしたらどこでそんなメンヘラ捕まえたのって感じ。どっちかっていうと場地のが好かれそうじゃん」
    「あ?何に?」
    「メンヘラに」
    「え?!もしかして一虎君、やっぱり場地さんのこと好きなんすか?!」
    「あぁ?誰がメンヘラだコラ!!つかやっぱりってなんだ、やっぱりって!!」
     結局話はあやふやなまま、開店時間となり話は中断された。仕事を終えたらもう一度詳しく聞こうと場地は心に誓った。

     場地の告白と千冬のストーカー被害。一見して全く接点がないように思えたこの二つの出来事が、実は密接に関係していたことを三人が知ったのはその数時間後のことだった。
     さてそろそろ店を閉めるか、と閉店準備に取り掛かった頃、一人の女性が店内に入ってきた。場地は息をのんだ。ここで「げっ」と声を漏らさなかったことを誰かに褒めてほしいくらいだ。だってその女性は場地に告白をしてきた例の女性だったからだ。
     「お話があるんです」と、場地を上目遣いに見つめる女性。もちろん断ろうとした。が、続いた彼女の「そちらのお二人もご一緒に」という言葉に拒否よりも疑問が勝ってしまった。は?なんで?と、思っている間に、「片づけが済んでからでもいいですか?そんな時間かかんないんで」と、仕事関係だとでも思ったのか、千冬が店長の顔をして答えてしまった。
     場所は店から一番近いカフェ。場地の向かい側に座る千冬と一虎、そして所謂お誕生日席と呼ばれる席にはブラウンの髪をくるんくるんと巻いて、ぱちりと大きな瞳をした女性の姿があった。
     地獄絵図とはこのことである。
    「松野千冬さん、圭介さんと別れてください」
    「え、」
     開口一番、彼女が口にした言葉に場地は頭の中の何かがプチッと千切れた音を聞いた。
    「私、圭介さんに助けて頂いたんです。運命だったんです。私たちが惹かれ合うのは必然で、私たちが結ばれるのは世の理なんです」
    「俺も場地さんに助けてもらいました」
     え、千冬あんなこと言われてなんで普通に会話続けんの?と、ギョッとする一虎。一方の場地は、プッチ音が響いた脳内で、キレるな俺、怒鳴るな俺、平常心だ、となけなしの理性を総動員させていた。
    「俺がやられそうになった時、場地さんそいつら瞬殺して、俺のこと仲間だって言ってくれたんです。俺だけじゃないっす。他にもたくさん、この世に場地さんに救われた人なんてきっと星の数ほどいますよ。助けられたのが運命なら、場地さんの運命の相手大量発生っすよ!速攻ハーレム状態っすよ!!」
    「他の人なんかと一緒にしないで!私と圭介さんは特別なの!!私たちは前世で許されざる恋に落ちたの。引き裂かれたふたりが今世ではなんのしがらみもなく結ばれるのよ。私と圭介さんの邪魔をしないで!!」
     『ほらやっぱり。メンヘラにモテるのは場地じゃん』と小声で囁いてくる一虎。ついでに、『なぁ俺関係なくない?帰っていい?』なんて聞いてくる。ふざけんな、てめぇも道連れだ。
    「別れねぇ」
     千冬が震えた声でそう言った。
    「ぜってぇ別れねぇ。場地さんは俺とあと六十年は一緒にいてくれるんだ。ずっと、一緒に居てくれるって約束したんだ。メシ行ったり駄弁ったりしてくれるって、バイクの後ろにも乗せてくれるって。だから別れねぇ。場地さんは俺の恋人だ!!」
     ハグの一つで顔を赤く染め上げ、好きの一言で鼻血を吹き出し、キスの一つで失神するような、そんな千冬が今、場地を取られたくないからと声を上げている。場地は胸に熱い感情が込み上げていた。
    「だったら、どうして圭介さんを裏切ったの?!」
     高い声で彼女は叫ぶ。「私が何も知らないとでも思っているの?!」と、千冬を睨みつける。そして場地の方へ視線を向け、彼女は千冬をまっすぐに指差した。
    「圭介さん、この人浮気してるわ」
    「は?」
    「は?」
     場地と千冬の息の合ったハモり。続く、「マジかよ千冬、やるなお前」って一虎の言葉に千冬は肘鉄を入れる。一虎は静かに悶えた。
    「してねぇし。つかするわけねぇし」
    「貴方が悪いのよ!私だって本当は、こんな、圭介さんを傷つけるようなマネしたくなかったわ。でも、貴方が別れないって言うなら本当のことを言うしかないじゃない」
    「いやだからしてねぇし」
    「証拠だってあるんだから!!」
     ヒステリックに声を張り上げた女がテーブルに書類を叩き付けた。バシッからのスサァーとバラけた紙がテーブルの上に広がる。そして、場地の視界に晒される千冬の浮気の証拠写真たち。
     夜道で千冬をバックハグする一虎。千冬と手を繋いで歩く一虎。二人が同じアパートの玄関をくぐる姿。朝、同じ部屋から出てくる二人。
     そして、星がきらめく夜空の下、後ろから千冬を抱きしめる一虎と、振り返り見上げた千冬が顔を近づけている姿。二人の顔は一虎の靡く髪によって遮られていたが、誰もが二人は口づけを交わしていると確信するだろう。
     場地が顔を上げ千冬へと視線を上げた瞬間だった。「「ストーカー!!」」と一虎と千冬が同時に声を上げる。
    「なんだアンタだったんだ、千冬のストーカー」
    「な、ストーカーですって?!これは探偵に頼んで証拠を集めてもらったの!!」
    「あぁ探偵ね。やっぱプロじゃん。そりゃ見つけらんねぇわ」
    「なんだストーカーじゃなかったんだ。うわ俺はず!!めちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃないっすか!!」
    「俺がいいようにされてもいいのかーとか言ってたもんなお前」
    「はぁ?!一虎君だってストーカーだって言ってたじゃないっすか!!信じらんねぇ!!当分晩飯抜きにしてやる!!」
    「千冬よかったね。ストーカーじゃなくて。俺、心配してたんだよ。お前に何かあったらって気が気じゃなくて。だから違って安心した」
    「うわぁ、そのホストみたいな台詞どうやったら思い付くんすか?」
    「圭介さん見てください!!この二人は浮気してるんですよ!同棲だってしてるし、道端で抱き合ったりキスしたりする仲なんです。これを浮気と呼ばずしてなんと呼ぶんですか?!私だったら貴方を裏切ったりしないわ。私には貴方しか見えてないもの!!」
     はぁ、と場地は深い溜息を吐いた。情報が渋滞している。一個ずつ処理していこう。場地はまず彼女の方へ視線を向けた。
    「俺の名前と住所知ってたのも探偵?」
    「……ごめんなさい。でも私、必死だったの!私と貴方は運命の赤い糸で結ばれた、」
    「悪いけど、俺はあんたと付き合うつもりもないし、運命だかなんだか知らねぇけど、俺はガキの頃から千冬が好きだから。こいつ以外好きにはなれねぇし、なる気もないから」
    「で、でも貴方裏切られてるのよ!!浮気されてるのよ!!」
    「それも、あんたには関係ないから」
     場地が低い声でそう言い放てば、彼女は涙を溜めて場地を見上げた。そしてキッと千冬を睨みつけると氷水の入った手元のグラスを引っ掴んだ。瞬間、彼女の手首は場地に掴まれていた。
    「千冬に手出したら、女でも容赦しねぇから」
     彼女は唇を噛み締めてグラスから手を放した。それをしっかり見届けてから場地も手を放す。
    「この性悪クソビッチ」
     彼女は今まで聞いたこともないような低い声でそう言い捨てて店を出て行った。「すげぇ変わり身ぃ」と、一虎が感心していると千冬が急に飛びついてきた。ぎゅーっと一虎の胸元を掴んで耳を必死に胸に当てている。
    「カッコイイカッコイイカッコイイカッコイイカッコイイ」
    「あーはいはい」
    「どうしよう一虎君場地さんがめちゃくちゃのはちゃめちゃの超絶かっこいい無理しんどいかっこいいかっこよさが留まるところを知らねぇどうしようあぁぁぁなんでいまの録音してなかったんだろう勿体ねぇよマジで!!………はぁ、………すき」
     うわこれ当分戻ってこないやつだわ。とりあえずさっきのすげぇ暴言は千冬には届いてなかったようでよかったな。と、一虎君がほっと視線を上げた。そして顔を引きつらせた。視線の先には頬杖をついて絶対零度を纏って微笑んでいる場地が居た。
    「あーっと……場地サン?もしかして怒ってらっしゃる?」
    「べーつーにぃ」
     うわぁ激おこじゃん。最悪。つかまじなんで俺こいつらに毎度巻き込まれてんの。つかなんでいっつも俺渦中の中心に居んの?俺はいつこいつらの世界から脱却できんの?てか千冬、お前が大好きで愛してやまない場地サンがめちゃくちゃキレてんですけど。と、一虎の脳内は大変忙しない。
    「あーまさかマジで俺と千冬が浮気してるとか思ってないよな?」
    「思ってねぇよ?俺、仲間だけはぜってぇ疑わねぇって、どんな物的証拠を突き付けられても信じぬくって決めてっから」
    「う、うわぁ、物的証拠って言った。こいつ物的証拠って言いやがった。待って場地、マジで違うから。一個ずつ説明すっから」
    「現在進行形で千冬とお前が抱き合ってても、俺はお前らを信じぬくから」
    「千冬!!今すぐ戻って来い!!お前の大好きな場地サンがご立腹だぞ!!いい加減落ち着いたろ!!」
    「一虎君もうちょっとゆっくり心臓鳴らしてください。このままじゃ場地さんのカッコよさに鼻血出そう」
    「むしろ出せ!今こそ出せ!!そして知らしめろ!!お前は場地だけが好きなんだって!!俺は無実だって!!」

     どうにか正気を取り戻した千冬を連れ立って三人で千冬兼一虎の自宅に向かった。修羅場を披露してしまったカフェには大変申し訳ないのでめちゃくちゃテイクアウト商品を購入した。それらを平らげて、ようやく本題へと移る。
     テーブルに綺麗に並べられた例の写真達。それを一個ずつ見渡しながら、千冬が端っこから順番に指を差していく。
    「これ全部、一虎君と夜にコンビニ行った時のっす。俺がストーカーに合ってるって言ったら一虎君がついてきてくれて」
    「うん。強制的にな」
    「これが寒いって俺に引っ付いてきた一虎君で、こっちとこっちは一緒に住んでっから同じ家に帰って同じ家から出勤してるって写真っすね。こっちは……あれ?なんで俺一虎君と手繋いでんすか?」
    「お前が空想の世界に旅立ってふらふらしてて歩くの遅せぇから引っ張ってたときのだな」
    「なるほど。場地さんそんな感じっす!!」
    「おい、肝心なやつの説明が抜けてんだよ」
     場地は例のキス写真をトントンと指先でつつきながらギロリと一虎を睨みあげた。
    「これマジでキスしてるみたいに見えるっすね!こうやって芸能人の熱愛報道の捏造って生まれんだなぁって思いました!!」
     すっげぇーっと写真を持ち上げて何故かはしゃぐ千冬。なんの説明にもなってない千冬に一虎は仕方ねぇと口を開く。
    「これは視線に気がついて、ストーカー引っ捕まえるかって千冬に聞いてるとこ」
    「なんで捕まえねぇんだよ」
    「だってアイス溶けるし」
    「はぁ?」
     一虎の淡々とした口調にとうとう場地も声を荒らげる。
    「ガチなストーカーだったらどうするつもりだったんだよ?!それがアイス?たかがアイスで?!」
    「場地、たかがアイスじゃねぇ。ダッツだ。ダッツのサンド。しかも千冬奢りの」
    「年下にたかってんじゃねーよ!!」
    「あれは正当な報酬なんですぅー。夜中にコンビニ行きに駆り出された俺への正当な報酬なんですぅー」
     場地は唇を噛み締めた。
    「…………、俺に言えよ」
     なんでストーカー被害に合ってるって俺は知らねぇの?なんでお前守るために四六時中傍に居てやんのが俺じゃねぇの?
     俺だったら夜中のコンビニも朝イチのバーガーも昼間の牛丼だって、なんだって付き合ってやる。休みの日の映画やツーリングも、ちょっとした買い出しだって、なんだって、喜んで駆り出されてやるのに。
    「俺が彼氏だろうがよ」
     場地の零すように吐いた言葉に一虎はむず痒いような、小さなトキメキのようなものを感じた。うわ、うわぁ、場地がなんか中坊みたいな可愛いこと言ってる!可愛いヤキモチ妬いてんぞ千冬!!ちゃんと聞いてたか千冬?!
     と、千冬の方をバッと向く一虎。視線の先、顔を真っ赤に染め上げて熱に浮かされたように瞳を潤まし、何かが飛び出ないように手で口を覆う千冬が居た。萌えを過剰摂取してしまったらしい。
    「か、一虎くん、どうしよう。吐血しそう」
    「やめろ抑えろ千冬。確実に出てくんのは昼飯だから」
    「ちょっと心音拝借してもいいっすか」
    「やめろ!ゲロぶちまけられんのは絶対やだ!!」
    「吐かないために!!」
     一虎に抱きつこうとした千冬の身体が、グイッと背後に引かれる。トンっとぶつかった瞬間、千冬がちっとも落ち着かない香りに包まれた。
     いつの間にやら千冬の傍らに移動していた場地が、その身体を抱きしめていた。
    「千冬、俺、嫉妬すっから一虎に抱きつくのもうやめて」
     トクトクトク、場地の心音が千冬の鼓膜に響く。
    「鼻血出してもゲロぶちまけてもいいから、俺に抱きついて」
     ずるい人。場地はいつだって自分が本当に願っていることだけは命令しないで懇願するのだ。だったら千冬も、千冬だって本当の願いを口にしても許されるだろう。
    「場地さん、俺、本当は嫌でした」
    「嫌ってなにが?」
    「場地さんが告られたって聞いて、本当は嫌でした!場地さんカッケェし優しいからモテるの当たり前だけど、でもやだ。モテないでください!!」
     ギュッと場地の胸元を握りこんで千冬が場地を睨むように見上げる。キッと鋭い目付きは潤んだ瞳でひとつも怖くなんでなかった。
    「俺と一虎君と、ずっと一緒に居てください!!」
    「千冬?!いいんだよ俺は!!なんで今俺をそこにぶち込んだんだよ?!今めちゃくちゃ俺空気だったじゃん!!超空気に徹してたじゃん!!嬉しいよ?!俺を忘れてなかったこと嬉しいし有難いけど今絶対俺の名前出すのは間違ってるかんな!!」
    「じゃあ俺がモテねぇように、お前がしっかり見張ってろよ」
    「場地さぁん!!」
    「あ、よかった。場地はスルーするってスキルを身につけたんだな」
    「場地さん、マジでかっけぇ………あ、」
    「ちょ、千冬鼻血!!一虎ティッシュ!!」
    「やだ!俺は近寄らねぇ!!この服まだ二回しか着てねぇんだよ!!」
    「場地さん、俺、おれ、しあわせっす………」
     血だらけの顔で場地に微笑んで、そしてぱたりと意識を飛ばした千冬。守られた一虎の服。千冬お前いつなったら慣れんだよ!!っと叫ぶ場地。
     一虎はそんな二人を微笑ましいような顔で見届けながら、そっと家を出た。


    「つーことで泊めてドラケン」
    「情報量が多い!!つか大丈夫かよ千冬」
    「あいつ場地の甘い言葉や仕草でドバドバ鼻血出して、この先どうすんだろなぁ。セックスとか無理じゃね?」
    「やめろ、お前。場地の甘い言葉とか仕草とか言うんじゃねぇよ。クソ面白ぇだろうが。あとセックスとか言うな。生々しいだろうが」
    「そろそろ本気で引越し考えた方がいいかなぁ?でも俺千冬のブサイク飯好きなんだよなぁ」
    「お前それ場地に言うなよ」
    「なんで?」
    「千冬が場地にそれ振舞ったことあると思うか?」
    「………うわ、また俺巻き込まれるやつじゃん。つかさ、いい加減俺を世界の中心から脱却させろ!!」
     叫び嘆く一虎にテレビを見ていたイヌピーがひと言、「無理だろそれは」と呟く。なんで?と一虎とドラケンが返しながらイヌピーを見つめる。だって、とイヌピーは当然のことのように言い放った。

    「千冬の精神安定剤だから」

     やっぱりまだまだ、世界は一虎を中心に回るらしい。
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